僕の方こそ(4/4)

 今回ケントがリアとマルティナに伝えた作戦は、彼女らが二人がかりで一方から来る敵を迎撃げいげきするというものだ。逆に言えば、彼女らが見ていない範囲はんいの敵は全てケント一人でうというものでもある。


 そのことそのものは別段べつだん困難こんなんなことではない。ここで問題となるのは、ケントが彼女らを心配し過ぎるあまりそちらに意識を向けすぎてしまうことだ。そうなれば結局全方位をケントがカバーすることになる。そうなれば前回と何も変わらない。


 二人を信じること。ある程度ていどは二人にまかせることが必要だ。そうしなければ制限時間までえることはできない。


 彼女らは真剣だった。真剣にケントの言う通りに努力してくれた。その成果はきっとある。


「一体そっちに行った!たのむ!」


 だから何体かはあえて声をかけるにとどめ、自分は他の土人形ゴーレム迎撃げいげきに集中する。自分が全て何とかするのではなく、二人にまかせる。一人ではなく三人、小隊として演習試験にのぞむ。


 この演習は一人ではなく三人で受けているのだから。


「任してくれ!」


「分かりました!」


 ケントにこたえる二つの返答。その力強い声を背後に聞き、ケントは不思議な充足感じゅうそくかんに満たされた。


 思えば、ケントは誰かに頼るということを長い間してこなかった。頼れるのはおのれのみ。信じられるのは自身が努力した時間ただ一つ。ある意味、そのストイックさがケントをここまで成長させたとも言える。そしてそれそのものは何も間違ったことではない。


 ただ、一人だけでは得ることのできない強さもある、ということだ。


 今、この瞬間、ケントはそれに気付いた。


 苦しい時は誰かに頼ってもいい。そう思えるだけで、こんなにも身体からだが軽い――!


「リア!こいつをッ!」


 マルティナが一体をりつけてひるませた瞬間しゅんかん即座そくざに別の方向へ走る。三メイトル以内に別の土人形ゴーレムせまっていた。


「――〈槍突スピア〉ッ!!」


 リアが必死ひっし形相ぎょうそうで、可能な限りのスピードで呪文を詠唱えいしょう、光の槍でマルティナが止めた一体を突き飛ばす。


「ッ!?」


 そのすぐ側まで土人形ゴーレムの腕がせまっていた。マルティナは別の方向から来る一体をおさえている。


(間に合わない――!)


 時間の経過けいかにより稼働かどうする土人形ゴーレムの数が増えたことで、攻撃が苛烈かれつさを増し、マルティナとリアの処理能力しょりのうりょくえた。もはやマルティナは間に合わず、〈槍突スピア〉を詠唱えいしょうするひまもない。


 ――呪文の詠唱えいしょうもちいない待機詠唱なら、あるいは。


 咄嗟とっさの判断だった。リアは頭の中に〈衝槌ハンマー〉の起動式を思いえがいた。それは一度目の演習で、ケントに指示されたが発動しなかった魔法だ。


 一週間の訓練で確かに魔法の精度は上がった。だが、待機詠唱ができるようになったわけではない。


 リアが魔法を上手うまくコントロールできないのは、呪文をしっかりと精神で意識できていないからだ。だから発声による補助ほじょなしでは顕現けんげんすらしない。だからこそ精神に呪文をり込むために書き取りという地道な訓練をこの一週間黙々もくもくとこなした。そしてその成果は間違いなく出ている。


 やるしかない。


 自分の努力した時間を信じるのだ。それが無駄ではなかったと証明しょうめいするのだ。


 リアはにぎりしめたこぶしを振りかぶった。その拳についている黒鉛こくえんよごれが自分に力を与えてくれる。


「〈衝槌ハンマー〉ァアアッ!!」


 声を振りしぼり、リアは土人形ゴーレムなぐりつけるように拳を振るった。


 魔力から変換された衝撃波しょうげきはがその小さな拳からはなたれた。


 クンッ


 それは、あまりにも弱々よわよわしい一撃だった。土人形ゴーレムの胸を打ったのは、競技用きょうぎようのボールが当たった程度ていどの衝撃。突き飛ばすどころか、姿勢しせいくずすことすらできない。せいぜい一歩みとどまらせた程度ていど


