天才の証明(6/8)

 すさまじい速度で放たれる木剣の連撃れんげきを紙一重でけ、時に受け止めつつケントは、


(十分距離は、とれたか……)


 二つ魔法を待機ストックさせ、ほとんど余裕よゆうのない思考しこう片隅かたすみでリア達との距離を推測すいそくする。直接目で見て確認する余裕はない。少しでもすきを見せれば攻撃を受けきれなくなる。それほどまでにオルフェスの攻撃は苛烈かれつだった。


「シュル/ペディム/エファ――」


 攻撃の手をゆるめることなく、オルフェスのくちびるが動く。その詠唱えいしょうの内容から彼が放とうとしている魔法をさっしたケントが脳内のうないの待機詠唱を即座そくざに対応できるものに書きえる。


「〈槍突スピア〉ッ!」


「〈円盾シールド〉!」


 なぐりつけるように放たれた光の槍を光の盾がはばむ。至近距離しきんきょりでの魔法の衝突しょうとつに光と衝撃しょうげきはじける。たまらず後退こうたいしたケントにオルフェスがたたみかける。


「〈槍突スピア〉!!」


 再びの光の槍。しかし今度は詠唱えいしょうなしの即時発動そくじはつどう。さながら本物の槍をすぐさま突き返したかのよう。


「〈衝槌ハンマー〉!!」


 光の槍を不可視ふかし衝撃しょうげきなぐりつけて粉砕ふんさいする。


 だが――


「〈曲刀ショーテル〉!!」


 間髪かんぱつ入れず放たれる三発目。横殴よこなぐりの光弾こうだんがケントの無防備むぼうび脇腹わきばらせまる。


「――ッ!」


 もはや魔法による防御はおろか回避さえも間に合わない。咄嗟とっさに左腕をげてわき防御ブロック。ミドルキックのような重い衝撃になるべくさからわず身体からだを流して威力いりょく分散ぶんさんさせる。


 二発連続の待機詠唱。オルフェスもまた、ケントと同じく待機詠唱を二つ保持できるのだ。魔法の発動速度もほぼ同じ。つまり魔法の撃ち合いになれば先に詠唱を開始した方が有利ということだ。


 続けざまの攻撃にそなえてすぐさま体勢たいせいととのえたケントだったが、その攻撃は来なかった。


 わりに不適ふてきな笑みを浮かべるオルフェスの笑い声がひびく。


「フハハッ!見るがいい!やはり成績評価などというものではなく、真に対等な条件で戦えば俺の方がすぐれているッ!!」


 どうやらオルフェスは最初に一撃を与えられたことで気をよくしているらしい。もっとも、笑っているとはいってもその所作しょさに一切のすきはなかったが。


 ケントは目を細めて呼吸をととのえた。〈曲刀ショーテル〉を受け止めた左腕にさしたるダメージはない。曲線をえがいて相手の側面そくめんを打つその魔法はあまり威力いりょくが高くないのだ。


 反論はんろんせず、無言むごんかまえるケントにオルフェスは続ける。


「だが人間でデモリスの俺にせまる実力を持っていることはみとめてやろう。確かにお前はだ。だがいくらお前が天才だろうとデモリスの俺にはとどかない!」


 ぴくり、とケントが無表情の一角をくずす。それをオルフェスは目ざとく見咎みとがめる。


「――どうした?気にさわったか?だが事実だ。それはお前の兄が証明しょうめいしているだろう?」


 今度は、はっきりと、ケントはその顔貌がんぼうに感情をにじませた。


 この感情を、なんと形容けいようすればいいだろう。


「……人間は、デモリスには勝てない。そこには、生まれ持った才能という、大きなかべがある」


 しぼり出すようにケントがつぶやく。


「なんだ、分かってるじゃないか。てっきりそれが分かっていないから日頃ひごろ俺の事を無下むげにしていたのかと思っていた。なんだ、すまなかった。お前がそのことを分かっているのならそれでいいんだ。ならばいずれ成績も正しい優劣ゆうれつしめすだろう」


 オルフェスがケントを敵視している最大の要因よういんがそのことだった。


 人間の分際ぶんざいで、デモリスのオルフェスをまるでその他の有象無象うぞうむぞうのようにあつかうのがゆるせなかった。


 ケントが優秀ゆうしゅうな生徒であることは否定もしようもない。ケントの方が成績順位が上なのもまったく理解できないこともない。だが人間であるケントが自分のことを下に見ているのではということがオルフェスにはこれ以上ないほどの屈辱くつじょくだったのだ。


 だがケント自身が人種の絶対的差異ぜったいてきさいも理解しているというのなら、不満も幾分いくぶんかおさまろうというもの。


「――だったら」


「?」


 木剣を大上段にかまえたケント。その攻撃の姿勢しせい油断ゆだんなく対応しつつもオルフェスは怪訝けげんまゆひそめる。


 魔戦科始まって以来の天才、いつも無表情な彼は今、さか闘志とうしをそのひとみ宿やどしていた。


「僕がお前を倒せば、努力で才能をえられると証明できるってことだな!?」


 刹那せつな


「〈槍突スピア〉ッ!!」


 魔法が発動する。ねらいは、地面。ケントの足裏から放たれた魔法がその身体からだを爆発的な加速力で前へと押し出す!


