interlude 陽葵side


 昼休みになると、みんな一斉に動き出す。

 購買部へ行く人、お弁当を片手に教室を出ていく人、楽しく談笑する人。

 いろんな人がいるけれど、

 私は今日も、教室の窓際の席で親友の梨沙りさと他愛もない話をしながらお昼を過ごしていた。


 机をくっつけて向かいに座る梨沙は、ふと私のお弁当箱を覗き込むと声のトーンを上げた。


「あ、このタコさんウインナーかわいいね」

「うん、早起きしたから作ってみたの。一個食べる?」

「えっ、いいの! ありがとぉ〜」


 言って、梨沙は私のお弁当箱から一匹のタコさんウインナーをつまんで、

 ぱくっと口に運ぶ。

 すると、ほっぺが落ちそうとばかりに頬を押さえて幸せそうな表情を浮かべた。


 向かいでポニーテールがご機嫌に揺れる。

 どうやらお口に合ったみたいだ。

 まぁ私は焼いただけなんだけど。さすがシャウエ◯セン。


 思わず梨沙の可愛らしい笑顔を見ながら頬をゆるめていた、

 そんなとき——。


 ふと、耳に付く喧騒けんそうが聞こえた。

 昼休みなのだから騒がしいのは当たり前。

 けれど、そこに違和感を感じたのは、それが普段とは違いひそめるような声だったからだ。

 ひそひそと、まるで他人に聞かれたくない話をしているかのような声がそこかしこで聞こえる。

 その異質な雰囲気が気になって、私は向かいの梨沙へと向き直った。


「ねぇ梨沙、なんか今日にぎやかじゃない?」

「えっ、あぁ……そうだね」


 問えば、梨沙は視線を虚空こくう彷徨さまよわせながら曖昧あいまいに頷いた。


 その微妙な態度を怪訝けげんに思って、小首をかしげていると、

 不意に教室の戸口からパタパタとせわしない足音が聞こえてくる。


 見れば、ショートカットに小麦色こむぎいろに焼けた健康的な肌が印象的な女の子、

 ——クラスメイトの藤原あかりさんがこちらにやってきた。

 藤原さんはいつも元気で天真てんしん爛漫らんまんな女の子だ。

 今日も元気いっぱいに声を掛けてくる。


「やっほー、陽葵ひまりちゃんっ! 梨沙っちもっ!」


 元気はつらつな挨拶を受けて私と梨沙は微笑みで返す。

 藤原さんはどんな人にでも分けへだてなく接してくれるいい子。

 顔を合わせればいつも声を掛けてくれた。

 今日の彼女は普段より一層楽しげだ。

 と、藤原さんはいきなりずいっと私に顔を近づけると、

 耳打ちするようにぽしょぽしょと話し出す。


「ねぇねぇ、陽葵ちゃんはもう聞いた? あのウワサっ!」

「うわさ?」


 オウム返しに問いながら、私はふと、周囲から聞こえてくる喧騒と同じ種類の声だということに気付いた。

 おそらくはこの噂とやらがこの異質な雰囲気を作り出しているのだろう。

 どんな話なんだろう、と耳をかたむけると、向かいに座る梨沙がぴくりと跳ねる。


「ちょっと灯、その話は——」

「そうそうっ!」


 一瞬、梨沙が藤原さんに何か言ったようだけど、藤原さんの声に遮られてよく聞こえなかった。


「うちのクラスの碓氷くんが一年の雨瀬さんと付き合ってるってウワサ!」

「ゑ……………………」




 いま、なんて言ったの……?

 いつきが付き合ってる? 誰と? 一年の雨瀬さん?

 そんなわけ……。


「しかも今日の朝、仲睦なかむつまじく手を繋いで一緒に学校来たみたいなんだよぉー! 碓氷くんって勉強ばっかしてるイメージだったけど、案外やるんだねー」


 さらに追い討ちをかけるかのような情報。

 私は完全に思考を停止させてしまう。

 頭がぼーっとしてきた。


「あれ、陽葵ちゃん? どうかした?」


 と、藤原さんの心配するような声に意識が引き戻された。

 私はできる限り平静をよそおって口を開く。


「全然これっぽっちもまったく動揺なんかしてないけど、なにかな?」

「え、どしたの、陽葵ちゃん……」

「な、なんでもないわ……」


 ええ、なんでもない。

 一度深呼吸をして落ち着こう。

 すー、はー……。

 そう、別に取り乱すようなことでもないわ。

 大体、そんなはずはないんだから。

 いや、そんなはずがあったとしてもなんで私が動揺する必要があるの?

 んんっー、とにかく碓氷アイツにくたらしい……。

 どうして私がこんな思いをしなければならないのよ。


 と、思わず周囲を忘れてぐぬぬ、と唸ってしまっていることに気付いて顔を上げると、

 梨沙が藤原さんをさとすようにして言う。


あかり、本人たちがいないところでそういう噂を広げるのはよくないと思うよ」

「えー、でも青春って感じしない? いいなー、あかりも恋愛したいんだよぉー」

「話を逸らさない。噂される側の気持ちも考えなよ」

「うー、ごめんなさい……」


 しかられた子供のようにがくりを肩を落とす藤原さんを梨沙がよしよしと撫でる。

 すると、藤原さんはたちまち元気を取り戻してエネルギッシュな笑顔を浮かべた。

 その様子はさながら尻尾を振る子犬のようだ。

 手懐けてるなぁ……。


 しばらくして、元気百倍になった藤原さんはパトロールなんて言いながら教室を去っていった。

 それを見届けて、梨沙は私に向き直ると優しい眼差しを向けてくる。


陽葵ひまり、あんまり気にしない方がいいよ。ただの噂だし」

「え、なにが? そ、そそ、そんなのぜんぜんぜん気にしてにゃいけひょっ——!」

「やっぱりめっちゃ動揺してる!?」

「……別に、動揺なんてしてないよ」


 言うと、梨沙は小さなため息を吐きながらふっと微笑んだ。


「もう、陽葵わかりやすすぎ。素直じゃないなぁ……」

「…………」


 つい、ふいっと膨れっ面を逸らしてしまう。

 そんな私の頭を梨沙はよしよしと撫でた。


「心配しなくても大丈夫だよ。こんなのただの噂だから」


 知ったような口ぶりに、私は横目で梨沙を見つめる。


「……なんでわかるの?」

「だって、二人とも素直じゃないんだもん」


 答えになってない返答に私が小首を傾げると、

 梨沙は誤魔化すように笑った——。

 

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