 その踏みとどまった一歩が、明暗めいあんを分けた。


「〈衝槌ハンマー〉ッ!!」


 不可視の一撃が土人形ゴーレム脳天のうてんに振り下ろされた。


 純粋じゅんすいな衝撃に変換された魔力のかたまりすさまじい圧力あつりょくとなって土人形ゴーレムを押しつぶす。えない力場と大地にサンドイッチされた土人形ゴーレムが人型を維持いじできずに土片どへんをばらきぐしゃりとつぶれた。


 もはやただの土塊つちくれと化した土人形ゴーレムしに、拳を振り下ろした姿勢しせいのケントの姿をリアは見た。


 そして――


 パタン


 懐中時計かいちゅうどけいふたが閉じられる音。


「そこまで。演習終了です」


 その一言がひびいた瞬間、稼働かどうしていた土人形ゴーレムが全てぴたりと動きを止めた。


 そしてなぜか、ケントら十一班の面々めんめんも動きを止めた。演習は終わった。自分達は制限時間までえ抜いた。だが、どうにもそのことに現実感げんじつかんがなく、あらい呼吸のまま教師陣の次の言葉を待った。


「ふむ。リア・ティスカ。まだまだ魔法の精度は悪いですが、呪文の発音はずいぶんとよくなりましたね。ようやく、マギアスとしての最低ラインに立ったといったところでしょうか。ですが及第点きゅうだいてんというだけでよくはありません。今後も精進しょうじんを続けるように」


 アルバートは眼鏡めがねゆびで押し上げつつ、淡々たんたんと言った。だがその表情には少なくないおどろきが見受けられた。無理もない。今までのリアの実績からかんがみれば、今回の演習での彼女の活躍かつやく破格はかくだった。先の言葉も生徒にきびしいこの魔法科担任教師にしては最大級の賛辞さんじと言えよう。


 続いてこえてきたのは野太のぶと称賛しょうさんの声。


「一週間でここまで成長するとは思いませんでしたぞ!いやはや、天才というものは周囲にも影響えいきょうを与えるのですな!マルティナ・トレンメル!剣の振り方が変わりましたな!大変よろしい!基礎中きそちゅうの基礎、だからこそ重要なポイントですぞ!その調子で基礎をおこたらず、技術と体力をみがけば今後優秀な成績をおさめることができるでしょうな!学力は……これからに期待ですが」


 二人の教師から称賛しょうさんを受けて、ようやく落ちこぼれ二人に実感がいてくる。


 そして、最後にもう一人の教師からも言葉がかけられた。


「よくやったね。三人共。他学科合同小隊演習、二度目の試験。十一班は無事制限時間まで耐えきったので、もちろん合格だよん」


 フランツィスカのその言葉が浸透しんとうしていくと、二人の落ちこぼれの少女は、


「「やったあああああッ!!」」


 飛び上がって喜びを表した。極度きょくど緊張きんちょうと、今しがたの大立ち回りで体力も精神もっているだろうに、そんなことを微塵みじんも感じさせないほどに喜びを身体からだ全体で表現する。


 このシファノス陸軍学校に入学して以来、これほどまでに嬉しいことなど他になかった。いな、嬉しいと思えることすらほとんどなかったのだ。


 何をやってもうまくいかない。授業が進むにつれ、どんどん周りから置いて行かれる自分。下がり続けていく成績。ここに入学するべきではなかったと思ったことなどもはや数えきれないほどだ。それでも一度入学したからにはやるしかないと、ギリギリのところでなんとか持ちこたえてここまできた。


 もうどうすればいいか分からなかった。ずっと落第らくだいおびえていなければならないと思っていた。


 それが二年になってようやく、彼女らは。


 誰かにみとめられることの嬉しさを知った。


「やった!やったよぅ……!」


 目尻めじりに涙すら浮かべながら喜ぶリア。結果をみしめるようにガッツポーズするマルティナ。


 その二人を見て、ケントはふと自身のほほを手を当てた。


「―――――!」


 少しばかり上がった口角。


 それはまぎれもなく微笑びしょう。そして心全体に広がる温かな感情、喜び。


 試験に合格して、嬉しい。そんななんてことのない思いを自分が感じていることにケントは戸惑とまどった。


 長らく、合格して当たり前という状況にいた。そして自身も必ず合格できるという自信があった。だから試験に合格することは当然のことであり、それをした時に得られる感情は喜びよりも安堵あんどだった。


