ふたなりの女(その3)

翌日、柳橋の廻船問屋・山岸屋に、主の伝兵衛をたずねた。

「昨夜の料亭の客のひとりの大男は、谷中の感応寺に入りました」

と報告すると、伝兵衛は二重顎をさすり、

「なるほどねえ」

と、たいして表情も変えず、懐から懐紙に包んだ金を浮多郎に差し出した。

そいつを懐にしまい込んだ浮多郎が、「では」と帰ろうとすると、

「もうひとつお頼みしたいことがございます」

と、もうひとつの紙包みを懐から取り出した。

「なんでしょうか?」

「浮多郎さんを、腕のよい目明しと見込んでのことです。昨日ご覧になった『ふたなり』の女を調べてもらいたいのです」

金の力にあかせて、何ごともごり押しできると思っているのが嫌味な伝兵衛だ。

「やはり、住んでいるところを調べろ、と?」

「あ、いや、巣鴨村に住んでいるのは承知しております。あの女と谷中の感応寺の坊主、恵信といいますが、このふたりの関係を調べてもらいたいのです」

「どのような関係と見立てておられるのです?」

「あの女が、恵信坊に敵討ちするのではないか、と」

「どうして、そんなことを調べるのです?あの女は山岸屋さんの縁戚とか・・・」

「滅相もございません。・・・憐みのこころからでございますよ。あれは、実にかわいそうな境遇の女です。『仇討ちなら、なんとか助けてやりたい』との一心からです」

お大尽の考えることは、どうにも分からない。

「もうひとつ、おたずねします。その恵信坊とかいう生臭の住処は、はじめから分かっていたのではないですか。・・・あっしを試そうとした?」

「いえ、いえ、それは勘繰りすぎでございますよ。・・・じつは、昨日の五人の仲間とある事業を始めたばかりです。そこに、あの恵信坊の知恵をどうしても借りなければならなかったのです。坊主というのだけは、分かっています。が、恵信がほんとうの名前なのか、どこの寺なのかを隠しているので、どこまで信を置いたものやら・・・といったところでございます。繋ぎは、その恵信坊をよく知るお方にお願いすれば、それは問題ないのです。・・・谷中の感応寺と知って、ひと安心しました」

伝兵衛は、ひとりうなずいて得心したようだが、浮多郎にはいまひとつ合点がいかない。

あと口の金の包みを、「山岸屋さんが、得心するような調べがついたら、これはその時いただきます」と押し返した浮多郎は、不承不承ながら仕事は引きうけることにした。

―どうにも腑に落ちない浮多郎は、そのまま八丁堀へ向かった。

奉行所の小部屋で、岡埜は浮多郎の話を興味深く聞いた。

「山岸屋は、まっとうな商売でのし上がってきたはずだ。裏はないと思う。問題は、その恵信とかいう感応寺の生臭だな。吉原女郎を馴染みにして、たいした羽振りだ。生臭だけに、ぷんぷんと匂ってくるな」

岡埜は下駄の鼻緒のような眉を寄せて、ほんとうに匂いを嗅ぐような顔をした。

「谷中の感応寺とくれば、何だ?」

「五重塔と富籤、でしょうか」

「後の方だな。感応寺は、『御免富』とかの富籤の草分けだが、今まで毎月行っていたのが、松平定信さまの『ご改革』とやらで、年三回のみとなった。そうなると、どうなる?」

岡埜の謎かけに、まともに付き合ってはいけないと知る浮多郎は、「さあ?」と首をひねる。

「分かりそうなもんじゃねえか。・・・陰富、隠れ富だよ」

「はあ?」

「お上とか寺社とに関係なしに、その辺のやつらが、勝手に富籤をやるんだよ。これは違法だ」

「その陰富だか隠れ富と、その生臭がどう繋がるんで?」

「馬鹿野郎。そいつを調べるのが、奉行所の犬たる目明しだろうよ」

とんだ藪蛇とは、このことだ。

浮多郎は早々に引き上げて、巣鴨村に向かうことにした。

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