第四章

私に、できるかな(1/4)

「とりあえず昨日はみんなお疲れさーん。うん、流石さすがに事前に告知しておけば無事、どのはんも制限時間までえられたねん」


 演習試験の日から一夜明けて翌日よくじつ。いつもの教室でいつも通りの口調でフランツィスカが言う。


「ただ、結構ギリギリな班も多かったよねぇ。あれぐらいは楽々らくらくクリアしてもらわないと、今後の試験があやういぞ?」


 あれぐらい、その言葉には魔戦科の生徒一同苦笑しかない。今回の演習試験ではどの班も、フランツィスカの言う楽々クリアとはいかなかったのだ。魔戦科の成績一位であるケントにしてもそう、次点であるデモリス、オルフェスの班にしてもそうだ。


 もとより優等生の集まりである魔戦科の生徒達は個々の能力は皆申し分ない。だがそれゆえに、だからこそ他者との協調性きょうちょうせいとぼしい者が集まっているのもまた事実だ。優秀な者がそうでない者の気持ちを理解することは難しい。逆もまたしかりではあるが。


「それでその今後の試験だけど。まぁあれかな。次は前期中間試験。当然小隊で受けてもらうよん」


 二年の成績評価は小隊単位で行うとはすでに告知を受けている。そのことについてはもう誰もおどろかない。


「で、試験内容ね。もう今の内に言っちゃうよん」


 朝のどことなく弛緩しかんした空気がその一言で一気に引きまる。昨日の演習は生徒達に事前に準備することの大切さを知るきっかけともなっていた。


 まだ中間試験までは日にちがある。にも関わらず内容を告知するということは、それまでにしっかりと準備しておけということだ。それができなかった場合どうなるかは、一回目の小隊演習の結果が物語っていると言えよう。


「昨日のあれは、制限時間まで耐えるっていう目標があったけど、次はそれはなし。今までこのシファノス陸軍学校で学んだ知識をちゃんと会得えとくしているか。結果ではなく過程かていを重点的に見ていくよ。だから目標を達成できたかどうかはあまり重要じゃない。皆の全力を見せてほしい」


 つまり目標を達成できなかったとしても十分な能力があると判断されれば合格はできるということ。逆を言えば、例え目標を達成したとしてもそこに至るまでの過程が駄目なら合格ではないということだ。


 そして十分な間をとり、生徒達の関心を限界まで高めてからフランツィスカは言い放った。


「前期中間試験の内容は、ずばり、小隊単位での模擬戦もぎせんだッ!」


 その試験内容を耳にした生徒達の動揺どうようがさざ波のように教室中に広がった。


「三対三、ないし四対四のチーム戦。武器は木剣のみ使用可。魔法の補助具ほじょぐ等は要相談で使用できるのはランクCまで」


 魔法には様々な種類があるが、その魔法の種類と出力の組み合わせによってSABCDEの六段階までの危険度が規定きていされている。Eはほぼ無害であり、Dは当たり所によっては怪我けがをするレベル、Cならばしっかり防御しなければ怪我をしかねないレベルだ。主に暴徒鎮圧ぼうとちんあつもちいられる、対象を殺さないまでも行動不能にできるランクである。基本的に学校内での魔法使用はCランクが最高だ。それ以上のランクの魔法を教師の許可なく使用した場合は厳罰げんばつしょされる。


 もっとも、二年以下の生徒ならばCランク以上の魔法を使用できる者の方が少ない。なおケントはその少ない範疇はんちゅうの中に含まれる。昨日の試験中に土人形ゴーレムたたつぶした〈衝槌ハンマー〉はかなりギリギリだったがCランクの範疇といったところだ。Cランクの出力でも当て方によっては十分殺傷能力さっしょうのうりょくを持つ。つまりこの模擬戦は本当に危険で、油断ゆだんできないものとなるということだ。


「勝敗の決定は、魔法科の生徒の代表者一名に有効打が入ること、とします。有効打が入った時点で試合終了ね。つまり、魔戦科の皆さんは魔法科の生徒を守ることになるわけだねー」


 戦場においてもっとも重要な戦力である魔法師をいかにしてまもるか。結局のところ、土人形ゴーレムが他の生徒に変わっただけでやることそのものは昨日の試験と大差たいさない。


「魔法科の代表者以外の人は、大きなダメージを受けるか、降参こうさんしたら試合から離脱りだつ。そのへんはこっちが判断するよん。なるべく怪我をする前に止めるようにするけど、無理はせず怪我しないことを第一にね。当然、ランクCをえる魔法や、命に関わるような攻撃は禁止。使用しようとした時点で試合は終了、そして厳重げんじゅう注意。そこは実戦とは違うけど仕方ないにゃー」


