訓練を始めよう(4/4)
「さて、じゃあ今日から訓練を始めよう」
場所を移し、ここは校舎裏の
集まる前にケントとマルティナは運動着に着替え、それぞれ木剣を
「それじゃあリアは座って」
初心者向けの図が大きい魔法文字の教本、
「……見るからに勉強するぞって感じだな。私はこういうのは見るだけで頭が重くなる」
「うぅ……私、馬鹿だから教えててイライラするかもだけど……うん、頑張るよ」
気乗りしなかろうがやるしかない。決意を新たにリアは小さくガッツポーズ。
しかしケントはそれに
「別に今からやってもらうことは難しいことなんかじゃないよ。
紙を一枚、リアの前へ。自分で持ってこさせた鉛筆を
「アド」
「え?」
「続けて発声して」
言われるがまま、その魔法文字をリアも発声する。
「次に紙に書く」
紙の左上に魔法文字のアドを書く。
「発声してる時と書いてる時には頭にその文字の形を強くイメージすること。いいね?」
「う、うん」
リアが頷くを確認すると、ケントが教本をぺらりと
「バルト」
「ケント君、これって……」
幼い頃にやった文字の書き取りを想起したリアはおずおずとケントに声をかける。
「リアが魔法を上手く使えないのは、呪文をしっかりと精神で意識できてないからだ。だから魔法が不完全な形で
そう、意識できていないなら、意識できるまで精神に
「見て、声に出して、書く。その三段構えで魔法文字を頭に叩き込む。
そう言ってリアの横に肩掛け鞄を置く。上から
「これから一週間、リアはただこれだけをやってくれ。教本は貸すから僕が見ていない時もやってほしい。声が出しづらい場所ならそこは
茶化すわけでもなく、そう真剣に言うケントと今しがた一文字目が描き込まれた紙をリアは交互に
「……ほんとに、こんな簡単なことを続けるだけでいいのかなぁ」
その
「簡単じゃないよ。集中を維持することは疲れるし、書き続ければ鉛筆を持つ手も痛くなる。それでも続けるんだ」
どんなに簡単な行為でも、それを続けるということには多大な労力を
馬鹿正直に向き合う根気が必要とケントは言った。その言葉通り、一つのことにしか集中できない馬鹿の方が余計なことに気をとられずにすむ。本当にこれで成果が出るのかなどと自分の行為に
「ケント君もやったことあるの?」
自分もやったことがあるかのような物言いにリアが
「ここに入学する前だったけどね。ただ、親に紙を使い過ぎて怒られたから砂場に木の棒で書いてた」
ケントはやおら落ちていた小枝を拾うと地面にしゃがみ込み、砂地に文字を書き始める。
「ヴェム/イオ/エテ/デイ――〈
書いた文字がどこからともなく巻きあがったつむじ風にさらされて
「――こうやって魔法で文字を消して、そしたらまた新しく書く。これを魔法を教わってから毎日続けた。二、三年ぐらいかな。それでもここに入学するまでは待機詠唱できるかできないかぐらいだったから、多分僕はあまり魔法が得意じゃないんだと思う」
そんな、
「そんな僕でもできるようになったんだ。魔法的
天才の知られざる努力。それを知ったリアは、たいした努力もせずに自分は落ちこぼれだと、自分を見限っていたのが恥ずかしくなった。天才と呼ばれるケントが二、三年。ならばそうでない自分がそれ以下の努力で
「――分かった。
そう言ってリアは鉛筆を
しかし今回は、不思議と頑張れそうな気がしていた。それは実際にそれを
――大丈夫。君ならできる
教師にすら半ば
「バルト……ツェル……」
言われた通りに
「それじゃあ次はマルティナさんだ」
「よろしく
書き取りに集中しているリアから少し離れて、ケントとマルティナが向き合う。
さっそく訓練に入ろうとするケントをマルティナの手が制した。
「――だが、その前に」
「ん?どうしたの?」
「私達は同じ小隊だ。なのに、リアは呼び捨てで私はさん付けか?」
「あー、確かに。悪かったよマルティナ」
「うむ。分かればいいんだ、ケント」
「私の問題点はもう分かっている、と昨日言っていたな?
