天才の証明(5/8)

 呆然ぼうぜんと、天才同士の苛烈かれつな戦いに目をうばわれていたオットーはこちらに突進してくる同学科の生徒に気づき、あわてて木剣を構えた。


「やああぁぁッ!!」


 ガツンッ


「くっ!?」


 突進の勢いそのままに、大上段に振り下ろされた木剣の一撃を受けるとつかにぎる手の平がしびれた。


(重い……けどっ!)


 反撃の一撃を振るいつつ、オットーは記憶を手繰たぐる。この対するリザイドの少女、マルティナは力だけならばそれなりにあるのだ。ただ、剣の振るう姿勢が悪く、何度か打ちあえばすぐに手首を痛めてそれをかばうために動きがにぶる。


 そもそもリザイドという人種そのものが持久力じきゅうりょくの低い人種なのだ。肉体そのものは強靭きょうじんは人種だが、激しい運動を長時間続けると身体からだに熱がまりオーバーヒートする。つまり時間がてば経つほどマルティナはどんどん弱くなっていくというわけだ。こと落ちこぼれと呼ばれるマルティナは特にその体質の傾向けいこう顕著けんちょだったとオットーは記憶している。


 二撃目、三撃目とマルティナの攻撃をオットーが受け止める。彼女の動きは単調たんちょうそのもの、前回の演習試験ではその短期間での成長におどろかされたが、さらに上を目指すには一カ月程度では流石さすがに足りなかったようだ。決して成績せいせきのよくないオットーでも問題なくその動きは見切れる。


 だが――


「ぐぅぅ!?」


 四撃目の攻撃を受け止めたオットーがたまらず後ろに下がる。


 とにかく一撃が重い。つかを通して伝わる衝撃しょうげきがオットーの手の平をジンジンとしびれさせていた。このまままともに打ちあっていればマルティナのスタミナが切れる前に木剣を取り落としかねない。


(基本の型そのまんまなのに……この馬鹿力め……!)


 マルティナの攻撃は読みやすい。それは剣の基礎練習である型をそのまま踏襲とうしゅうしているからだ。


 そんな剣を習い始めたばかりのような愚直ぐちょくな攻撃に押されているという事実がオットーをらせる。もしこんな基本の型しかできないような、落ちこぼれのマルティナに負けたとなれば明日から落ちこぼれ呼ばわりされるのはマルティナではなく自分だ。


 そのあせりがオットーの口からこぼれた。後ろに引いたことで距離が近くなった護衛対象ごえいたいしょうに向かってさけぶ。


「魔法はまだ!?」


 苛立いらだちのこもった言葉に帰ってきたのはさらに苛立ちの籠った返答へんとうだった。


「アンタが射線に入ってくるから撃てないんでしょ!?」


 そこではたとオットーは気付く。マルティナの背後、そこから二メイトルほど離れた位置にぴたりとひもつながれたようにマギアスの少女が追従ついじゅうしていたことに。


 射線を通そうとエリスが横に回り込もうとすると、エリスとの間にオットーをはさむようにリアが移動する。前線である普通科生徒二人があらそっている位置により近いリアの移動にエリスは追いつけず、その結果としてオットーを盾にされて魔法を撃てない。


 自ら危険な前線に飛び込むことで、魔法同士の撃ち合いをけている。


「近いんだからアンタが一発当てればいい話でしょ!?」


 エリスの言葉は決して間違いではない。リアが前に出てくるというのならば、なんとかオットーがマルティナをかわして突っ込めばそれだけで試合が決する。この距離では魔法で迎撃げいげきもできまい。


「――ふぅぅぅッ」


 オットーは深く息をいた。


 マルティナの攻撃は見切れる。ならばそれを躱して奥へと走り抜けるのも難しいことではない。距離がはなれていれば辿たどり着く前に魔法で迎撃げいげきされるだろうが、そうではないのならマルティナを躱した瞬間にゲームセットだ。エリスの乱暴らんぼうな言い方は少々腹立はらだたしいが、言っていることは正しい。


 手の平が痛い。こんな勝負早く終わらせてしまおう。


 オットーが疾駆しっくした。するどく振るった横薙よこなぎの一撃をマルティナが防御した瞬間、ぐっと前に出る。


「させるかッ」


 オットーの重心移動に反応したマルティナが咄嗟とっさに自身の体でその前に立ちふさがるが、即座にオットーは体をひねり重心移動のベクトルを反転、軽い身のこなしでステップをみ、耳の黒い体毛をなびかせ風のようにマルティナの横をすり抜けた。


 ウルフェンの肉体はその瞬発力しゅんぱつりょくにおいて他の追従ついじゅうを許さない。平均的へいきんてきな運動能力ならば並みかそれ以下でも、一瞬のスピードだけならばオットーは普通科でも並み以上にぞくする。


