天才の証明(4/8)

 いよいよケント達の順番が回ってきた。すでに念入りな準備運動を終えた二班が向き合い、一定の距離をとって相対そうたいする。


 双方ともに人数は三。


 十一班、魔戦科、人間のケント・バーレス。普通科、リザイドのマルティナ・トレンメル。魔法科、マギアスのリア・ティスカ。


 十四班、魔戦科、デモリスのオルフェス・ディア・ローダン。普通科、ウルフェンのオットー・アズム。魔法科、人間のエリス・ステット。


 それぞれの班の先頭に立つ魔戦科の二人。かたや一方はけわしい表情、片や一方は獰猛どうもうな笑み。相手をにらひとみの奥に溶岩のように煮えたぎる闘志を秘めているのは双方とも同じ。


 魔法科をまもるように陣取じんどる普通科の二人。十四班のオットーは漆黒しっこくの毛におおわれた耳とよくく鼻が特徴的とくちょうてきなウルフェンという人種の少年だ。同じ学科のマルティナの記憶によれば、とりわけ目立った所のない平均的へいきんてき成績せいせきの生徒だ。


 そしてこの模擬戦もぎせんかなめとなる魔法科の二人。何の因果いんがか、十四班のエリスはあのリアのかばん噴水ふんすいに投げ入れた三人組のリーダー格の少女だった。相手がリアということで余裕よゆうの笑みを浮かべている。


 成績でいうならば優秀ゆうしゅうな方ではない。だからこそそれより下のリアをおとしあざけることで自身の立場をたもとうとした。だからこそリアの成績が上がることに誰よりも拒否反応きょひはんのうしめした。それを悪意だと断罪だんざいすることは容易たやすい。だがヒトは皆、自身より下の立場の者がいなくては自身を肯定こうていすることすらままならないものだ。


 この人よりは自分はできた人であると、そう言い聞かせて自身のちっぽけな自尊心じそんしんを満たす。そうすることで自分自身を肯定できる。みにくく、もろいヒトのサガ


 しかし、それが下にいる者の成長をさまたげるようなものであっていいはずがない。


「いいですか?くれぐれもルールの範囲内はんいないで、戦意をうしなった相手を追い打ちしたりはしないこと。いいですね?」


 他の班と比べて異常なほど張りつめた空気にアルバートがねんを押すように注意喚起ちゅういかんきする。とりわけ先頭の魔戦科二人は今から殺し合いでも始めるかのような雰囲気だ。


 装備は魔戦科、普通科の四人は全て木剣一本のみの基本装備。リアは補助具ほじょぐ短杖たんじょう肩掛かたがけの小さなポシェット、エリスは何も持っていない。ある程度なら装備を変えてよいとは言っても、生徒達にはあまり選択肢せんたくしはない。エリスが補助具をもちいないのはその自尊心プライドゆえか。


 あの落ちこぼれのリアに自分が負けるはずがないと。


「――じゃあ、後は任せた」


 後ろを振り向かず、ケントがそう口にする。


「うん!」


「ああ!」


 すると力強い返答が間髪かんぱつ入れずに返ってくる。それのなんとたのもしいことか。


 すでに戦術は二人に伝えてある。そして、ケントの予想通りなら相手の動きは……。


「では、十一班対十四班、模擬戦、始めッ!」


「「ウオオォォッ!!」」


 アルバートの開始の合図あいずと同時、先頭の二人が矢のごとく飛び出した。


 木剣と木剣が打ち合わさる衝撃がビリビリとした波となって広がっていく錯覚さっかく。それほどまでに二人の勢いはすさまじく、その一撃には重みがあった。


 そのあまりの迫力はくりょくに遠巻きに見ている者達はおろか、リア達ですらあっけにとられる中、魔戦科始まって以来の天才と呼ばれる少年と、生まれ持った天才である少年の戦いは激化げきかしていく。


 高速で打ち合わされる木剣、時に回避し反撃の一撃を狙うがそれも相手に看破かんぱされる。攻撃、防御、回避、反撃が目まぐるしく入れわり、到底とうてい十七の少年同士とは思えない戦いがり広げられる。


「セヤッ!」


 すきをついてケントのどうぎに来た木剣の一撃を逆手に持った同じ物で防御、空いた左腕でケントが放った掌底しょうていをオルフェスの右腕がはらう。


「!!」


 その瞬間、ケントのくちびつがかすか動いたのをオルフェスは見逃さない。すぐさま大地をって離脱りだつ


「〈衝槌ハンマー〉ッ!」


「〈円盾シールド〉ッ!」


 待機詠唱によって放たれた不可視ふかし衝撃波しょうげきはが光の盾にはじかれる。待機詠唱をもちいているとはいえ、双方ともすさまじい反射神経と魔法の発動速度。学生のいきをとうの昔にえている。この二人ならば上級生にも遅れはとるまい。


「〈鋭刃ブレード〉ォッ!」


 反撃にオルフェスが振るったのは木剣よりもはるかに長い光の刃。それを木剣に重ね、リーチを伸長しんちょうさせたのだ。刃、とはいってもランクCまでの出力ならば肉がれることはない。ただ細い力場は力を収束しゅうそくさせ、まともに当たれば打撲だぼくか骨折はまぬがれない。


 その光の刃に対し、あろうことかケントは避けようとせずに前に向かった。


「〈槍突スピア〉ッ!」


 光の刃をつかむかのようにばされた手の平から光の槍が突き出された。はげしい光の明滅めいめつ、物質化した魔力同士の衝突しょうとつによりしょうじるギィンという甲高かんだかい音、槍と刃がおたがいを相殺そうさつしてくだけ散る。はたから見ればケントが〈鋭刃ブレード〉を掌底しょうていで打ちこわしたかのように見えたかもしれない。


「ヌゥッ!」


 再び木剣同士の近距離戦へ。お互いの実力は拮抗きっこうしていたが、知らず二人の位置は最初の位置より横にれていく。


 それがケントの狙いであった。


 次元の違う天才同士の戦いに見入っていた落ちこぼれ二人は、はたと気付いて前を向いて自分達が倒すべき相手を見据みすえた。


 こうなることをあらかじめケントは想定そうていしていた。おそらく、オルフェスは他には一切目もくれずケントに攻撃を仕掛しかけてくるだろうと。そしてそれを迎撃げいげきするにはケント自身も本気を出さねばならない。それこそリアとマルティナを援護えんごする余裕よゆうなどないほどに。


 だからケントは、二人にたくした。


 この模擬戦の決着方法は魔法科の生徒の代表者一名に有効打が入ること。つまりケントとオルフェスの戦いの行方は直接的には勝敗に影響えいきょうしない。重要なのは相手の魔法科の生徒に有効打が入れられるかどうか。言ってしまえばケントとオルフェスどちらが勝利しようが関係なく、先に相手の魔法科の生徒に有効打を与えたほうが勝つのだ。


 ケントがオルフェスと戦っている間、オルフェスはリア達には手を出せない。そしてそれはケントも同じ。ならば――


 残っている二人同士の戦いが班としての勝敗を左右する!


「行くぞリア!」


「うん!勝つよ!ティナちゃん!!」


 お互いを鼓舞こぶするように声をかけあい、天才に魔法をかけられた落ちこぼれ二人が、、自分達を落ちこぼれと呼ばせないための戦いに向かっていった。

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