真剣な
「まず、マルティナは運動神経そのものは悪くない。多分、スタミナもちゃんと人並みはあるんじゃないかな」
「本当か?それならよかった。どうして成績が下がるのか分からなくて、筋トレをした
そういって
問題はその対策が成績低迷の解決に直結しなかったということだ。
「――筋トレをすることは
「?」
ケントの
「よし、じゃあまずそこで何度か
「分かった」
「――フッ!」
「うん。やっぱり。全然ダメだ」
「全然ダメって……素振りに良いも悪いもあるのか?」
「ある。やって見せるから見てて」
と、ケントも
「――ハッ!」
シュンッ
「……正直、私と何が違うのか分からないだが」
いまいち違いが分からなかったマルティナが
「剣を振るう時の
「……なる。しょっちゅうだ」
木剣を
「まずは素振りの型を
ケントはそう言うが、いまだマルティナは
「言いたい事は分かるが、
だからこそ今までそれをあまり
「そんなことはない。ただ正面から剣を振るう。この一動作の中に剣を
そう言い、ケントはまた正眼から木剣を一振り。
「足運びや重心移動は剣を扱う上での基本だ。正面から剣を振るう時にそれができていないのに、他の場面でそれができるわけないだろう?ここができて、ようやっと他に
「確かに……」
マルティナにしろリアにしろ、他の者より自分が
重要なのは、無理に周囲に合わせるのではなく、自分ができていない場所にまで立ち返ること。そうして基礎から土台を組み上げていくこと。それに気付けるかどうかだ。
「
一転、気持ちを切り替えてマルティナは木剣を構えた。もはやその
自分なりに努力して、
「もちろん。じゃさっそく……少し
言われた通りに体勢を
「ちょっと足を開きすぎかな……うーん……」
マルティナもそうだが、教えるケントもなかなか苦戦していた。そもそも彼自身も人に教えた経験がほぼないのだ。
隣で同じように木剣を
「っ!」
「少し
何となしに視線をやった先に、リザイド特有の
「……あまりそうは思えないかもしれないし、
「あ……ごめん」
「別に嫌というわけじゃないが、今後は一声かけてからにしてくれ」
何となくお互いに居心地が悪く、どちらともなく
「……よし、仕切り直そう。
体内の空気と共に、双方とも横に
それからマルティナはケントの
リアの呟く魔法文字の発声と二振りの木剣が空を裂く音がうららかな午後の
「よし、今日はここまでにしておこう」
ケントが少しばかり
しかし、隣で同じように木剣を振るっていたマルティナはそうはいかないらしく、息を切らしてその場に座り込んだ。テーブルでずっと書き取りをしていたリアも疲労感からテーブルに突っ
「う、腕が重い……」
「指が痛いし、右手が真っ黒だよぅ……」
二人が
「
地面に座り込んだマルティナがやおら運動着の
「ふー……」
運動着よりも
筋トレをしていた、と言っていたのは事実のようで
「……ケントくぅん?どこ見てるのかなぁ?」
背後から
同時、マルティナもあっと小さく声を上げて胸元を両手で隠した。
「これは、その、リザイドは体温調節が苦手なんだ……。だから、熱いと薄着にならないと駄目で……」
実際にこれだけ運動をしていながらマルティナはほとんど汗をかいていない。これは彼女個人の体質なのではなく、リザイドという人種の
もっとも、マルティナの
「見苦しいものを見せてしまったな……すまない」
「いや、見苦しいだなんて、そんなことは、とにかくごめん!」
「――マルティナちゃんって結構おっぱいあるよね。少しでいいから分けて欲しいなぁ……」
と、悲しいほどまっ平らな自身の胸に視線を落すリアにケントは、
「そんなこと僕に言わないでくれ……」
と、
少しばかり時間をとり、マルティナが元の運動着を着こんでから二人に向かってケントは語り掛ける。
「今日やったことは、僕が見ていない時でも時間が
横に並んだ二人が頷くのを確認してケントも頷く。
「二人が僕の言うことを信じて、本当に真剣に取り組んでくれたのなら一週間だけでも効果はあるはずだ。だから、
リアも、マルティナも。もうどうすれば
自分自身に期待できなくなってしまっていた。
だけど、だからこそ。自分自身ではなく、他の誰かが期待してくれるというのならば。
「正直、自分じゃもうどうすればいいか分からない。だから、全て君に
「私も!」
そう言う二人の落ちこぼれの少女に天才と呼ばれる少年は首を振る。
「僕は頑張り方を教えるだけ、頑張るのは君たちだ。君たちは君たちで自分を変えるんだ」
結局、教えた練習をちゃんとするかどうかも彼女たち
「それじゃあ今日はここまで。明日の
「うん!頑張る!」
「ああ!次の小隊演習で他の
それから次の小隊演習の日まで、三人は毎日この場所に集まって
それ以外の時間も、リアとマルティナは可能な限り書き取りと素振りを行った。リアの右手はいつも
書き取りに付き合ってくれる日はケントもリアと同じく右手を真っ黒にしてくれた。
素振りに付き合ってくれる日はケントも共に汗を流してくれた。
それらを無表情で、何の
だからこそ、一人じゃなかったから、頑張れた。
そして時間は、矢のように過ぎていった。
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