天才の証明(7/8)

「デイ/オル/エテ/エテ/エファ/ウエル――」


 つむがれる詠唱えいしょうにリアは反射的に横に飛びのいた。


「〈雷撃サンダー〉ッ!」


 青白い閃光せんこうが先ほどまでリアのいた空間をつらぬく。衣服が汚れるのもかまわずゴロゴロと地面を転がって攻撃を回避したリアは、上半身だけ身を起こしつつ、反撃のために短杖たんじょうをエリスへと向ける。


「ファル/エファ/ウラ――」


 だがそれよりも速く、


「〈曲刀ショーテル〉!!」


 待機詠唱によって詠唱えいしょうはぶいて放たれた光弾こうだん。半円をえがいて側面そくめんからせまるその一撃に、咄嗟とっさにリアは短杖を手放しポシェットに手を突っ込む。


「〈衝槌ハンマー〉ッ」


 振りぬいた手から放たれた不可視ふかし衝撃波しょうげきは光弾こうだんを撃ち落とす。ゆびの間にはさまっていた紙が青白くきる。衝突しょうとつ余波よはきあがった砂埃すなぼこりが目に入り、視界しかいをぼやけさせた。


「うぅ……!!」


 手の甲でゴシゴシと目をこすりつつ、うのていでリアは立ち上がった。


紙巻ロールがなければ今ので終わってたのに……ほんとに、うざい……」


 憎々にくにくにエリスがそうてた。そしてそれは正しい。一撃目で体勢たいせいくずし、二撃目を当てる。魔法師のもっとも基本的な戦術だ。


 魔法師同士の戦いでは交互こうごに魔法を撃ち合い、最後に魔法を撃った方がその攻防をせいする。そしてその攻防は待機詠唱ができて初めて成り立つもの。それができないリアは魔法師らしからぬ回避運動と失敗のリスクをともな紙巻ロールで強引にせいしたのだ。


「まぁいいわ。どうせ結果は変わらない。アンタは私には勝てない。だってアンタは落ちこぼれなんだから」


 エリスの嘲笑ちょうしょうを聞き流しつつ、リアは必死にどうするか考えた。


 視界は徐々じょじょに回復してきていたが、どうにも先ほど手放した短杖たんじょうが見当たらない。いきおあまって遠くに飛ばしてしまったようだ。短杖なしでは魔法の精度に不安が残る。今の距離の撃ちあいではちゃんとエリスに当てられる自信はない。


 次にポシェットをまさぐる。残っている紙巻ロールは三つ。この模擬戦までに準備できたのはたった五つだったのだ。ただし、自分の作った紙巻ロールの中でもっとも完成度が高かったものを持ってきた。その全てが〈衝槌ハンマー〉の術式である。


 〈衝槌ハンマー〉の射程しゃていは短く、魔法師同士の魔法合戦には向かない。だが近距離用の術式ゆえに細かな制御は必要なく、攻撃以外に先のように防御にも流用できる。その汎用性はんようせいでの選択だった。


 別の術式の紙巻ロールを用意しておくことも考えた。だが、やめた。咄嗟とっさにポシェットに手を突っ込んだ時に意図いとしたものと違う紙巻ロールをとってしまうことをけるためだ。


 自分は不器用ぶきようだ。リアにはそれがよく分かっていた。分かっていたからこそ可能な限りリスクをけた。


 それが裏目に出た。まさか一対一の状況になるなど想定していなかった。


 それでも、


(負けたく……ないッ!!)


 口元をキッと結び、涙のにじひとみでエリスを正面からにらみつける。


 ポシェットの中身を全てつかみ取り、右手の指の間にはさんだ。落とさないようにその手をキツくにぎりしめる。空になったポシェットを肩から外し、遠くに放り投げた。


「勝てないって言ってんのに……なんでそんな顔してんのよッ!!」


 さけび、詠唱えいしょうを開始するエリスに向けてリアは走った。


 〈衝槌ハンマー〉にしろ他の魔法にしろ、ある程度ていど近づかないとリアは当てることができない。逆に言えば、近づくことができれば五分ごぶの勝負にすることができる。


「〈風舞ウィンド〉――」


 エリスの放とうとしている魔法の内容が分かった瞬間、リアは横にステップをむようにび、ぐぐっとその小さな身体からだを下げた。


 直後吹きあれれる突風とっぷう。まともに受ければリアの身体からだなど軽々と吹き飛ぶ風力。砂をき上げることもあって目くらましにもなる。大きなダメージはなくとも接近戦をきらう魔法師が敵を遠ざけるためにもちいる魔法だ。


