天才の証明(8/8)

 アルバートによって試合の終了が宣言せんげんされた。


 それで力が抜けたリアは、その場にペタンとすわり込んだ。


「やった……勝ったんだ……私……」


 遠くで歓声かんせいこえる。訓練場のはしからこちらを見学していた他の班の生徒達のものだ。


 その歓声は、ほとんどがリアではなく、ケントとオルフェスの戦いに向けてのものだったが、中にはリアの健闘けんとうたたえる声も確かにあった。少なくとも、リアやマルティナもけなしたり笑う声は一つもない。


 歓声と、心地よい虚脱感きょだつかんつつまれてしばし呆然ぼうぜんとしてたリアの肩をたたく者がいた。


「やったな!リア!」


 しびれが残っているのか、どこかぎこちない動きのマルティナがニッと白い歯を見せた。


「ティナちゃん……うん、私、勝ったよ……!」


 マルティナの手をりて立ち上がったリア。すると入れ違うようにマルティナがバランスをくずしてしりもちをついた。


「おっととと!あ、あはは……まだ身体からだしびれてて上手うまく動かせない……」


 それが可笑おかしくて、二人はしばし笑いあった。


「――ふざけ……ないでよ……!」


 そこへ、うらみがましい声が投げかけられた。


「あの天才に教えてもらったから、待機詠唱もできるようになったってわけ……?本当に、本当にふざけるなッ……!私だって……私だって……!ケント・バーレスと同じ班になれてさえいれば……!!」


 痺れて立ち上がれない身体からだで、必死に起き上がろうとするができず。


 顔だけでリアの方を向き、にらみつける。


 仲間を撃つまでしたというのに、自分は落ちこぼれと呼ばれた少女に勝てなかった。こんな無様ぶざまさらして、明日からどんな顔をして過ごせばいいというのか。明日から馬鹿にされるのは、リアではなく自分だ。


 嫉妬しっとと、くやしさと、屈辱くつじょくくちびるみしめたエリスのほほなみだつたった。


「……………」


 その様子を見て、リアは無言むごんで彼女の元へと歩みった。


「……ねぇ」


「……何よ。私が動けないからって、このあいだのはらいせでもしようっていうの?」


 リアは首を横に振る。


「……ケント君と同じ班になったから私は変われた。それは本当。でもね、変わる権利けんりは誰にだってあるんだよ?」


 なるべくエリスと視線を近くするためにしゃがむ。立場を対等にするように。


 リアとエリス。共にシファノス陸軍学校魔法科二年。人種はちがえど、そこになんら立場の違いはない。


 変わろうと願い、努力することをさまたげるものは何もない。


「もしね、あなたが本気に変わりたいって願うなら、ケント君に相談そうだんしにきなよ」


「――え?」


 思いもよらない提案ていあんに、エリスが目を見開いた。


「私達は違う班だけど、敵じゃないよ。だから、ケント君に何か教えてほしいなら、直接聞きにきたらいいじゃない。ケント君ってばいつも無表情だけど、本当はとても面倒見がよくてやさしい人だから。本気で変わろうとする人には手をべてくれる。一緒に変わろうよ。ね?」


 そう言って、リアは笑った。


「そうだ!ケントは!?」


 はたとマルティナが気づいてあたりを見回すと、少し離れた場所にオルフェスとともに倒れ込むケントの姿があった。


「ぐっ……!!」


 二人が見守る中、ケントが立ち上がろうとしていた。


「ぬぁあ……!!」


 オルフェスも必死の形相ぎょうそうで両手をつき、立ち上がろうとする。


 しかし――


「がっ……」


 途中とちゅう力尽ちからつき、大地に倒れ込む。


 一方でケントは、よろめきつつもしっかりと二本のあしで立ち上がった。


 その右手にうっすらとまとっていた光の力場が消えていく。〈装鎧アーマー〉という魔法の部分展開。そのよろいまとった拳のかたさ分だけケントはオルフェスに勝ったのだ。通常は全身に力場を展開する魔法だが、それを精密せいみつにコントロールすることによって少ない魔力で必要な効果だけを引き出す。日々ひび投影魔法とうえいまほうでの訓練の賜物たまもの


