僕の方こそ(2/4)

「ふんっ」


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした偉丈夫いじょうふが相当な重さがあるだろう土嚢どのうを二つ同時に両肩に乗せる。丸太のような暗緑色あんりょくしょくの上腕にはまだ余力よりょくがありそうで、その偉丈夫……普通科担任教師のゴドウィンは平然とした顔で指示をあおいだ。


「この二つはどこに置きますかな?」


「一つはあちらに。もう一つはそこから二メイトル後方に」


 指示を飛ばすのは眼鏡めがねのマギアス。魔法科担任のアルバート。彼の指示により多目的訓練場に一週間前と寸分すんぶんたがわぬ土嚢の小山がきずかれていく。演習開始時にはその小山一つ一つがアルバートの魔法によって土の人型となり生徒らを捕獲ほかくしようと立ち上がるのだ。


 武装を持たない土人形ゴーレム達に殺傷能力さっしょうのうりょくはほぼない。だが、その重量と炎に焼かれようが雷に打たれようが微動びどうだにしない頑強がんきょうさは敵兵の動きを阻害そがいし、時に捕獲ほかくすることに大いに役に立つ。動きこそ鈍重どんじゅうだが、のっぺりとして表情のない人型が徒党ととうを組んでせまる様は精神的な威圧感いあつかんともなう。もっとも、此度こたびの演習に土人形ゴーレムが動員されたのはその無害さによるところが大きい。その頑丈がんじょうさもあって、まさに訓練にうってつけの動く巻きわらというわけだ。


「さぁて、今回はどうなるかナー」


 と、まるで手伝う素振そぶりもなく演説台えんぜつだい腰掛こしかけてプラプラとあしらしているフランツィスカにアルバートはひたいに手を当てて嘆息たんそくする。


土人形ゴーレムの配置は前回とまったく同じ。さらに今回はちゃんと事前に試験日も発表してある。これで制限時間まで耐えられぬようでは少々問題でしょう。対策を考える時間はいくらでもあったはずです」


 流石さすがに教師陣も一週間で劇的に生徒達の能力が向上するなどとは思っていない。そのため今回の演習試験は能力以上に連携れんけいや立ち回りが物を言う内容になっている。二年生として最低限の能力を持っているならば、適切てきせつに仲間と連携をとり、土人形ゴーレムの性質を理解していれば余裕よゆうを持って耐えられる制限時間になっているのだ。一週間の準備期間をもうけたが、極論きょくろんを言えば対策など少し話し合って調べものをすればどうとでもなる要素ようそである。アルバートとしては演習の期日きじつはもっと早くでもよかったと思っているぐらいだ。


「……ただ、貴女あなたの期待しているあの天才、十一班はどうでしょうね。個々の能力が違い過ぎる。あれでまともな連携をとれというのは少々こくというものでしょう。ケント・バーレスには同情します」


「おやおや、アルバート先生が生徒の心配をするなんて意外だねぇ。落ちこぼれは早々に切り捨てちゃうあのアルバート先生が」


 面白いものを見るように目を丸くするフランツィスカに、アルバートはむっと眉根まゆねを寄せる。


「人を冷血漢れいけつかんのように言わないでいただきたい。切り捨てた、というのはリア・ティスカのことですか」


 次の指示をあおごうと視線を向けてきたゴドウィンを手で制し、魔法科の担任教師はフランツィスカに向き直った。


「リア・ティスカは、マギアスでありながら絶望的に魔法の才能がない。早々にあきらめた方があののためです。身のたけに合わないものを目指し続けるより、少しでも可能性のある別のものを目指した方がいい。そしてその見切りは早ければ早いほどいい。それだけあの娘の未来の選択肢が広がります」


「でもその選択肢にあの娘のなりたいものはない」


 ぷらぷらと動かしていたフランツィスカの脚が止まる。


「ま、あの娘が何を目指してここに来たのかは知らないけどねぇん。でもさ、私達がすべきなのはあの娘の未来を決めることじゃないんじゃない?」


「ですから私はその選択肢を増やそうと……」


「選択肢がせばまってでもここにい続けるのも、また選択の一つ、あの娘の選択でしょ?」


 普段の様子からは想像できないような、真摯しんしひとみがアルバートの視線と交錯こうさくした。


 どちらも生徒を思いやっているのは確か。考え方が少しだけ違うだけだ。


「もちろん成績が規定きていを下回れば退学はやむなし。でも、それまでは。なるべくそうならないように。私達は生徒のなりたい未来を応援おうえんしてあげるべきなんじゃないかな。それが教師というものでしょう」


「……そもそも大前提だいぜんていとして、私はリア・ティスカを切り捨てたつもりはありませんがね」


「何もしてあげないのは切り捨ててるのと一緒だよ」


「一人の生徒を贔屓ひいきするわけにはいかないでしょう!」


「まぁまぁお二人とも。これから試験演習ですぞ。それぐらいにしておいてはどうですかな」


 熱がこもり始めた二人の話にゴドウィンが割って入る。ここシファノス陸軍学校では頻繁ひんぱんに見られる構図こうず


 我にかえったアルバートはゴホンと咳払せきばらい。


「……ともかく今回の演習試験で十一班の成績がかんばしくない場合は、班替はんがえを考慮こうりょすべきです。リア・ティスカやマルティナ・トレンメルに引きずられて天才であるケント・バーレスの成績まで落ち込むようでは目も当てられない」


 何かに思いをせるように、フランツィスカは流れゆく空の雲に視線を向けた。


 あの雲の反対側がどうなっているのか、空でも飛べない限りは誰も知ることはできないだろう。逆側から見ればまた違った見え方をするのだろうか。確かなのは、それでも雲は雲、ということか。


「――本当の天才なら、そもそも誰かと協力することそのものができないだろうね。突出し過ぎた才能は、他人に理解されず他人を理解できないから」


 なら、そうではないのなら。


「さ、話はここまでですぞ!続きは仕事終わりにでも。お二人の教育論には私も興味があります!どうです、三人で仕事終わりに飲みにでも行きませんか?」


 ゴドウィンの提案ていあんにフランツィスカが意味ありげな視線をアルバートに送る。


「えー、でもアルバート先生お酒弱いしなー」


っぱらってぎ始めるような人には言われたくないですね」


「はぁ!?いつそんなことしたよ!」


「この間期末試験が終わった後に行った時ですよ」


「止めるの大変でしたぞ……」


 まるで覚えていないのか冷や汗を浮かべてフランツィスカはうなった。アルバートだけならともかくゴドウィンにも事実と言われれば否定もできない。


 なんだかんだ二年の担任教師三人は仲が良い。


「まったく、見苦しいものを見せないでほしいものです」


「ああ!?このナイスバディをつかまえて見苦しいとはなんだ!眼福がんぷくって言え!何ならいてみるかッ!?そんで責任とって結婚しろッ!!」


「誰が貴女あなたなんかと……」


「まあまあお二人とも落ち着いて……」


 試験を前にして緊張している生徒達とは裏腹うらはら騒々そうぞうしく教師達が準備を進めていく。


 ケント達十一班の今後はこの演習試験にかかっていた。

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