 だがその突風の中、リアの身体は微動びどうだにしなかった。紫紺しこんの髪がはたのようになびくが、それだけ。


 閉じられた両のひとみの上で、マギアス独自どくじ身体器官しんたいきかんであるひたいの紅玉が爛々らんらんあかい光を放っていた。


「なっ!?」


 エリスが驚愕きょうがくする中、再びリアは前進を開始する。


 リアは吹き荒れる突風の中になる魔力の流れを、その第三の眼でたのだ。そして魔力の流れのもっともうすい部分、すなわちもっとも風の弱い部分に身をすべり込ませた。


 魔法科一の落ちこぼれ。誰もがその肩書きのせいで忘れていたが、彼女は生まれつき魔力の流れを視ることができる器官を持ったマギアス。本来ならばもっとも魔力のあつかいに長けた人種なのだ。たとえ落ちこぼれであったとしても、生まれ持って使える能力はうしないようがない。


 意識などせずとも、ひとみを開けば景色けしきが視える。マギアスにとって魔力の流れを視るということはそういうことなのだ。


「シュル/ツェル/ハス――」


 走りながら、呪文の詠唱えいしょうを開始する。はいの中の空気が一気に持っていかれて心臓しんぞう悲鳴ひめいを上げるが、気にしてなどいられない。


「待機詠唱もなしにッ!!」


 後手ごてに回ろうとも、エリスが待機詠唱で魔法を放つほうが早い。


「〈槍突スピア〉ッ!!」


 エリスから突き出された光の槍を、リアは、


「〈円盾シールド〉!」


 まるで盾を構え、敵陣に突撃とつげきする兵士のように。身体からだを横にして突き出された左腕を中心に展開てんかいされた円状えんじょうの力場が槍を受け止める。


 そう、リアがとなえていた詠唱えいしょうは攻撃用の魔法ではなかった。


 初めから後の先を取られることを前提ぜんていに防御用の魔法を唱えていたのである。


 まだ消え切らない盾と槍の名残なごり脇目わきめに前へ。


「!!」


 エリスが口を動かそうとするが、もうおそい。


 距離きょりは十分近づいた。そこはもう、リアの〈衝槌ハンマー〉の射程範囲しゃていはんい――!


「〈衝槌ハンマー〉ッ――!!」


 リアはなぐりつけるように右手を振りぬいた。魔力に反応した紙巻ロールが青白い炎を放ち燃焼ねんしょうする。


 そして――


「ッ!?」


 その手は、むなしく空をった。


 〈衝槌ハンマー〉は発動しなかった。


(不発――!?)


 エリスが口のはしり上げる。


「ハス/アド/エムル/エムル/エファ/ウエル――」


 その詠唱えいしょうは、リアが紙巻ロールを作る際に何度も何度も口にした魔法文字の羅列られつ。だから詠唱の段階で何の魔法が来るかを知ることができた。


 前に慣性かんせいが乗った身体からだを強引にひねって背後にぶ。


「ッ!?」


 力を込めた右足首ににぶい痛みを感じた。だが、それを気にしている場合ではない。とにかく、距離きょりを――


「〈衝槌ハンマー〉ッ!!」


 エリスの振りぬいたこぶしから不可視ふかし衝撃波しょうげきはが放たれたが、間一髪かんいっぱつ、その衝撃波はリアの前髪を余波よはでるにとどまった。もともとリアが〈衝槌ハンマー〉の射程しゃていギリギリの距離にいたことで回避かいひが間に合った。


 後ろにんだいきおいのまま、一歩二歩と下がったリアはひざに手をついてあえいだ。落した視線の先にあるあしが細かくふるえ、右の足首はズキズキと痛む。ジャンプの瞬間にひねってしまったようだ。これではもうまともに走るのは難しい。


「フ、フフフ……天才の作った紙巻ロールにも、失敗はあるみたいね……びっくりさせるんじゃないわよ」


 リアとは別の理由でにじんだひたいの汗をそでぬぐったエリスが安堵あんどして笑う。もしあの紙巻ロールが不発でなかったのなら、勝負がついていた。


「はぁ……はぁ……ちが、う……!」


 いきえの状態で、落ちこぼれの少女はさけんだ。


「この紙巻ロールは、ケント君じゃなくて、私が作ったものッ!だからッ!今不発だったのは、ケント君じゃなくて、私の失敗なんだっ……!!」


 自分が努力によって勝ち取った結果も天才のおかげと言われ、失敗さえも天才のせいと言われる。


 それは、リアそのものの否定に他ならなかった。


「馬鹿言わないでよ……紙巻ロールを作るにはとても繊細せんさいな技術と、才能が必要。アンタみたいな落ちこぼれが、そう簡単に作れるわけ――」


「簡単じゃ、なかった……ッ!!」


 それは怒りだった。


 何も知らないくせに。


 私がどれほど努力したのかも知らないくせに……!!