 しかし今は明確めいかくに、うれしい。自分が訓練した二人がちゃんと成長してくれたことが嬉しい。彼女らがこんなに喜んでくれているのが嬉しい。


 ――天才と呼ばれる自分と、落ちこぼれと呼ばれる二人の、この三人で試験を合格できたことが嬉しい。


「ケント君――!」


 感極かんきわまったリアが、うるんだひとみのままケントの胸に飛び込んだ。


「私……ケント君と同じ班になれなかったら、絶対合格なんてできなかった……。どう頑張ればいいかも分からなかったから……」


 頭一つ分以上低い位置からくぐもった声がする。胸に顔を押し付けられては、泣いているのか笑っているのかも分からない。


「僕は大したことはしてないよ。ただ、頑張り方を教えただけだ。頑張ったのはリアと、マルティナだよ」


 視線を向けると少しばかりあきれた様子のマルティナが首を横に振った。


「ケント。君がいたから私達は頑張れたんだ」


 顔をうずめていたリアが顔を上げた。若干じゃっかん赤くなった大きな瞳が、ケントを見上げていた。


「落ちこぼれの私を、見捨みすてないでくれた。どうすればいいか真剣しんけんに考えてくれた。それだけでも本当に嬉しいのに、私の訓練に付き合ってもくれた。ケント君が一緒にやってくれなかったら、私、途中とちゅうで投げ出してたかもしれない。だから、本当に、ありがとう……!」


 その言葉に、マルティナも強くうなづいた。


 ただ書き取りと素振すぶりに付き合っただけだ。それだけだ。けれど、それが、その姿勢しせいがどれほど彼女らをはげましたことだろう。


「――僕の方こそ。ありがとう」


 リアとマルティナには、その感謝の言葉にふくまれた本当の意味は分からなかった。


 彼女らが頑張ったから十一班は合格できた。それももちろんある。だが、それ以上に。


 一つの目標もくひょうに向かって、誰かと共に努力することの楽しさ。そして目標を達成できたときの達成感たっせいかんと喜び。リアとマルティナの二人がそれをケントに教えてくれた。


「あー……よろしいですかなお三方。次の演習の準備を始めねば」


 ゴドウィンに続いてアルバートもゴホンと咳払せきばらい。


「言っておきますが、この試験は合格して当たり前です。そのことを努々ゆめゆめ忘れぬよう。それと……」


 アルバートの言葉を、つばでもきそうな形相ぎょうそうの魔戦科教師が引きぐ。


「おうおうおう、こんな場所で堂々どうどうと抱き合うとはいい度胸どきょうだなオイ。そのままチューでもしようものなら大事な教え子を再起不能さいきふのうにしちまうかもしれなかったよ」


 悪鬼あっきごと双眸そうぼうにらまれて、リアはあっと声を上げるとそそくさとケントからはなれた。


 目線を合わそうとしないので、ケントの方からその表情はうかがいしれなかったが、今になって耳がれた林檎りんごのように色づいている。


「ケッ!ほら、次のはんの演習があるんだから解散かいさん!」


 そういえば、教師のみならず他の二年生達も周囲で見学していたことを思い出し、ケント自身も気恥きはずかしくなってリアと二人、逃げるようにその場を後にする。その後を追うマルティナは苦笑くしょうかくせない。


 しかしケントの感じたその気恥ずかしさは、ほとんどの生徒達にとってはさして意識にとまったことではなかった。


 たった一週間で落ちこぼれ二人のこの変わりよう。みな注目ちゅうもくしていたのはやはりそこだった。多くの生徒が十一班が無事制限時間まで耐えれるとは思っていなかったのだ。


 きっと。そう思う者がいるのも無理からぬことだろう。


「…………チッ!」


 そして、この演習で天才が失墜しっついすることをのぞんでいた者もその中にはいた。


 自分より下だと思っていた者の思いもよらぬ活躍かつやく嫉妬しっとする者もいた。


 誰かの成功を心から喜べる者が、実際どれほどいるだろう。ましてや相手が多少面識めんしきがある程度ていどの他人なら、なおのこと。喜び以上にねたみの方がまさるのはヒトとして自然なことなのかもしれない。


 足早あしばやっていく十一班の面々めんめん、その背中に向けられた悪意の視線にまだ彼女らは気付いていない。

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