君を変える魔法(2/2)

「あー……ごほん。そろそろいいかしら」


 と、リアの背後はいご噴水ふんすいかげから咳払せきばらいがこえたかと思うと、奥歯おくばに何かはさまったような複雑ふくざつな表情の少女が現れた。


「君は……」


 肩口かたぐちで切りそろえられた亜麻色あまいろの髪。着ている制服はリアと同じ魔法科のそれ。


 彼女が何者なのかを思い出したケントは思わずけわしい表情を作らざるをえなかった。


「オルフェスの班の……」


 オルフェスの属する十四班の魔法科の生徒。名前はたしか――


「エリス。魔法科のエリス・ステット」


 ぶっきらぼうな自己紹介。


 ケントの記憶が確かなら、模擬戦前にリアをいじめていたグループのリーダー格だった少女だ。


 ぶすっとした表情のエリスはリアに視線を送りつつ、


「先に行かないでよ……絶対こういう雰囲気ふんいきになるんだから……」


 先ほどまでの温かな雰囲気とは一転、どことなく緊張した空気となった場に、うめくようにエリスはこぼした。


「あー……ごめん。つい」


 そう返したのはあの時虐められていたリアだった。


 それを怪訝けげんに思いつつも、ケントは前に出てリアをまもるようにエリスの前に立ちふさがった。


「何の用だ。またリアに文句があるっていうなら……」


 そこまでケントが言ったところでエリスはゆっくりと、ふるえる吐息といきき出した。


「あの時のことは……もうあやまったわよ」


 意外な言葉にケントがリアの方を向くと、リアはこくりとうなづいた。どうやら本当らしい。


「……他の二人は?」


 あの時エリスは他に二人魔法科の生徒を連れ立っていた。今はその姿はない。


「あいつらは……もうつるんでない」


 そしてエリスは一度下唇したくちびるみしめてから、


「私のこと……馬鹿ばかにするから……」


 模擬戦の敗北が、彼女らの関係を変えた。


 リアが落ちこぼれでなくなった今、他に誰かわりを見つけなければならなかった。


 自分はこいつよりはマシだと。自尊心じそんしんたすための生贄いけにえひつじを。リアに負けたエリスが生贄に選ばれたのは至極しごく当然の結果と言える。


 選ばないという選択肢せんたくしはないのだろう。常に誰かをおとしめめて、常に誰かを下に見ていないと自分という存在が維持いじできない。大なり小なり、人とはそういうものだ。それが彼女らは顕著けんちょだったというだけのこと。


 ――貶められる者の気持ちは、貶められた者でなければ分からない。エリスはようやくそのことを知ったのだ。


「本当に、リアにはひどいことをしたと思ってる。あやまれって言われれば何度でも謝る……ごめんなさい……」


「もういいよ。もう十分謝ってもらったよ、大丈夫だから……」


 うつむいたエリスにリアがった。


 そこにもう、過去の軋轢あつれきはない。


 うしなったきずながあれば、新しく得た絆もある。


「エリスちゃん。今日はケント君にお願いがあって来たんだよね?」


 ここで自分の名前が出たことにケントはおどろいた。


 エリスはケントへと向き直った。


「……私に、魔法を教えてほしいの」


「魔法を……?」


 面食めんくららうケントにエリスが続ける。


「違うはんだし、アンタにそんな義理ぎりなんてないのは分かってる。だから、リアに教えてる時にとなりにいさせてくれるだけでいい。だから……お願いします」


 そして、エリスは頭を下げた。


「――理由を聞いても、いいかな」


 頭を下げたまま、エリスは、


「……私は、ずっとリアのことを下に見てた。自分より下のやつがいるんだから、私はまだ大丈夫だって、そう思ってた」


 リアはだまってエリスの言葉を聞いている。彼女がその言葉にどんなおもいをいだいているのかは、彼女にしか分からない。


「そうしてないと、不安で仕方しかたなかったの……!自分に自信がなかったのよ!でも、それはもうやめるって決めた。だから……」


 誰かを下に見る以外で、彼女が自己じこたもつために選んだ方法は、


「私は…………!誰かを下に見なくても大丈夫なように……自分に自信が持てるように……強くなりたいの……だからッ……!!」


 高まった感情がとうとう決壊けっかいして、彼女のかげにさらに暗い点を打った。


 彼女のしたことは、とてもみにくい感情の発露はつろだったのかもしれない。


 だが今彼女の流した涙は、将来、どんなに価値かちのある宝石よりも美しくかがやくだろう。


 ケントは苦笑くしょうかべてリアを見やった。エリスの言った言葉は、かつてととてもよくていたからだ。


 その誰かは、ただ無言むごんで、こくり、とうなづいた。


 いでケントは横でたたずむマルティナを見やった。何があったかを詳細しょうさいに彼女に話したことはなかったが、先のやりとりでおおよそのさっしはついただろう。


 だからマルティナは、肩をひそめて見せた。


「決めるのはケント、君だ。どんな答えでも、私に文句もんくなんてないさ」


 ただ、とマルティナは続ける。


「ケントは、優しいからな」


 そう言って笑う。ケントがどう答えるかなど、とうに分かりきっている。


 そしてケントは、エリスの見える位置に、右手を差し出した。その手にはまだ包帯ほうたいかれている。


 オルフェスのむすばれぬ手によって付けられた傷は、見た目よりも細く、奇跡的きせきてきに骨の間を通っていたので大事にはいたらなかった。あるいはちゃんとそうなるように計算してあのはその技を使ったのかもしれない。


 もしオルフェスが努力することの価値をみとめ、おのれを高めてきたのなら次の勝負はどうころぶか分からない。だが、そうなることはケントにとって何よりも喜ばしいことだ。


 努力の価値を証明しょうめいすることこそが、ケントの引きいだ夢なのだから。


 顔を上げたエリスと目が合う。ケントがうなづいて見せると、おずおずとその手がにぎられた。


 自分を変えたいと。そう願い、努力しようとする者を誰がさまたげられようか。


 それは誰にでも認められた権利けんりなのだから。


 そしてケントは、その手伝いをしたい。


 だから、こう言うのだ。


 かつて彼が兄に言われたように。その者の可能性を信じ、その背中を押すために。




「大丈夫。君ならできるさ」


君を変える魔法 ー天才と落ちこぼれー end

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君を変える魔法 ー天才と落ちこぼれー noyuki @noyuki28

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