「クソ……クソクソクソクソォッ!!」


 自身の動かない身体からだ叱責しっせきするように、オルフェスがうめく。しかしどれほど呻こうと、身体は動いてくれない。


 魔法の連続使用の名残なごり血走ちばしったひとみ怨嗟えんさを込めてオルフェスがケントをにらみつけた。


「お前に……分かるか……!?デモリスでありながら、人間のお前に後れをとっていると嘲笑あざわらわれる俺の屈辱くつじょくが……ッ!!その苦痛が……!!」


 持てる者にも、持てる者としての苦労くろうがある。


 なぜオルフェスがケントを目のかたきにしているか、これでようやく合点がてんがいった。


 常にヒトの上に立つ人種、生まれながらの天才、デモリス。彼らは常に一番であることを求められる。それが当然であり、それ以外はあり得ないのだ。だからこそオルフェスはケントを倒すことにこだわった。それが自身がケントより上であると証明しょうめいするもっとも確実かくじつ手段しゅだんだったからだ。


「さぁ、な……デモリスの苦労くろうは、人間の僕には、分からない……ただ、もし僕が手を抜いて、君に勝ちをゆずったら、君はそれで満足まんぞくするのか……?」


 オルフェスのひとみ憤怒ふんどの炎がえ上がる。


「そんなことをしてみろ……お前を殺してやる……!!」


 手加減てかげんなど、それこそ最大の恥辱ちじょく。何にもまさる最大の侮辱ぶじょく


「だったら、みとめろッ!僕は、君より強い……!」


 ギリリと奥歯おくばくだかんいきおいでオルフェスが食いしばる。


 ケントはちらりとオルフェスの方とは違う方向に視線を向けてから、続けた。


「そして、努力で才能はえられると、認めろ!認めて、努力して、僕を越えてみせろッ!」


 オルフェスは負けた。だからこそ、認めなければ前には進めない。そうでなければケントを越えることはできない。


生半可なまはんかな努力じゃ、僕は越えられないぞ……!僕はこれからも努力し続ける!君が努力をしなければ、ますます差は開くぞ!それがいやなら、君自身が努力の価値かち証明しょうめいするんだ……!!」


 オルフェスがケントに負けたくないとねがえば願うほど、彼は証明することになる。しざるを得ない。否定ひていするわけにはいかないのだ。


 それでも努力は無意味であると彼がだんじるのならば、オルフェスがケントに勝つ日は絶対におとずれないだろう。


「人間だって、努力すれば、デモリスに勝てるんだ……その逆だって……当然……」


 そこまで口にしたところで、ケントは糸が切れたように倒れ込んだ。


 意識を失ったケントだったが、その身体からだが大地に打ちえられることはなかった。


「――まったく。模擬戦って言ってんのにガチバトルしちゃってさ。しかもなんかやたら熱いこと言っちゃって。普段からそれぐらい饒舌じょうぜつなら、もっとクラスの子らと仲良くできるのににゃー」


 ケントの身体からだを受け止めたフランツィスカがやれやれとつぶやいた。


「あーもう若い!若いっていいなー!って私もまだまだ若いけどー!ねぇ聞いてる?ツッコミ待ちだよ?」


 そう言ってケントのほほをぺちぺちと。


「う……」


「ほら、君に伝えたいことがある女の子が二人も!よっモテ男!」


 フランツィスカの肩をりながら立つケントの前に、二人の少女が立っていた。


 一人は小柄こがらでマギアスのくせに魔法が苦手な少女。


 一人は不器用ぶきようで考えることが苦手なリザイドの少女。


「勝ったよ……!ケント君……!」


 涙ぐむ声で、リアが言う。


「ケントのおかげだ。本当に、ありがとう!」


 屈託くったくない笑顔でマルティナが言う。


 その二人に対して、ケントは、




「――だから、言っただろ?君達ならできるって」

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