05『ちなみに白でした』
しばらく作業を続けていると、ふと隣でんっーと唸りながら精一杯背伸びをしている女が視界の端に映り込む。見れば、水篠が
どうやら背丈的に届かない位置に目当ての本があるのだろう。
たしかにここの本棚高いしな。
隣でぴょんぴょん跳ねている水篠から視線を外し、本棚を見上げながら俺はひょいとその本を取ってやる。
「これでいいのか?」
「……うん」
取った本を差し出しながら聞くと、水篠はふいっと顔を逸らしながら不機嫌そうに頷いた。
「まぁあれだ、高いところにあるのは俺がやる。そっちのが効率いいし」
言って、返事を聞かず高い位置の本を回収していく。
が、最上段に並ぶ本を取ろうとしたとき、さすがに俺でも届かないことを悟った。
すると、背後からその様子を見ていたのだろうか。
水篠がぷっと吹き出す。
「ぷぷっ、格好付けたくせにアンタだって届いてないじゃない」
「別にカッコつけてないし。なに、カッコ良かった?」
「そ、そんなわけないでしょっ!? バカじゃないのっ!」
「いや冗談だし、そんな怒んなくても……」
「うっさい! 昔は私より小さかったくせに」
ちょっとからかったつもりがものすごい勢いでカウンターを受けました。
そんな顔真っ赤にせんでも……。
そこまでぷんすかキレられたら言い返す気にもならなかった。
はぁと息を吐いてカウンターをかわし、俺は図書室内をぐるりと見渡した。
「……
うちの学校の図書室は書物が多く本棚が高いのでそこらに脚立が置いてあったりする。
が、探してみてもどこにも見当たらなかった。
もしかしたら清掃のため、どこかに移動させてしまったのだろうか。
図書委員にどこに置いたのか聞きに行こうとしたところで、ふと思い出す。
あ、そういや書庫にあったような……いやあるに違いない!
ていうか書庫行きたいッ! 書庫ッ!!
ちょっと書庫行ってくるッ!!!
絶対的に書庫まで取りに行く必要はないと分かっていながらも、あの部屋に入る口実ができたっと意気揚々に図書委員から鍵をひったくって(ちゃんと借りた)図書室を出た。
ウキウキで書庫まで行って、脚立を抱えながらルンルンで図書室まで帰ってきた。
そしてそれを
「結構不安定だな」
耐久を確かめるように、足を乗せて揺らしているとふいにバランスを崩しそうになる。
あっぶねぇ……。
これ、もしかしなくても壊れてるよな。
まぁでもちょっとくらいなら大丈夫そうだし。
「水篠、ちょっと支えててくれ」
後ろに振り返って言うと、水篠ははぁと小さくため息を吐く。
そして一歩前に出てくると、俺を軽く押し退けて脚立の前に立った。
「私が乗ったほうがいいでしょ? アンタは支えてて」
「いや、危ねぇから俺がやるよ」
「いいから支えてて。私よりアンタの方が力あるんだし」
そう言った水篠はどこか懐かしむような表情だった。
今はもう変わってしまった背丈。環境、そして関係性——。
遠くを見つめるようなその顔を俺はまともに見ることができなくて、知らず目を逸らしてしまった。
ふと変な空気になったのを察したのか、水篠が少し声のトーンを上げる。
「とにかく大丈夫だから、アンタは揺れないようにちゃんと支えてて」
「ああ、わかった」
まぁ軽い水篠が乗って、コイツよりは筋力のある俺が支えるのが妥当か。
納得し頷いて、俺は脚立を揺れないよう押さえ込むように支える。
すると、水篠が確認するように脚立の一段目に足を乗せ、その調子で慎重に三段目まで上がった。
そのまま少し
「おい、気をつけ——」
あ…………。
ふと顔を上げれば、フリフリと揺れるスカートの裾が目線よりも上にあって、スカートとは違う生地の布が視界に入り込む。
「わかってる…………って、どこ見てんのよっ!?」
「あ、いや、すまんっ、わざとじゃ」
「うっさいっ! 最低! キモい! 死ね——!」
あたふたと事故であることを説明しようとする俺に
水篠は耳や首筋まで真っ赤に染めて、目を釣り上げ、俺の顔をグイグイ押してきた。
ギシギシガタガタ脚立の
「おい、ばか暴れるなっ、落ちるぞ」
「バカはそっち! 変態! 痴漢! こっち見んなあああ————あっ」
するっと足を滑らせて。
バランスを崩した水篠が脚立から落下する——。
「なっ、陽葵ッ——」
俺は
ガシャーンだの、ドサッだの派手な音を鳴らして背中に強い衝撃を受けながらも、幸い図書室の床が
そんなことより、俺はすぐさま胸に抱き留めた水篠に意識を向けた。
「だ、大丈夫かっ、怪我は——!?」
「…………な、ない」
小さな小さな、ともすれば聞き取れないほどに小さな声が聞こえた。
俺の胸に頭を預けるその表情は窺い知れないが、どうやら無事だったらしい。
「……そうか」
ほっと安心した途端、急に全身の力が抜ける。
ふと、俺が胸を撫で下ろしていると、俺の上で水篠が顔を上げてこちらを覗き込んできた。
ドクリッ、と。
目が合った瞬間、心臓が大きく飛び跳ねる。
気付けば体が重なった状態で、水篠に馬乗りにされていた。
吐息が届くほどに近いその顔は真っ赤に染まり、濡れた大きな瞳が俺を見つめて
艶やかな黒髪が首筋からはらりと流れると、シャンプーのいい香りが広がった。
「あ、あの……」
ふいにか細い声が聞こえたのと同時に水篠が身を捩る。
俺に寄りかかるようにした体は驚くほどに柔らかく、十年前にはなかった豊かな胸が密着しつぶれたとき、俺は意識が遠のきそうなほどに熱が上がったのを自覚した。
や、やばい、理性を……。こういうときは素数を数えるんだっけ、いやお経を唱えるのか……?
どうにかして
「……さっき、
「えっ……あ、いや。お、覚えてねぇよ……」
おそらく真っ赤になっているであろう顔をまじまじ見つめられるのが恥ずかしくて、
俺はつい視線を逸らしてはぐらかす。
すると、ギュッと脇腹をつねられた。
「いってぇっ」
「……ばか」
そのヒリヒリする痛みで少し冷静を取り戻して、じろっと水篠へ視線を向けたとき——。
ぱたぱたと駆け寄ってくる足音に気付いた。
「す、すごい音したけど大丈夫っ!? って、あわわっ!」
本棚の間から顔を覗かせた図書委員の女子生徒が目を丸くして口元をあわあわさせた。
そして見つめ合うことしばし。
俺たちが誤解を解くより先になにかを察した図書委員がスタタタタっと駆け出した。
「お、お邪魔してすみませぇえええええん!!!」
「ちょ、誤解だッ!」
「か、勘違いですからっ——!!」
それぞれの叫び声が重なった時、下校時間を報せるチャイムが校舎に鳴り響いた。
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