「ッ!?」


 まったく想定外の奇襲きしゅうにオルフェスの対応が遅れる。


 回避は不可能。その上威力いりょくに速度が上乗せされている。片手で受けれる威力ではないと判断したオルフェスは木剣の刀身に手をえて両の手でその一撃を受け止めた。


「うおおおおッ!!」


 裂帛れっぱくの気合いと共に放たれた正面上段からの振り下ろしは双方共に想定外の結果を引き起こした。


 バコォンッ!!


 ひび破砕音はさいおん、打ち込んだケントの木刀が中心から真っ二つにれてしまったのだ。折れた刀身が後方に吹っ飛び、ケントの頭頂部とうちょうぶかすめる。


 一方の受け止めたオルフェスの木剣は分かたれてはいないもののばっくりと折れてしまいくの字に曲がってしまっていた。これではもはや使い物になるまい。


「おおおお!!」


 それでもケントの突撃は止まらない。木剣のつか早々そうそうに投げ捨ていきおいそのままにオルフェスに体当たり、そのまま押し倒す。


「グゥッ!?」


 双方剣をうしない、おたが無手むて。しかし体勢たいせいはケントがマウントをとり有利。間髪かんぱつ入れず振るわれた掌底しょうていをオルフェスが受け止める。二撃目もしかり。お互い両手を組み合って力比ちからくらべの状態に。


「ふざけ――!」


 ゴツンッ


 しゃべりかけたオルフェスの言葉が重々しい重低音じゅうていおんさえぎった。


「グアァァ……」


 お互い両手をふさがれた状態で、ケントがオルフェスに頭突ずつきをらわせたのだ。ケントのひたいにも血がにじむ。


「そ、双方そこまでですッ!これは模擬戦です!喧嘩けんかでも殺し合いでもありませんッ!」


 あまりに殺伐さつばつとしてきた状況に見かねてアルバートが制止せいしの声をかけた。


 だが、白熱した二人に声だけの制止が届くはずもなく。


 もう一発、と狙いを定めたケントに、オルフェスは、


「俺を……見下すなァッ!!」


「ツッ!?」


 第三者からは何が起こったのかすぐに理解できなかっただろう。突然顔をしかめたケントがオルフェスの上から飛び退いた。


 オルフェスから距離を取り、ケントは自分の手の平を見やった。


 両の手の平の中心には、鉛筆えんぴつほどの太さのあかい点が穿うがたれていた。そしてそれは、手の甲まで貫通かんつうしている。何かが手の平をつらぬいたのだ。


 息をあらげつつ起き上がったオルフェスが口のはしり上げる。デモリスの特徴とくちょうである真紅しんくひとみがギラリと光った。


「――“むすばれぬ手”」


 それは魔力のあつかいにもけたデモリスの技の一つ。手の平から魔力を針状はりじょうに放出、対象をつらぬくという技術。射程しゃていはほぼゼロ距離きょりだが、発動に詠唱も準備動作もなく、その手に触れたモノには唐突とうとつに穴がく。今回は射出しゃしゅつされたはりが一本ずつであったがゆえにこの程度ていどんだが、その針がもし複数ふくすうだったならケントの手は使い物にならなくなっていただろう。


 その性質上せいしつじょう、本当の命のやりとりであればデモリスは相手をつかむだけで勝敗を決することができる。骨すらも貫通かんつうするその針ならばヒトの命をうばうことなど容易たやすい。


 この技があるからこそ、デモリスと握手あくしゅをすることは古くから勇気の象徴しょうちょうとされてきた。デモリスの気分しだいでは、その結んだ手は二度と使い物にならなくなるかもしれないからだ。


 その上デモリスは常にヒトの上に立ってきた人種、握手など、対等の存在になろうとするものをこころよく思わない。


 だからこそ、その技は“結ばれぬ手”と呼ばれるのだ。


 かつて魔族と呼ばれた種族、そのおさたる魔神族デモリス。彼らと人間が手を結ぶことがどれほど困難なことであったかを象徴しょうちょうする技。


「そこまでだよ」


 相対する二人の間に普段のおどけた調子をまるで感じさせない様子の魔戦科担任教師が割って入った。


「“結ばれぬ手”、使っていいなんて言ってないよね?それは相手の命をうばう技。こんな場所で使っていい技じゃない」


 フランツィスカのするどい眼光ににらまれてオルフェスがうめく。


「ケント君の傷の手当ても必要だし、二人ともここで退場。オルフェス君への処罰しょばつは後で――」


「待って、ください……!」


 ケントは血のしたたる両手をにぎりしめた。


「まだちゃんと決着がついていません!続けさせてくださいッ!」


 模擬戦、成績。そんなことはもう頭から抜け落ちてしまった。


 熱くなっていたのは、ケントも同じ。どのみち他のチームメイトとの連携を放棄ほうきした時点で高評価は望めまい。


 そしてはたと気付く。まだ近くから戦闘の音がこえている。まだ仲間が戦っている。あの落ちこぼれと呼ばれた二人が、まだ倒されずに戦っている。


 ここで早々に自分だけが離脱りだつなど、できようものか。


「僕は……証明しょうめいしなきゃならないんだッ!人種や、生まれ持った才能なんて、努力を放棄ほうきしたやつのいいわけだってことを!ヒトはあきらめなければどこまでも成長できるんだってッ!」


