エピローグ

君を変える魔法(1/2)

 結論けつろんから言うと、ケントら十一班の成績せいせきは決して良いと言えるものではなかった。


 模擬戦もぎせん開始早々そうそうに仲間との連携れんけい放棄ほうきしたケント。これでは小隊演習の意義いぎがない。


 しかし残された二人はしっかりと連携がとれていたし、先にケントに仕掛しかけたのはオルフェス。その対処たいしょをするために単独行動はいたし方なかったとも言える。それらも加味かみして、十一班の前期中間試験の成績は全体の平均へいきんと言ったところ。


 対外的に見ればなんてこのないその順位と成績だったが、約二名にとっては大きな進歩であり、本当の意味で彼女らが勝ち取った成果だった。


 彼女らは変わった。もう彼女らを落ちこぼれなどと馬鹿ばかにする者はいない。製作せいさくが難しい紙巻ロールを作れるリアと、男子と正面から打ちあっておくれをとらないマルティナをそう呼べる者などいようか。


 二人に必要だったのは、分かりやすい教本きょうほんでも特別なカリキュラムでもない。


 二人の可能性を信じ、あきらめずに手をべてくれる仲間だった。


 そして、変わったのは二人だけではなかった。


「……………ん」


 おだやかな午後のざしの下、噴水ふんすいの水音をきながら中庭のベンチで魔法の教本を読んでいたケントは近づいてくる足音にぱたりと本を閉じた。


 顔を上げると気付かれるとは思っていなかった相手が少しおどろいた顔をした。


「――集中していたように見えたんだが」


 褐色かっしょくの肌に赤毛の少女、マルティナは悪戯いたずらが見つかった子供のようにバツの悪そうな表情を浮かべた。こっそり近づいて驚かせるつもりだったらしい。


「集中はしてたよ。本を読みながら、周囲に気をくばってた」


待機詠唱たいきえいしょうは?」


「一つ。〈投影プロジェクション〉」


 言葉を証明しょうめいするように詠唱なしで発動した魔法が閉じられた本の背表紙に展開。その小さな舞台ぶたいの上で本物と見紛みまごうばかりの小鳥がダンスを始める。


 その愉快ゆかいな光景にフフッと笑ったマルティナは、


「本当に君は、常に鍛錬たんれんを欠かさないというか、ここまでくるともう変人のいきなんじゃないか?」


 遠慮えんりょのないその言葉にショックを受けたように小鳥がダンスを止め、光の糸となって霧散むさんする。


「ああいや!いい意味で!いい意味の変人だ!」


 フォローになっているのかどうなのかよく分からないが、あわあわとそう取りつくろうマルティナに今度はケントがクスリと笑う。


「いい意味の変人って……なんなんだよ」


「それは、あれだ……なんだろう……?」


 自分で言っておいて首をかしげるマルティナ。その様子が可笑おかしくてケントはまた笑う。


「……ケント、最初に会った時と随分ずいぶん印象いんしょうが変わったな」


 そう言ってマルティナはいているケントのとなりこしを下ろした。後頭部こうとうぶしばったポニーテイルがサラリと流れる。


「そうかな?」


「そうさ。最初のころは、ずっと仮面みたいな仏頂面ぶっちょうづらだったぞ。待機詠唱で表情を変える余裕よゆうがなかったというのが大きいんだろうが」


 横並びにすわったマルティナは、ふと小首をかしげてケントの顔をのぞき込む。


「今は、魔法を待機ストックしてるのか?」


 琥珀色こはくいろの、たて瞳孔どうこうが割れたひとみ首筋くびすじにキラリと光る金属質きんぞくしつな光沢。爬虫類はちゅうるいを思わせるその容姿ようし


 だが決して不気味ぶきみということはない。それらの特徴とくちょう加味かみしても、全体的な風貌ふうぼうは人間とほとんど変わらない。ケントと同い年で、凛々りりしい顔立ちの一人の女の子だ。


「いや、今は、してない」


 気恥きはずかしくてケントはマルティナから視線をらした。


「誰かと話してる時は、解除するようにしたんだ」


 ただ単に会話をするだけなら魔法を待機ストックしながらでも十分ケントには可能だ。だが、その状態では相手の機微きびに気づけない。


 相手が何を考えているのか、ケントをどういうふうに見ているのか。その難題なんだいを考えるには、いくらケントといえど待機詠唱で圧迫あっぱくされた頭ではいささか容量不足だ。