 オットーの新緑のひとみにこちらをけわしい表情で見やるマギウスの姿がうつった。


 小柄こがら体躯たいくで女の子である彼女を木剣で攻撃するのは気が引ける。うらみがあるわけでもなし、横腹を狙って寸止すんどめすれば教師達が試合終了を宣言してくれるだろう。


 魔法科の少女が肩からかけたポシェットに手を突っ込み、何か口にしようとしている。だが何をしようがおそい。この落ちこぼれの少女が待機詠唱を使えないことをオットーは知っている。もはやこの距離、魔法以外ではオットーを止められようはずもない。


 木剣が空を裂き、オットーが勝利を確信した刹那せつな、あり得ざることが起こった。


「――〈衝槌ハンマー〉ッ!!」


 ポシェットから引き抜きざまに振り払われた小さな手。その軌跡きせき延長線上えんちょうせんじょうに発生した不可視ふかし衝撃波しょうげきはがオットーの胴体どうたいを打ち、その体躯たいくを空へとはじき飛ばした。


 数メイトル空を飛び、その後慣性かんせいのままにごろごろと転がってくるオットーをエリスはあり得ないものを見るかのように茫然ぼうぜんながめていた。


「がっ!かはっ……」


 地面をぐるぐると転がって全身砂まみれになったオットーがうめいた。この距離を吹っ飛ばされたわりにはダメージが少ない。どうやら魔力の収束が不完全で〈衝槌ハンマー〉の威力が分散したらしい。おかげで怪我けがらしい怪我はなく、せいぜいが転がった拍子ひょうしにできたり傷。しかし、三半規管さんはんきかんらされたせいで急には立ち上がれない。


うそ……一月で待機詠唱が出来るようになったっていうの……?」


 信じられないと、そしてわなわなとエリスは首を振った。


 それはエリスとリアをへだてる絶対的な差だったはずだ。どれほどリアが訓練しようとも、その差がめられなければ決してエリスには勝てない。それが分かっていたから、この勝負は決して負けないと確信していたというのに。


 しかし、エリスははたと気付いた。


 ポシェットから引き抜いたリアの右手、その指の間に小指ほどのサイズの白い棒状の物がはさまっていた。それが青白い魔力光を発しながら燃焼ねんしょう、灰となって風に流れていく。


 そう、それこそがケントがリアに持たせた秘策。えられぬ差を越えるための秘密兵器。


「――反則……反則よッ!あの天才に作ってもらったのね!?紙巻ロールを使うなんてッ……!!」


 エリスは指をさして叫んだ。


 それはもはや実戦で使われることなどまずない古臭ふるくさい技術だった。


 魔法とは魔法文字を頭で意識することで発生する。つまり魔法文字を脳内でえがいているのである。ならば、その描いているものを脳内ではなく他の物に描いておけばどうなるか。もちろんただ描いただけでは何も起きない。それように調整ちょうせいした魔法文字を、魔力に由来ゆらいする物質で、完璧な精度せいどで描くことができれば、脳内で魔法文字を描くという行程こうてい代用だいようすることができるのだ。


 それが紙巻ロール。調整された魔法文字、魔法式を魔硝石ましょうせき粉末ふんまつぜたインクで紙に描き、形がくずれないように筒状つつじょうに丸めた物。それに魔力を通すことで魔法式を起動、詠唱えいしょうと同じ効果を瞬時しゅんじに発生させ、事実上詠唱なしで魔法を顕現けんげんさせる。魔硝石は魔力に反応して熱を発生させるので、一度使えば紙は燃えきてしまうため使い切り。


 はるか昔に魔法式の天才とうたわれた魔法師が考案こうあんしたそれは、待機詠唱という技術が確立するまでの間はほとんど唯一の詠唱なしで魔法を使う技術だった。だが待機詠唱の技術が確立し、それが広く伝わるとたちまちすたれていった技術だ。


 紙巻ロールすたれた理由として、その製作難度せいさくなんどの高さが上げられる。持ち運びがしやすいように紙巻ロールは数センチ四方の小さな紙に魔法式を描くが、その小ささゆえに数ミリのズレが大きなゆがみとなって魔法に現れる。しかも使い切りであるが故に、ちゃんとできているか確認するすべがないのだ。魔力を通せばたちまち魔法式は青い魔力光を放ち燃焼ねんしょうしてしまう。


 詠唱なしで魔法を放たねばならない場面、それは当然、即座そくざに魔法を発動せねばならない緊急事態ということだ。その時、手にした紙巻ロールが不完全な代物しろもので魔法が発動しなければどうなるか。


 紙巻ロールは確かに画期的かっきてき便利べんりではあったが、命をあずけるにはかならずしも安心できるものではなかった。だからこそ当時でもそれは本当にどうしようもない時にもちいられるものであり、常用されるようなものではなかったのだ。