 握りしめた拳がズキリと痛む。


 デモリスに大敗をきっした兄。その兄の証明したかったヒトの可能性を、今ここで自分が示すのだ。


「人間ごときが……調子に乗るなよ……!!」


 オルフェスもこの勝負を続けたい理由があった。それはただの自尊心じそんしんか、それとも……


「……………はぁ」


 らぐことのない双方の戦意を見てとったフランツィスカは溜息ためいきを一つ。


 両手をひらひらと振って後ろに下がる。


「次危険行為が見られたら有無うむを言わさず止める。おーけい?まったく、言う事きかないんだから」


 あきれたように、フランツィスカは試合の続行を許可してくれた。下がるフランツィスカにアルバートが何やら抗議こうぎしているが、もうケントの耳にはとどかない。意識をオルフェスに集中させる。


 右手を前へ。


 それにおうじるように、オルフェスも同じよう右手を上げる。


 もはや小細工こざいくは不要。双方ともに真正面から持てる力の全てをぶつけて優劣ゆうれつを決するかまえ。


 手の平の痛みも、風にそよぐかみの毛も感触かんしょくも、全てが雑念ざつねんとして消えていく。思考能力、その全てを魔法を使用するという事についやす。


 そして――


「「〈槍突スピア〉ッ!!」」


 同時に放たれた同威力の魔法が激突げきとつ、すぐさま、


「〈曲刀ショーテル〉!」


「〈装鎧アーマー〉!」


 横なぐりの一撃を身体からだにまとった不可視ふかしの力場がふせぐ。


「〈炎弾ファイア〉!」


「〈風舞ウィンド〉!」


 押しせる炎のたまが風によって吹きらされる。


 詠唱えいしょうなしの待機詠唱によって魔法を放ち、脳内に待機詠唱のわくいた瞬間しゅんかんに、別の魔法を撃ちながら他の魔法を待機詠唱でセットする。複数の魔法を待機できる彼らだからこそできる魔法の高速連続発動。


 ――可能だが、通常は決してしない無茶。


 身体からだの中から何かが抜け落ちていくのが分かる。魔法は決して無尽蔵むじんぞうに使用できる技ではない。生きとし生けるモノ全てが身体に宿やどす魔力というエネルギーを消耗しょうもうする。


 魔力の量には多いに個人差がある。後天的こうてんてきやすことも訓練次第では可能だが、並大抵の労力ろうりょくではない。


「〈雷撃サンダー〉!」


「〈水波アクア〉!」


 ケントはその並大抵ではない労力を続けてきた。


 それこそ、先天的に高い魔力量を保有ほゆうするデモリスにかたを並べるほどに。


「〈槍突スピア〉!」


「〈円盾シールド〉!」


 すさまじい魔法合戦に、見守る教師達、遠くから見物している他の生徒達、その全てが息を飲んだ。


 もはやどちらが上かなど些末さまつな問題だ。双方とも、天才と呼ぶに相応ふさわしい次元じげんにある。


 オルフェスの真紅しんくひとみがさらにあかさをした。目が血走ちばしり、血管が浮き出てひたいからたまのような汗がにじむ。これほどまでの魔法の連続使用は拷問ごうもんにもひとしい苦痛をともなう。極限の集中が精神をむしばみ、絶え間なく消耗しょうもうする魔力とともに身体からだから力が抜けていく。しだいにひざが笑いだし、視界がぼやけ始める。


 プツン


 ケントの鼻からあかすじが流れ出た。顔色が青ざめているせいで余計よけいその紅が強調きょうちょうされる。


 一瞬前に倒れそうになった身体からだあしを前に出してみとどまる。


 いったいどれほど魔法を撃ったのかもう分からない。数えられるだけの精神の余力よりょくがない。


 もう、限界が近い。


「「〈炎弾ファイア〉ァアッ!!」」


 しぼり出すように放たれた炎のかたまりが中空で激突し爆発した。その閃光せんこう合図あいずとなった。


「「――ッ!!」」


 揺蕩たゆた噴煙ふんえんに向けて双方が走り出した。もはやさけぶ余力すらなく、最後の力を振りしぼってこぶにぎる。


 おたが満身創痍まんしんそうい。この一撃で全てが決まる。


 そして――


 ガッ!!


 双方の拳が双方のほほに激突する。はじかれたように二人は地面に倒れした。


 同時に、その宣言せんげんされた。


「そこまで!勝者――」


 見物している者達には、ケントとオルフェスの戦いの苛烈かれつゆえ印象いんしょうに残らなかったかもしれない。


 だが、二人の戦いに決しておとらぬ意思と決意の戦いも、同時にまくを下ろしていたのだった。

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