 その他細々ほそぼそとした注意がフランツィスカから語られる。金的、突きや戦意を喪失そうしつした相手への攻撃は禁止など。だが生徒達の関心がすでに別のところへと向いていることは明らかだった。


 対戦相手はどの班か、だ。


「――って感じかにゃー。ということで各々おのおのしっかりと準備してくれたまえー。それじゃあ今日の座学ざがくはー……」


 と、わざとらしく、白々しらじらしく身をひるがえしたフランツィスカの背中に生徒一同の抗議こうぎの視線が突き刺さる。


「……冗談冗談。いくら先生が魅力的だからって、そんな熱い視線を向けちゃ駄目だゾ!」


 振り返りながらシナを作るフランツィスカ・シュタイン、二十八歳、独身だったが生徒達の熱さとは真逆の視線に耐えかねたのかゴホンと咳払せきばらい。


「対戦相手の班だけど、それは前と同じように決定しだい渡り廊下に張り出すよん。今は先生達で協議中。ま、いい感じになるようにするからさ、ちょっと待っててよ」


 そう言われれば生徒達もそれ以上そのことを言及げんきゅうすることはできない。できるのは誰と相対あいたいすることになるかを想像し、不安な眼差まなざしで周囲を見回すことぐらいか。人数が少ない魔戦科の生徒は全て別の班に割り振られている。よって、この教室にいる全ての生徒が対戦相手となりうる。


 中でも戦いたくない相手筆頭ひっとうであるケントは、向けられる忌避きひの視線の中に一つだけ、別種の感情の視線がふくまれていること気が付いた。


 いつもなら、他人の視線などまるで感じない。気にもめない。だが、小隊を組んで以後、常に他者を意識するようになったケントは自分も気が付かない内に他人の視線に敏感びんかんになっていた。敏感とは言っても、鈍感どんかんが普通になった程度ていどではあったが、それでもその強烈きょうれつな感情は感じずにはいられなかった。


 対抗心たいこうしん敵意てきい。それが誰から向けられているものなのかは、想像にかたくなかった。


 ケントの座っている席からもっとも離れた位置。廊下側ろうかがわの一番はしの席。そこから紅玉ルビーひとみがこちらをにらんでいた。まぎれもない闘志とうしの炎をその瞳の奥にらめかせながら。


 実際、ケントとオルフェスが対戦する可能性は高い。魔戦科でもっともケントと成績が拮抗きっこうしているのはオルフェスであるからだ。学力、運動能力、全てを合わせた成績ならば、ケントが一位。だがそれは本当に些細ささいな差でしかない。真正面からぶつかって、ケントがオルフェスに勝利できるかどうかは未知数だった。


 だからこそ彼は、オルフェスはそれを熱望している。他人からの評価ではなく、何のごまかしもない力比べでケントよりも自分が上だと証明したいのだ。


「――――!」


 そのオルフェスが、ケントと視線が合ったことで驚いた表情を浮かべた。今まで、それこそ成績が抜かれたその時からオルフェスはケントを敵視し、対抗心を燃やしてきた。憎々にくにくに視線を向けたのも一度や二度ではない。


 それが、今日、初めて。その視線にケントが気づいた。


 今まではまるでオルフェスの存在などまるで目に入っていないかのように、何を考えているか分からない感情のない顔をくずさなかったケントが。オルフェスの視線に気づき、あまつさえまゆひそめてにらみ返している。


 ケントの中でどのような変化があったのかは、オルフェスには知りようもない。ケントが普段常に魔法を待機ストックしていることもオルフェスは知らない。それゆえの無表情であることも。


 今この瞬間、ケントはいつものように魔法を二つ、待機ストックさせていた。にも関わらず、外に意識がしっかりと向いていた。それ故のこの気づき。それは紛れもなくケントの成長を示している。小隊演習を通じて、常に他人を意識するという訓練をたケントは確かに成長していた。


 だがそんなケントの成長など、オルフェスにはどうでもいいこと。彼にとって重要なのは、ケントが彼を意識したというその事実のみ。


 だからオルフェスは笑った。今まで傷つけられ続けてきた自尊心プライドが満たされたことによる笑み。


 かつて魔王と呼ばれ人間と大陸の覇権はけんを争った魔神族デモリス末裔まつえい相応ふさわしい、妖艶ようえんな笑みだった。


「あー……座学始めたいんだけど……いっすかね?」


 教室の端と端で睨み合う二人の言葉なき圧力に他の生徒達が困惑こんわくしている中、同じく困惑している魔戦科担任によってようやくその睨み合いは終わりを告げる。


「君らが戦うって一言も言ってないんだけどナー……」


 首をかしげつつ、なんとも言えない空気の中フランツィスカは授業を開始した。


 模擬戦の組み合わせは目下もっか、協議中、である。

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