 誰も見向きもしないその技術に、リアは光明こうみょうを見出した。


「ちゃんと先生に許可はとったよ。だから反則はんそくじゃない」


 リアのその言葉にエリスは横目で監督かんとくしている教師陣を見やるが、リアの行為を教師がとがめる様子はない。


 ギリッとエリスが奥歯おくばみしめ、その表情をゆがめる。


「――あの天才と、ケント・バーレスと同じはんになったからって……いい気になってッ……!!」


 何が彼女をそこまで苛立いらだたせるのか、エリスはにぎりしめたこぶしを真っ白にさせてうめく。


「これで終わらせるッ!リア!追撃ついげきたのむ!」


 マルティナがエリスに向かって走った。この距離ならば、エリスの迎撃げいげきは間に合うだろう。しかし普通に詠唱えいしょうしていたのではマルティナの方が早い。エリスは待機詠唱を使わざるをえないはずだ。そこへリアが魔法を撃ち込めばエリスは防御ができずに勝負がつく。


 これも事前に決めていた作戦の一つ。待機詠唱が使えない分、どうあってもリアはエリスに後れをとる。紙巻ロールを多用しないのであれば、どうにかしてエリスに待機詠唱を先に使わせなければ勝機しょうきはない。そのためのマルティナの突撃。て身の一手。待機詠唱が使えるかいなかの差は、それほどの覚悟かくごがなければまらないのだ。


 だが、


「く、うぅ!!」


 マルティナの進路しんろ若干じゃっかんふらつくオットーが立ちふさがる。このままいいようにやられるのは彼の自尊心プライドゆるさなかった。それに、最初にやられたのでは後でエリスやオルフェスになんと言われるか。


 オットーら十四班の面々めんめんはあまり仲は良いとは言えなかった。ケントら十一班ほど極端きょくたんではないにしろ、魔戦科のオルフェスとそれ以外の二人には雲泥うんでいの力量差があるために何をするにもオルフェス中心。それほどコミュニケーションなどとらずとも、オットーとエリスは最低限の自衛じえいさえできればあとはオルフェスがどうにかしてくれる。それを双方が暗黙あんもく了解りょうかいとして理解していたがゆえに会話も最小限。


 ワンマン故に成立する連携れんけい。だからこそ、失敗した時のフォローもない。失敗は全て自分の責任であり、そしてそれはひど糾弾きゅうだんされる。


 同じ班ではあるが、友達ではない。だからこそ、自分をまもるためにオットーはき気をおさえて立ち上がった。


 カァン!


 マルティナのフェイントの素振そぶりすらない真正面からの一撃をオットーの木剣が受け止める。衝撃で手の平が痛む。その痛みが吐き気を追いやってくれた。


「この……!手に肉刺まめができそうだ……!」


 鍔迫つばぜり合いになり、双方一歩も引かない力比べの最中さいちゅうにオットーがそうらした。


 それを耳にとめたマルティナは、


「そんなもの、もうれたッ!!」


 気合い一閃いっせん、再び放たれた一撃がオットーの木剣をはじき飛ばす。


 驚愕きょうがくに目を見開くオットーの眼前で、両手ににぎられた木剣が振り上げられる。


「――〈雷撃サンダー〉」


 刹那せつな白光びゃっこうはしった。


「「ぐああああああッ!?」」


 悲鳴ひめいは二つ分。


 マルティナとオットー、木剣によってあらそっていた二人が雷撃に身体からだを撃たれてびくんとね、大地に倒れした。


「そうよ……最初からこうすればよかったのよ……」


 雷撃を放った張本人ちょうほんにん、魔法科の人間、エリスは二人に向けていた手の平をスッと横におよがし、残っているもう一人の魔法科の生徒へと向けた。


「ぐぅ……こいつ……仲間ごと……!!」


 マルティナはうつせに大地にせながらうめいた。肉体に損傷そんしょうを受けるほどの威力いりょくではないが、身体からだしびれてしまってしばらく立てそうにない。背後はいごから不意ふいに撃たれたオットーにいたってはショックで気を失ってしまっている。


「いくら紙巻ロールを使えても、待機詠唱が使えないんじゃ一対一で私が落ちこぼれに負けるわけがない」


 もはや、成績せいせきなどどうでもよかった。


 彼女の中では成績以上に勝つということが重要だった。これはそのための選択。


 勝利するということを第一にした場合の最適解さいてきかい


「どうして……そこまで……」


 仲間を攻撃するなど、どう見ても評価ひょうかの下がりそうな行為こういをしてまで彼女が勝ちにこだわるのか理解できず、リアがつぶやいた。


「どうして……?そんなの、簡単じゃない」


 何を当然のこと、というふうに。


 しかし、その顔面にはたしかな恐怖を浮かべて、彼女はさけんだ。


「落ちこぼれのアンタに負けたら、私が落ちこぼれって呼ばれるッ……!私がみんなから馬鹿ばかにされる……!そんなの、えられるわけないじゃないッ!!」

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