ふたなりの女(その2)

女が、男を跳ね飛ばすように腰を突き上げ、飛鳥のような啼き声を連綿と発して果てると、百目蝋燭の灯りは消え、見せ物は終わった。

破戒僧は真っ先に座敷を出た。

「このお若い方も、同じ方向にお帰りなので、ごいっしょを・・・」

屋形船を手配するという伝兵衛が、さりげなくささやいた。

破戒僧は、浮多郎をじろりとにらんだが、何もいわなかった。

舳先近くに、前を向いたままどっかと座った破戒僧と中ほどに座る浮多郎のふたりだけを乗せて、大きな屋形船は柳橋を出ると、潮でふくれあがった大川を上った。

聖天船着き場に着くや、破戒僧は脱兎のごとく飛び降り、駕籠を捕まえた。

・・・大男のくせに、身は軽い。

闇夜の土手八丁を駆ける駕籠の三間ほど後を追いかけた。

何のことはない、駕籠は不夜城の吉原大門の前で止まった。

大名を乗せようとも、駕籠は吉原の中までは入れない。

破戒僧は、大門で辺りを見回わすと、背を丸めて江戸町一丁目の中見世へ入っていった。

ここは、中見世ながら、けっこう格式の高い岡本屋だ。

ちょっと間を空けてから、暖簾を分けて入った浮多郎は、帳場の番頭に、

「今入ったのは、これかい?」

と頭を丸める仕草をすると、番頭はニヤリと笑って、

「まあ、いちおう何やら載ってますからね」

と鬘を被った坊主であることを暗に認めた。

「けっこうなお馴染みかい?」

「へい、けっこう」

「今日は泊まりで?」

「いや、いつも引け四ツまでには・・・」

引け四ツとは真夜中の子ノ刻のことで、四ツと九ツの拍子木を叩いて、このあとは新規の客は入れない。

子ノ刻まであと一刻はあるので、浮多郎は草履を抱えて、帳場の裏の小部屋に隠れて待つことにした。

だが、破戒僧は半刻もすると、どたどたと階段を降りてきたので、ちょっとあわてた。

万一つけらえたときの用心に、いったん岡本屋に上がってまこうというのか?

たしかに、僧侶が吉原で登楼したら、ただでは済まない。

ただ、この破戒僧の用心深さは尋常ではない。

僧侶であることを隠すだけではなく、どうしても隠さなければならない重い秘密があるのではないか、と浮多郎は考えた。

後ろを見返りながら大門まで来ると、破戒僧は門前にたむろっている駕籠のひとつに飛び乗った。

宙を飛ぶように走る駕籠を、浮多郎は難なくあとをつけた。

驚いたことに、駕籠は三ノ輪の辻で止り、破戒僧は別の辻待ちの駕籠に乗りかえた。

この駕籠は、日暮里を回り、鶯谷から谷中の墓地へ入り、破戒僧は丈六仏の前で降りた。

墓石の間を歩きながら、頭の鬘をかなぐり捨てた破戒僧は、谷中の五重塔の先の感応寺の裏木戸へ吸い込まれていった。

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