「そういうところだよ」


 すぐ近くから聞こえてくる彼女の声。その声色こわいろに、少なくとも嫌悪けんおはなく。


 だがそれ以上を読み取ることは、ケントにはまだまだ訓練不足と言えるだろう。


「あーッ!!」


 マルティナから視線を逸らした先、視界のすみでもう一人の友人がこちらに向けて声を上げているのが見えた。


 彼女はしたに並んでベンチに腰掛けるケントとマルティナを発見すると、小さな身体を一生懸命いっしょうけんめい動かしてってくる。


 ケントの前まで近寄ってきた彼女はひざに手を付いて呼吸をととのえる。


「はぁ……はぁ……先をされた……」


 息を切らせてうつむきながらつぶやいた彼女のひたい紫紺しこんかみれるたびにそこに象嵌ぞうがんされたあかい宝石がチラついている。


「どうしたリア。そんなに急いで」


 なぜ彼女がそんなに急いでいたのか分からないケントが首をかしげると、ようやく気息きそくととのったマギアスの少女はムスッとしてケントの正面に仁王立におうだちする。


「……………」


 チラリとケントのとなりまっていることに視線をやったリアは、


「何でもないです……」


 明らかに何かあるような態度たいどであったが、リア自身にかたるつもりはないようなのでケントがその真意しんいを知ることはできない。


 そしてリアの心境しんきょうが分からないのはケントの隣にいる人物も同様のようで、


「そんなに急がなくても大丈夫だ。今日はリアがケントに魔法の訓練をつけてもらう日だろう?順番は守るさ。ただし、明日は私が剣の稽古けいこをつけてもらうからな」


 そんなことを言うマルティナに曖昧あいまいな笑みを浮かべるリア。


 マルティナにその気があるかどうかはさておき、今のところリアにとって最大の強敵はマルティナである。


 そしてそんなリアの戦いの原因げんいんである当のケントは、


「二人とも、もう落ちこぼれとは呼べない。そろそろ毎日僕と訓練くんれんしなくても、自分で自分に合ったやり方を探すのもいいんじゃないか?」


 と、こんなことを口にする。


 それには一人は少し不安げに、一人は自身の戦いの先の長さに表情をくもらせる。


「いや、私はまだそんな境地きょうちにはたっしていない。まだどういう訓練が自分に最適さいてきなのかよく分からないんだ。だから、ケントさえよければ毎日でも稽古けいこをつけてほしいぐらいだ」


 そう言ってマルティナは立ち上がる。


「言っただろう?私は君のようになりたいんだ。だったら君に教えをうのが一番だろう?」


 これが、かつて落ちこぼれと呼ばれた者の姿なのだろうか。


 彼女を変えたのは、ケントという目標もくひょうができたことに他ならない。ただ漫然まんぜん落第らくだいしないように足掻あがくことと、目標に向かって努力することでは熱意ねつい雲泥うんでいがある。


 その目標が高ければ高いほど、彼女はどこまでも高みへとのぼっていくだろう。


「ケント君はさ……」


 リアがおずおずとたずねる。


「いつも私達と一緒にいるの、いやかな……?」


 それは少しずるい言い方だったかもしれないと、リア本人にも分かっていた。


「あ、いや、その……やっぱり、ケント君も自分のための時間がしいよねってことで……さすがに休日以外毎日は多すぎるかなって……でも私としては、学科も違うし……その……」


 私には無理。


 そう思っていた彼女が、一歩み出すことができたのは。


 君ならできると、前へ踏み出すことを教えてくれたのは、その背中を押してくれたのは。


「私は……!」


 一歩、恐れずに、前へ。後悔こうかいするのは進んでからでいい。


「毎日でも、ケント君に会って、いろいろ教えてもらったり、いろいろお話したり、したい……です……」


 さしものケントも、もじもじと小さな身体からだをさらにちぢこまらせて、顔を赤くしながら、そんなことを同い年の女子に言われて何も感じ入らないということはなく。


「あー……その、なんていうか……」


 リアのほほの赤さがうつったかのように、気恥きはずかしくて上気した頬をゆびで書きつつ。


「嫌じゃないよ。人に教えると、自分の復習ふくしゅうにもなるし。それに、二人と一緒に訓練しながらでも、自分の訓練はできるし……」


 違う、それだけじゃない。


 もっと他に言うべきことがある。


 気恥ずかしくても、この二人には、伝えておきたい言葉がある。


「リア、マルティナ。二人は、僕がこの学校に入学して、初めてできた友達なんだ。だから、二人といる時間は、とても、楽しい……」


 なんともむずがゆくなってケントも本を小脇こわきかかえてベンチから立ち上がった。


 マルティナは笑みを浮かべていたが、リアはなんとも形容けいようしがたい表情をしていた。


「あー……ごほん。そろそろいいかしら」

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