第2話 自宅で総見、ユウジョ・サオリ・パルファル

はり、はり、はり、はり。


「何を言ってるんだあ? お前ェ……俺の刺し身を摘んでおいて、身受けだと? 馬鹿にしておるのかーー」


「私はまだ誰もお客を取ってないの。やるなら……今だし、あなただけのものになるよ……やりたく、ないの?」


馬鹿にするなあ!


さう、さう、さう、さう。


ふう、ふう、ふう、ふう。


はあ、はあ、はあ、はあ。


あっ、あっ、あっ、あっ!


ううううっ! はあえ〜……。


で。


「やっちまったあ〜、どこの馬桶かも分からん遊女とやっちまったで候〜。

追手が来るやもしれんというのに、何を己れはしちまったのだあ〜……」


「追手は来ないよカケちゃん。だって私が盗んだのはこれだから。はい」


ころむ、と出てきたのは円盤型の物体。布団から出てきて茶間で緑茎の御温吸を通す侍に、遊女は話し始める。


「最初は諦める予定だったの。でも、途中で電話が鳴って。私はそれがなんなのかを電話口で知って、使ったらここに来たというわけ。んでもなんだっけ、これ……よくわかんなかった」


「十間法術具コウトビ。これは大変な代物だぞ、相手は具武ディーラーか?じゃなきゃこんなもの、持っていないだろうに。……! 帰ってきたか」


やあ居るかい、掛右衛門。帰ったよ。


「戻ったかよ秋楽先生。バテレリックスの集会は何とも? ハイウォーカーが見てたんじゃないのか? 良く……」


「ああ、心配ないよ掛右衛門。我々に手出し出来るわけがないさ、地上は不浄の楽園。厭世の識者などに我が科学が止められるいわれなどない。座る」


さいですか、と言い、ダッチソファの反対の固いベンチチェアに腰を下ろす侍。そこにやってくるのは、遊女。


「今お茶をお持ちしますね? まあ、ここはこんないいお茶が揃ってる!」


「コラ遊女! 勝手なことをするな」


「掛右衛門、まさか、此奴とそうしたか。馬鍬漬けの刺し身を食われた?」


「そうで……いや、しかしなんぜかやっちまった次第。己れとしたことが、だうしてかような事に……何か?」


うむ、と見回してみると、遊女、鍋や調理器具を取り出して、料理をする様子。侍、こらこらこらと駆け寄ると、冷蔵庫を開けた遊女は、侍を見返る。


「秋楽斎先生はお疲れのようだから、何か食べられるものを作るの。あなたもおこぼれ位はいいわよ? あなた」


「くっ、この女郎……一丁前に女房の振りをしおって! 遊女だろうが遊女、たかが一回やったぐらいでいい気になりやがる……うおっ! 何だ?」


トン、と床に突き刺さった包丁に、たじろぐ侍。遊女は冷たい雰囲気を発する。エレメンツと呼ばれる個人が持つ属性の発露ーー遊女は氷のエレメンツらしく、周囲に氷の粒が形成され始める中で、冷たい息を発して吐く所を白くさせる。そして、侍へと言い放つ。


「あんたはだまってな。おさむらい」


うっ、と思うのも束の間、足が両方とも凍りついて動かなくなる。


「私は私のやりたいことをやるんだよ。邪魔は法度ださがらんしゃい!」


スラーヴァストレイス活刃流戦闘歩法ーー活間。気練法ーー炎括。


侍の姿が消える。氷の軛をぱしさりと割る音を残してーー次の瞬間、緊迫した面持ちの遊女の顔を掴んで引き上げる者が背後に立っている。


「!?」


「暴れるなと言っておるだろう。ここは秋楽斎殿の部屋、たとえ台所であろうともエレメンツを使えば、なにが起こるか分からんであろうが。慎めよ」


「なっ! 自分が私を怒らせたんじゃないかよ! どんなからくりで私の後ろに立ってんだい! 離しなよ……離せ!」


「まあいいじゃないか。掛右衛門、離してやりなさい。女人にすることはない。ただ、危ないのも無くは無かったな……例えばこの猛毒エイの鰭刃漬けは飲んでも死、かかっても死、こぼしても死だったよ? 危ない危ない〜」


ひえ、はわ、と声を洩らして下がる二人に、掛け縁眼鏡を置いて目の間を揉み込む稀代の博賢はもう後は上でやってくれと言う。その時だった。不穏。


「そうは問屋が卸さねえ問屋たあアタシのことですわ。十間法術具とその女ァ、返して貰うぜ。んでもって、あんたはあの世にいっちまいな♪ 拝哉」


忽然と現れた人物は、手を擦り合わせると黒い虚のような空間を作り、そこに遊女を突き飛ばした侍が吸い込まれる。瞬間、その服の裾を掴んでいた遊女も甲斐なく同じように吸い込まれていった。後に残された博賢は、言う。


「随分なお出ましじゃないか、法術具売りの孫八。しゃかりきの孫八ーー」


「どうも♪ さあて、どうしようかな」


手を奇妙に蠢かして、にたりと笑った笑顔の町人。三代目蝦夷屋孫八。法術具売りの孫八により、三者、分断す。


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