「魔法式の図面を見ながら、何度も何度も書いた!何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!朝起きてから授業が始まるまでの時間、休み時間、放課後ほうかご……毎日毎日、同じ形を同じ大きさで!何本鉛筆えんぴつを使い切ったか覚えてない!部屋には紙束かみたばが山になってる!手はいつも真っ黒!手首が痛くて夜はなかなか眠れない!それでも……」


 続けた。


 やめなかった。


 なぜなら――


 君ならできると、そう言ってくれた人がいるから。


「それでも……それだけしても、まだ完璧かんぺきとはとうてい言えない。さっきみたいに失敗する。この残りの二個も、成功してるかどうか分からない。でも――」


 深く息を吸い、背筋せすじばす。


 そして、真っすぐに相手を見つめる。


「成功も失敗も、全部私の実力。自分が努力できないからって、私の努力を否定しないでっ!!」


 エリスが、たじろいだ。


 だが――


「う、うるさいッ!!私だって、私だってケント・バーレスと同じ班になれていたら……!!」


 嫉妬しっと


 つまりエリスは、ケントと同じ班になったことで落ちこぼれからだっしようとしているリアがうらやましかったのだ。


 あの魔戦科一の天才と同じ班になれれば、私だって。ケントにせまる実力でありながら、ほとんど交流をしようとしないオルフェスと同じ班になったからこそ強くそう思うのだろう。ヘマをすればあのデモリスの少年に叱責しっせきされる。そんな綱渡つなわたりの緊張感きんちょうかんの中小隊演習にいどむエリスだからこそ、短期間で目に見えて成長し、あまつさえあの不愛想ぶあいそうだったはずの天才としたに交流するリアがねたましかったのだろう。


「確かにそうかもしれない。私はケント君と同じ班になれて幸運だった。でも、そのことは今関係ない!」


 左手を前へ。にぎりしめた右手を軽く曲げてかまえる。


「ねぇ、あなたはさっき、落ちこぼれの私に負けたら自分が落ちこぼれって言われるって言ったよね?だったら……」


 もう走れない。ならば、できるのは――


「私がここで、落ちこぼれじゃないって証明しょうめいすれば、負けてもいいってことだよね!!」


「このッ――!!」


 二人同時に呪文の詠唱えいしょうを開始する。


「〈槍突スピア〉ッ!!」


 攻撃魔法を放ったのはエリス。


「〈円盾シールド〉ッ!!」


 それをリアの防御魔法がふせぐ。双方とも、詠唱えいしょうによる発声発動。の先をとるのは当然――


「〈曲刀ショーテル〉ッ!!」


 横殴りの光弾こうだんがリアへせまる。それを、


「〈衝槌ハンマー〉ッ!!」


 不可視ふかし衝撃波しょうげきはが撃ち落とす。だが、リアの右手の紙巻ロールは二つともきてしまっていた。どちらか一方が不発の可能性を考慮こうりょし、両方ともに魔力を通したのだ。一つならばともかく、二つ同時に用いれば失敗する確率かくりつは大きく下がる。


 しかし、それによってリアはとらの子の紙巻ロールを失ってしまった。紙巻ロールがあったからこその互角ごかく、それがなくなれば、もはやリアに勝ち目はない。


 魔法師同士の攻防こうぼうは、最後に魔法を撃った者が勝つのだ。


 だから、リアは――


「スゥゥ――」


 まだ〈衝槌ハンマー〉と〈曲刀ショーテル〉の衝撃しょうげき余波よはが消え切らぬ内に息を吸い込む。その最後のワードを口にするために。


 ケントに出会ってからやってきた訓練は、紙巻ロールを作るためだけではない。むし基礎的きそてきな技術の向上にこそケントはつとめてくれた。


 そして、待機詠唱は魔法師にとって基礎的きそてきな技術の一つだ――


「〈雷撃サンダー〉ァアアッ!!」


 魔法を発動させる最後のワードが口にされ、手の平から魔力が放出される。それが脳内の術式によって形を変え、白い稲妻いなづまとなってえだばす。


「!?」


 予期よきせぬ攻撃。いや、予期していたとしても回避することは困難こんなんであったろう。広範囲に拡散かくさんしつつほとばしった稲妻は確かにエリスの身体からだらえた。


 まだまだ完璧かんぺきとはほど遠いレベルだった。威力が拡散し過ぎている。あともう少し距離がはなれていれば、有効打ゆうこうだとは呼べないほどの威力いりょくになっていただろう。


 だが、その稲妻を受けたエリスは、ゆっくりと前に倒れ込んだ。


「そこまで!勝者、十一班!」

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