03『成績上位者の低脳心理戦』


 SHRショートホームルームが終わると、皆めいめいに教室を去っていく。

 この後は、それぞれ部活があったり、バイトがあったり、あるいは夕方のアニメタイムを楽しみにして帰宅するヤツだっているだろう。

 放課後は自由だ。フリーダムだ。皆がみな思うように行動する。

 というわけで俺も早めに帰って勉強でもしよう、と意気揚々に帰りの支度をしていたときだった。


「あ、そうそう。碓氷と水篠さんまだ残ってるー? 体育の剛力ごうりき先生が職員室まで来るようにって言ってたぞー」


 なんて、担任の中山先生が思い出したように言った。


 そう、俺たちは朝の遅刻と例のパン事件の罰として放課後の雑用を命じられているのである。

 なんで思い出しちゃうんだよ……。嫌だあああ、行きたくないよおおおおおッ——!


 しかし、ここでバックれて余計怒られるのも面倒だし、何より内申に響いたら会長計画に多大な支障が出る恐れがあるので、ここは大人しく従っておくことにした。


 それは、学校では優等生を装っている水篠も同じだったようで。

 俺たち二人は別行動ながらもしぶしぶ職員室を訪れた。


「失礼します」


 がらっ、と水篠が職員室の戸を引いて凛とした佇まいで入っていく。

 俺もそれに続いて、ふいっと会釈えしゃくしながら足を踏み入れた。

 するとそこは、しんっと緊張感にも似た静けさが張り詰めている。

 まだSHRが終わったばかりで教員が少ないからだろうか。


 思わず、俺は固くなった背筋を伸ばした。

 はぁ、なんか職員室って妙に緊張するんだよなぁ。

 まぁ俺が職員室に呼ばれるときなんて往々にして何かやらかした時だ。

 いつの間にか嫌なイメージが染み付いているのかもしれない。


「おお、こっちだ」


 ふと、職員室を見渡してゴリラさんを探していると、野太い声が聞こえた。

 そちらを見やれば、お馴染みの赤ジャージを着た体育教師の剛力が太く毛深い腕を挙げて手招きしている。

 招きゴリラは流行らないよなぁ……。

 なんて適当なことを考えながら先生のデスクまで行けば。

 剛力はうんうん頷きながらチクッとした視線を向けてくる。


「ちゃんと来たようだな、碓氷。もし逃げるようなら中庭に吊るしてやろうかと考えてたんだが」

「……なんで俺だけに言うんですか」


 目の前に指導対象が二人いながら、名指しで明らかに俺の目を見て言った剛力についげんなりした声を漏らしてしまう。これが女子じょし贔屓びいきってやつなんですかね。


 ていうか、逃げた場合の罰が鬼畜すぎる……。

 晒し首じゃねぇか。

 ちゃんと来てよかったぁ。


 ふぅ、と胸を撫で下ろしていると、剛力は呆れたように言う。


「お前の普段からの生活態度が悪いからだろ。ちょっとは水篠を見習ったらどうなんだ」

「はぁ、すいません……」


 朝、散々言われたことをまた繰り返されて反射的に謝ってしまった。


 いやしかし、生活態度が悪い悪い言われるが具体的にどのことを言っているのかわからない。

 授業中は静かにしているし、ノートもちゃんと取ってる。

 成績は学年一位で、今日で途切れはしたものの遅刻欠席もない。

 どう考えてもスーパー優等生じゃないか。


 まぁでも強いて言うなら、授業中にちょっと居眠りしちゃってたり、生徒会長になるために賄賂わいろ作戦を考えてしまったりはある。だって、人間だもの!


「おい、開き直った顔するな。授業中まともに起きてたことないし、言葉遣いだって悪い。たびたび問題を起こすし、お前は立派な問題児なんだよ」

「な、なにッ……そんな、馬鹿な……ッ!?」

「はぁ……その癖して成績だけはいいのがしゃくなんだよなぁ」


 いつの間にか説教タイムが始まっていた。

 生徒指導の担当を受け持つ剛力の『問題児』発言に並々ならぬショックを受けつつも項垂れながら話を聞いていると、ふと視界の端でぷるぷる揺れる何かに気付いて横目で覗き見る。

 と、そこにはニヤァっと憎たらしい笑みを浮かべる優等生さまがいた。

 ちょっと? コレのどこを見習え、と……?

 くっそ、腹立つなコイツ。


 ぐぬぬ、と水篠を睨み付けていると、不意にチャイムが鳴り響く。

 つられて時計を見れば十六時を報せてくれていた。

 それを合図に、剛力は思い出したように本題に触れる。


「そうそう、罰だが……まぁそうだな、グラウンド三十週で許してやろう」

「えっ……ざ、雑用ってことじゃ……」


 剛力が手でおっさん特有の三を示しながら言うと、それに反応したのは水篠だった。

 憎たらしい笑顔が一転、わなわな震えながら目を見開いている。

 あぁー、コイツ運動苦手だったもんなー……ガハハ。


 俺はマジメ腐った顔を作って、重々しく口を開いた。


「そうっすね。走って頭冷やしてきます」

「ちょ、碓氷ッ!? ぐっ、んぬぬぬぬっ——」


 思わずニヤァという笑みが溢れ出てしまう。

 水篠は剛力の前だからか口をつぐみながらも、胸ぐらを掴むくらいの勢いで睨んできた。

 ガハハハハ、優等生の皮を被った今のお前に何ができるというのだァ?


 しかし、俺が優越感に浸っていると剛力がいくらか残念な顔をした。


「——と、思ってたんだがな。実はちょうど図書委員の生徒が数名風邪を引いたらしくてな、お前らには図書室の掃除を手伝ってやってほしいんだ」


 え、つまり校庭三十週はナシと……?

 なんだよ、と眉をひそめながらちらと隣を見れば水篠が安堵の息を漏らしていた。

 まぁいいんだけどさ。そっちのが楽そうだし……。


「はぁ、わかりました」

「一応、図書委員顧問の飯田先生には話を通しておいたから、後は図書委員の指示に従って手伝ってやってくれ」


 つまり俺たちに与えられた罰は図書室の清掃だ。

 まぁゴリラ先生の顔面に食パンをクリティカルヒットさせてこれくらいで済むのなら、案外運がいいのかもしれない。

 それに、ランニングを免れた水篠がやけに張り切っているし、この分ならすぐに終わりそうだ。


 俺たちは職員室を後にして、特別棟三階の図書室へと向かった。


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