君とパトランプ

 髪や睫毛は雪のように白いのに、その顔の造詣は確かに、毎朝のぞく鏡の中の自分そのものだった。

 瞳、耳、鼻、口、爪の一枚まで。恐ろしいまでに似通っている少女の顔に、鈴花はその奇妙さから口元を押さえた。


「大丈夫?」

「……誰、なの、あなた」


「……スズカ」


 少女はそう名乗りかけて、はっと口元に手をやる。


「……だと紛らわしいから、《リリー》でいいわよ?」

「紛らわしい、って……」

 

 その瞬間、店の外にパトカーのサイレンが洪水のように押し寄せた。

 ステンドグラスの窓から赤い光が差し込む。

 何事かと鈴花が振り返ると、大きな音を立てて男が転がり込んでくる。


「まずいスズカ! 追われた!」

「……ニラ」


 少女が転がり込んできた男を見て、ぽつりと呟く。


「ん……? スズカが……二人……?」

「あ、さっきの!」


 鈴花が身をすくませる。そこにいたのはさきほど追われていたタトゥーの男だった。


「け、警察を呼びますよ!」

「うるせえもうすぐそこに来てんだよ! おいスズカ、速いとこなんとかしてくれ」


 男と鈴花、二人がスズカ……もとい、リリーと名乗る少女へ顔を向ける。


「……〈きょういまこの日この時から〉」

「……?」

「〈僕が君の盾になろう。大きすぎて視界の全てを奪うことになろうとも、構わない。それが守るということなのだから〉」

「おい、お前何言って……」

「《衛と盲目について》……十七頁(ページ)より」

「だー! またそれかよ!」


 男が頭を掻き毟って地団駄をふむ。


「起きてしまったことは仕方がない。それは変わらない。事実は事実。ニラ、あなたが何とかするしかないわ」


 ニラと呼んだ男を指差し、リリーは言った。


「無理だろ! 車何台も踏んでぶっ壊してパトカー大量に来てんだよ!」


 ああ、それは何台も踏んで壊したお前が悪いや、と鈴花が胸の内で思う。


「〈過去〉と〈今〉は変わらない。それでも、〈未来〉なら……」


(……?)


「〈僕は差し出そう。君と君の未来を失わずに居られるのなら、それに代わるものなど何もないから〉」


 リリーは詩の朗読でもするかのようにそう呟くと、床にうずくまっていた黒いベールの女を呼んだ。


「宇宙(うちゅう)」

「……?」

「アレを出して」


 アレ。そう言われて黒いベールの女がゆっくりと立ち上がると、長いベールの裾から何かが転がり落ちた。


「拾って、鈴花」

「えっ」

「私に、渡して」


 ベールの裾から転がり出たそれを、鈴花が恐る恐るつかむ。

 銀色か黒で冷たく重みのある、何か。形状からして、モデルガンのようだった。

 リリーの指が銃に触れる。


「……標的を失い、己の内に潜む獣に襲われた男の、断末魔が聴こえる」

「……何?」

「いいえ、笑っているのね。最大の敵は〈己〉……なるほど。それが〈記憶〉」


 にや、とリリーが微笑む。鈴花の頬に冷や汗が滲んだ。


「記憶(メメント)」


 リリーの手の中に、ランプのように輝く光の粒がみえた。リリーが息を吹きかけると、その光はニラに向かって飛んでゆき、彼の頭の中へと吸い込まれた。


「ああ……これだ」

「ゆきなさい。好敵手を失った哀れな男の、最期の銃と共に」


 リリーがニラに向かって銃を投げる。ニラは受け取った瞬間、流れるような動作で安全装置を外すと、稲妻のように天井に向かって発砲した。


 ズギュゥーーン!


 暗い天井に一筋の光が差し込む。銃は本物であり、たった今、ニラの手から本物の銃弾が空に向かって飛び出した。


「何、何、何!?」

「ショータイムだ……!」


 驚き慌てる鈴花をよそに、雄叫びを上げ、ニラが扉に向かって走り出す。


「カシコミカシコミィー!」


 ドアが開く。

 大量のパトカーが店の前に並び、数人の警官が銃を構えてこちらを向いていた。

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