なまくら逸刀掛右衛門
スキヤキ
第1話 馬鍬漬けのマッグで注文、ビッグメシモリマッグサッパー
時は嶺環のこのご時勢、急速な社会発展を目指し夢が地べたを転げ回る今日この頃。ひとりの侍が、飯屋に入る。
「ちは。B.M.M.S一丁。テイクアウトで候。疾くね」
了解で候。しばし待たれよ、と訓練されたロボットが電子音を発するなか、不審な影が侍の背に迫る。
ピタ。
「やほ。カケちゃん♪ 今日寄ってかない? 美味しいものいっぱい揃ってるの……私は最後のデザートってことで、裏で待ってるから、しよ? 溜まってて駄目だから、いっぱいサービスするでござるう……カケちゃあん〜」
「お前の言うことは信用ならんフーマーズ。風のごとき軽尻の身のこなしならば、ここにベッド持ってこい。そしたらやってやるーーひん! 耳をナメナメするのはやめよ! ひん! ひん!」
「あー、なんかもういいやあ。塩味補給でござる♪ 今日はちゃんとお風呂入るですよー? チンチンも良く洗うこと! これ、フーマーズ規律心得の257。あとは忘れたでござる」
「ひっでえ、256対1でチンチンが勝利かよやってらんねーなで候! ま、仕事あったらまた寄越すである。チンチン洗って待ってるからよオ」
りょーかい。じゃねえー。
ひとつも頼まねえのかよあのアマ。ミニマムサッパーぐらい頼んどけよ……。
チン、チン、チン、チーン!
お待ちどう様でござる。と言って姿勢認証のカメラが壁からかさりと出現。
びい、と青い透明な光が侍の姿を通して、認証完了、とロボットが言う。
『掛右衛門殿、御口座より四文半の引き落としでござる。残銭を確認されるか?』
「しねぇよ。さらば」
去り行く侍。腰の二振りのカタナブレードを右に構え、ゆらしくせながら、歩いてゆく。
斬死体。珍しくもない。侍に喧嘩を売るものがあれば、それすなわち斬り合い。町人も花魁も職人も忍者も、侍と同じように武器を持つのが平時の嶺環。わりいな、南無、と足で転がし、なんでも溶かすバクテリアが住む溝の中にこけ入れる。明日になれば溝の一部になる。この雑多な街の一部になるように。
ハイウォーカーが街に並ぶ摩天楼に引きこもるようになってから、この首都江戸は穢戸に名称を変更した。いや、ハイウォーカーという言葉が生まれたのは穢戸に変わってから、という説もある。ハイウォーカーは高層のマンションの上から地上を見下ろして、今の有機化学スモッグすら発生する死に近い街の現状を何と思うか。
侍、路地の中を歩いてゆく。浮世花ヨの新曲、「REMASTER」を鼻歌にのばしながら、すんたと歩いてゆく。
やがて、入ったのは一つの扉。認証は古風なロングディンプル。差して認証、抜いて袂に仕舞うと、ヘアサロンで空きを見つけて型を決めた髪型の決まった茶色の頭を、ほるりと掻いて、中に入る。
中は扉の殺伐さとは別に、ペルシャ式絨毯や柔らかいダッチソファ、エスニックな置物から幾何学な試験瓶がある場所。侍、ただいまと声を掛けて二階に上がる。
二階はゆかしい純和風。畳の小待ちに部屋が三つ。六畳の寝室と四畳半の茶間、釜と電気ボイラーがある湯場炊きの三の間。入ってすぐの茶間の卓袱台にB.M.M.Sを置くと、座り込む。
「今日も無事に帰ってこれたこと、ありがしたく思う。B.M.M.Sーー飯良」
ハ。ハ。ハ。
「にゃ、にゃ〜ん?」
タン!!!
「貴様、何奴なる!」
馬鍬漬けの片を取られた非常により、剣徒流派の一つ、スラーヴァストレイス活刃流なたるなま剣をば抜き放ちたる侍。木組みの柱を立つは一所三剣合の所、馬鍬漬けをはるは一人の露出の大きい布きらるは、遊女ーー。
「あんたがあのカケちゃんと見込んで頼みがあるの。私をーー」
布きらんをば脱ぎ捨て、遊女は見る。
「ーー身受け、して?」
「……はあ!?」
かくして、侍、掛右衛門逸刀斎雪恒、この穢戸に住みらくは、街の不穏を切り結び、安希をあきらむることをなまらなるして成すなるは、すらくのえつりくの御殊なれば、あるやじくの得ることにてつ拝良する。
続
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