神官ニラ

「出てきました!」

「おい、武器を捨てろ!」


 警官の声が聞こえる。

 ニラはひとり仁王立ちのまま、店の外をパトカー目掛け歩いてゆく。


「止まれ!」

「容疑者、銃を所持しています! 警戒せよ」


「安心しな」


 チャキ……と音を立て、ニラの銃が銃口を輝かせる。


「テメーら全員、今から抜魂(バッコン)してやんよ」



*   *   *



「彼に……何をしたの?」


 店の中で、鈴花がリリーに尋ねる。


「記憶(メメント)が、彼を動かしているの。あの男はああみえて、神官の端くれだから」

「……神官?」

「神に仕える人間のことよ」


 神官。つまり、聖職者ということだろうか。鈴花の脳内で、己の神官のイメージが破壊されてゆく音がしていた。

 鈴花の目の前に、チャリ、と腕時計がぶら下げられる。


「この腕時計のように、故人が最後まで身に付けていた、あるいは大切にしていたモノには何かが宿る」

「何か、って……魂とか?」

「そんな大層なものじゃない。そもそも、この世に魂なんて存在しない」


 リリーが視線を向けた先に、金色の天秤が置いてあった。

 真鍮製で、ところどころが古く錆びている。


「ある科学者が魂の重さをはかるため、飼っていた猫を天秤の上で死なせたことがある」

「……猫?」

「猫が息を引き取ってすぐ、天秤はほんのわずかに重りのほうへ傾き、3グラムの変化があった。他の生き物でもそうだった。このことから科学者はこれを魂の証明とし、その重量を3グラムと仮定した」

「……」

「でもそれは違う」

「……どうして?」

「例えば蟻や、花、蝶の蛹に至るまで、3グラムにみたない生物は地球上にごまんといる。それらには魂がないといえる?」

「……あ」

「あるのは魂ではなく、〈記憶〉」


 リリーの指が、鈴花の腕に父親の時計を巻きつける。


「モノに残されたメメントを因数分解し、読み取ることが私の仕事」

「メメント?」

「〈記憶〉のことよ」


 窓の外から、ガラスの割れる音が聞こえた。


「いま、ニラの中にはあの銃の持ち主の記憶が宿っている」


 リリーが呟く。まさか本当に、そんなことで警官を銃で倒すつもりなのだろうか? 鈴花がいぶかしんでいるうちに、リリーはさっさとドアを開ける。

 シカバネ累々といった様子で、倒れた警官が折り重なっているその上に、ニラが立っていた。


「よう、終わったぜ」

「ひっ」

「おいスズカ! こんなだなんて、聞いてねーぞ」

「スズカって呼ばないで」


 店の中からリリーが返事をする。


「うーむ、想定外」

「え?」

「彼の記憶(メメント)。あの銃に残っていたのは、あの銃を使って自殺した軍人の記憶だった」

「じ、じ、自殺……?」

「向かうところ敵なし、といった人だったみたいだけれど。ひとつだけ彼を偲(しの)ぶとすれば、彼の能力は射撃ではなく、銃床(じゅうしょう)をつかった近接格闘(ムエタイ)のほうが得意だったみたいね」


 リリーの言葉に、ニラがにやりと笑う。

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