02『ツンデレ男子はチョロい?』
まったく酷い目に遭った……。
あの事件の後、俺と水篠は生徒指導室でみっちり説教された。
一限の終わりを告げるチャイムが鳴ったところでようやく解放されたのはいいものの、それでもまだ足りないからと罰として放課後に雑用までさせられるハメとなったのである。
「はぁ…………」
生徒指導室から教室へと向かう廊下。
俺はつい深い深いため息をこぼしてしまった。
まずい、実にまずいぞ……。
遅刻した挙句、先生を怒らせて説教され、さらに罰まで与えられてしまった。
そんな失態、
あぁ、これ絶対
思わずがくりと肩を落としてしまう。
まさか俺の完璧な会長計画にこんな
ここでいう弊害とは、言うまでもなくコイツ——
コイツと再会してからというものの、なにかと計画にズレが生じてきているのだ。
くそぉ、それもこれも全部……とまでは言わないまでも、大体コイツのせいだ!
俺は数歩前を歩く水篠を
しかし、視線の先の水篠はいつもと様子が違っていて、背を丸め心なしかシュンと落ち込んでいるようだった。
なんだ珍しい……。張り合いのないその小さな背中を不思議に思って見ていると、ふとブツブツと念仏のような呟き声が聞こえてきた。
「教師からも評判のいい優等生で通ってたはずの私のイメージがぁ……。おのれ
こわっ!? 怖いから!!
まじで身の回りになんか起きそうだから呪うのやめてくんない?
ていうか、優等生は「おのれ」とか言わねぇんだよ……。
「…………」
人生で初めて
ここに来るまで一度も言葉を交わすことはなく、なんなら顔すら合わさない。
そこにかつての面影はなく、俺は知らずうちになんと呼べばいいかもわからない感情を飲み込んだ。
そして前を歩いていた水篠から視線を外し、アイツとは違う入り口から教室へ入る。
俺の席は扉側の最後尾。教室の隅。
人通りが多く、その度に集中力を削がれる最悪の席である。
俺は荷物を下ろし、椅子を引く。と、そのタイミングを見計ったように声を掛けられた。
「おーっす、樹。二人仲良く遅刻かぁー?」
「…………仲良くねぇえつの」
からかうような声音をじとっと睨みながら、ぶっきらぼうに返してやる。
するとそんな俺の様子に苦笑いを浮かべたのは
俺の唯一といっていい友人だ。
一年の時、同じクラスになったのがきっかけでつるむようになったソイツは肩を
「また喧嘩か? 懲りないよなぁお前ら」
「喧嘩じゃねぇよ。敵対だ」
「うわぁ、めんどくせぇ……」
言って、誠志郎はヤダヤダとばかりに顔の前で小さく手を振った。
ハイハイ、そんなめんどくさい奴に付き合ってくれていつもアリガトネ?
目を腐らせながらジト目を向けていると、誠志郎はおもむろに足を組んで問うてくる。
「大体、なんでお前らそんな仲悪いの?」
「なんでって、そりゃ……」
なんで俺たちがいがみ合っているかなんて、そんなの決まってる。
十年前。アイツから拒絶してきたんだ。
そして、黙って俺の前から消えた——。
あの頃の俺にとってはとてつもなくショックな出来事で、その悲しみはずっと消えなかった。
そして、ようやく傷が癒えたってところでまたアイツと再会してしまったんだ。
あの時からなにも変わらない水篠陽葵、と。
だが、そんな子供の頃の話をわざわざ誠志郎にするのもアレなので、適当に濁すことにした。
「……アイツが最悪だからだよ」
「ほーん、最悪ねぇ」
呟きながら、誠志郎は俺に見透かすような居心地の悪い視線を向けてくる。
それについ身を捩っていると、ふとその視線が別の方向へ逸らされた。
その不自然な視線の動きにつられて俺も同じ方向を見やる。
と、その先で友人に
思わず半眼になっていると、誠志郎が
「水篠さんって美人で頭も良くて、それに人当たりもいいし。いつも樹が言ってるみたいな感じには見えないんだけどなぁ」
「ばっか、あんなもん上っ面に決まってんだろ。俺の前だと鬼みたいな顔してんだぞ」
水篠はクラスだといつも猫を被っている。
誠志郎が言うように、美人で成績優秀、品行方正。
アイツはそれらを装っているのだ。
他の奴らは騙せても俺の目は騙されないぜ?
ていうか、俺の前だと品行方正もクソもねぇんだよなぁ……。
思わず小さなため息を吐いていると、ふいに誠志郎がニッと
「でもそれって樹にしか見せない一面ってことだろ? 自慢にしか聞こえないんですけど」
「なんだよそれ……」
「だから、つまりはツンデレってことだ。『大好きなアイツの前では素直になれないワタシ』的な! 案外お前も気があったりして」
「なっ……!? ば、ばか野郎、べべ、別に、そそそそんなんじゃねえし——!」
「あぁ……ツンデレはお前の方だったか……」
「おい、変な属性付けるのやめろっ!」
けたけた腹を抱える誠志郎を思いっきり睨み付けたのち、ふいっと顔を逸らす。
くっそ、笑いすぎだろコイツ……。
「わるいわるい、お前の反応が面白くてつい、な」
そう言って、目じりに溜まった涙を拭いながら誠志郎は一冊のノートを俺の頭に乗せてきた。
見ればそれは今日の一限の科目である英語のノートだ。
つまりこれで機嫌を直してくれということなのだろう。
前を見ればすでに板書は消されている。
授業の内容的には別に聞いていなくても問題ないが、月末にあるノート提出を考えると実にありがたい。
ふむ、そういうことなら今までの無礼を許そうじゃないか(チョロい)。
俺は無言でそのノートを受け取ると代わりにジト目を向けて口を開く。
「勘違いするなよ。あんなヤツのことなんか全然これっぽっちも気になんかしてないんだからな」
「その発言がもうモロなんだよなぁ……」
そんな呆れたような誠志郎の声を遮るように、二限目の始まりを報せる
それを合図に教室内の
ふと、何気に自分の席からは対角の窓際最前列に座る女を見やれば。
ソイツは次の授業の準備をしている最中だった。
こうして十分な距離を挟んで見る水篠は誠志郎が言うように、否。俺以外の人間の認識通りに美人でお
しかし俺の前ではただただ嫌なヤツ。
誠志郎はツンデレだの素直になれないだけだのとからかってくるが。
思わず俺は小さなため息を漏らした。
「そんなわけないんだよなぁ……」
俺がアイツを好きだとか——。
アイツが俺を好きだとか——。
そんなことがあるはずないと再認識して、俺は二限の準備を始めた。
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