内包と外延

 どうやら彼がやった事は銃で警官を撃ったのではなく、銃の持ち手を使って警官を殴り倒して気絶させた、ということのようだった。

 彼の手に握られている銃から弾倉が抜け落ち、地面に落ちる。


「こいつ、自殺するときに2発弾丸をいれとくタイプだったみてーだな」

「……は?」

「タマ無しのくせに、自殺するタマはあったって話だ」


 ケラケラとニラが笑う。

 ちょっと、何言ってるかわかんないです。そう鈴花がツッコミを入れようとしたその時、ひょこりと黒いベールの女が顔を出す。


「やれ、宇宙(うちゅう)」

「宇宙?」

「そいつの名だ」


 宇宙。そう呼ばれた女は殴られて気絶する警官に近づくと、床まである長いベールの裾の中に警官をずるりと飲み込んだ。


「……!!??」


 ひとり、またひとり。

 宇宙のベールの中に警官がひとりずつ飲み込まれてゆき、やがてその場にはパトカーだけが残された。


「乗りなさい」


 リリーがパトカーのひとつの扉を開け、鈴花を手招きする。


「なぜ?」

「式の途中なんでしょう、送るわ」

「えっ」


 リリーが運転席に乗り込み、シートベルトをつける。鈴花は戸惑っていた。


「でも、わたしは」


 ぴたり、とリリーの瞳が鈴花をとらえる。

 氷のようで、夜のようで。どこか悲しげで、光のような瞳。自分と同じ顔をしたその少女の好意を、鈴花は受け入れることに決めると、黙って助手席に座り、自らもシートベルトをしめた。


 フロントガラスの向こうで、他の全てのパトカーを飲み込み終えた宇宙が、慌てて鈴花のいる席に駆け寄る。

 宇宙は何かを伝えようとしていたが、声を出せないのか、わたわたと身振りで意思を伝える素振りをしていた。鈴花が戸惑っていると、リリーが静かに「ごめんなさい」と呟く。


「時計を盗んで、ごめんなさいだって」

「あ……」

「あの子、記憶(メメント)のこもったモノがわかるのよ。それでつい、ね。ごめんね」


 二人を乗せたパトカーが走り出す。

 リリーがサイレンを鳴らすと、目の前の道路がモーゼの十戒のごとく車が左右に割れ、その中央をパトカーが進んだ。

 赤信号も踏切も、人の往来さえも無視して走れるのは気持ちがよかった。リリーが窓を開けると、心地よい風が鈴花の髪を風になびかせた。


「わたし、式に来てくれたみんなが嫌いだった」

「そう」

「人の気も知らないで、慰めるようなことを言って。ご愁傷様、だなんて……」

「腹が立った?」


 鈴花はゆっくりとうなずいた。

 そんなことを考えてはいけない。そう自分で自分を諫めることさえも辛かった。大好きな父を失い、感情は悲しみを怒りで覆って隠そうとしたのだろうか。

 全ての父への弔いの言葉が、花の色が、祈りが。鈴花の心を理由もなく引き裂き、締め付けた。


「言葉には二面性がある」


 ハンドルを切りながら、リリーが呟く。


「〈内包〉と〈外延〉……当人が意図しようがしまいが、言葉は多重の意味を孕んでいる」

「……」

「大人じゃないんだから、我慢しなくていいのよ」


 パトカーが止まる。

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