第12話 清弘萌望音

 私が中学で初めてスズに会った時の印象は、ずっと一人でいる悲しい子、だった。だから私はこの子と話すときはいつも以上に明るく楽しくしようと思った。そうすればスズに“楽しさ”を分けてあげられると思ったから。スズが一人でいる必要がなくなると思ったから。

 今のスズは、ユキ先輩と知り合ったスズは、やっと私以外の人と一緒に居られる場所を、自分の力で掴み出した。それなのに私は……


 中学でのスズはいつでも一人で本を読んでいた。後から聞いたけど、本を読んでいたら誰も話しかけてこないから難しそうな本を選んで読んでいたみたい。私は逆に興味が湧いた。なんでこの子は、スズは人と関わろうとしないんだろうって。私にとって誰かと話すこと、仲良くなることは他の何にも変えられない楽しさがあったからだ。私の気を紛らわさせてくれるからだ。だからこそ、私はこの子のことを知りたいと、スズに話しかけてみようと思った。

「こんにちは。私、きよひろともやま……ちゃん。なんでいっつも本読んでるの?」

「あ、えっと、私、人と話すの得意じゃないっていうか、緊張するっていうか……人とお話ししたくないから」

 このときのスズは私の目をチラリとも見てくれなかった。スズのその行動はこの子の言っていることは本当なんだなぁって、直感的にそう思わせた。

「 でも、誰かとお話しするのはとっても楽しいよ? まずは私とお話ししてみない?」

「いや、でも、清弘……さん? は友達多いみたいだし私みたいなのといるより他の人といた方が……楽しいと思うよ?」

「そんなこと言わないで! 私は、鈴華ちゃんとお友達になりたいからこうやってお話ししにきたの。それに、いくら自分に自信がなくても“私みたいなの”なんて言っちゃダメだよ」

「え? あ、うん。ごめん」

「いや、謝らなくていいんだけど……」

 そのとき、予鈴がなる。

「あ……次の休み時間にも来るから。またお話ししようね」

 スズは私が友達が多いことを知っていた。私は休み時間は他のクラスの子とも話すし、いっつも廊下にいるのに。それって多分、あの子も友達が欲しいってことなんじゃないかな?


 次の休み時間。私はすぐにスズのところに行った。

「突然だけど、さっきできなかったことをします!」

 スズは私の顔は見てくれないけど、訳がわからないと言った感じで、頭の上に“?”があるのがわかる。

「私は、友達になった子にはあだ名で呼んでほしいし呼びたいの。だから鈴華ちゃんにあだ名を付けてあげようと思って。あ、今までに呼ばれてきたあだ名とかある?」

「え? いや、無いけど……」

「じゃあ私がつけてあげる。えぇっと……スズっていうのはどう?」

「鈴?」

「そう、スズ。良いよね? 私のことはモモって呼んでね!」

「桃?」

「モモ。そう呼んでね? ところでソレなんの本?」

「えっと、主人公のお姫様が自分を拐った海賊と一緒に冒険して、人魚とか王子様とか魔女とかに会うっていうお話の本」

「え、なにその支離滅裂さは? 面白いの?」

「案外面白い、よ」

「そうなんだ……。ね、いっつも本読んでるよね? 他にも面白いのあった? 放課後図書室でオススメの本教えてよ!」

「あ、うん。清弘さんはどんなお話が好き?」

「モモって呼んでってば〜」



 そうやってスズと一緒の時間を過ごしていくうちに、スズは私の目を見て話してくれることが多くなったし、モモって呼んでくれることも増えていった。ただし二人っきりのときだけ。他に誰かいるときは私が一方的に話してるような感じが続いてたけど。でもそういう、私だけが知ってる、みたいなのちょっと嬉しいな。

 スズと一緒に居ることはとても楽しく、スズと一緒に居る時間が自然と増えていった。楽しいことに時間を使うのは当然のことでしょ?


 スズと仲良くなってから、それまでの友達とは少し疎遠気味になっていた。時間は限られているんだから当たり前のこと。そんな私をどう思ったのか、私は旧友に呼び出された。もちろん行く。呼ばれたら行かないわけにはいかない。

「萌望音、私たち友達なんじゃなかったの? なんで私たちじゃなくてあんな暗いやつに構ってんのさ?」

 そこにはスズと知り合う少し前に仲良くなった人たち、本当の私を知らない人たちが。

「どういうこと?」

 私は笑顔を絶やさず対応する。

「はぁ? 私たち友達って萌望音が言ったよね? それにしては付き合いが悪いんじゃないのって言ってんの?」

「そう?」

「いやそうでしょ。最近休み時間も放課後もアイツばっかり。友達っていうのはいっつも一緒に居るものって言ったのはそっちでしょ?」

「そんなこと言ったっけ?」

「怒るよ? なんなの? 友達ってのは嘘?」

「嘘ついたつもりはないけど、嘘だと思うんならそうなんじゃない? そう思われたらどうしようもないし」

「つまり私たちはもうどうでも良いってこと?」

「うん。興味ない。あなた達は新しいゲームを手に入れてもそっちにはほとんど手をつけず、古いゲームをずっとやってる人達なの?」

 そもそも私は自分にも興味がない。私の友達は私のそういうところも理解してくれてる。

「私達とつるむのは遊びってか?」

 相手の一人が掴みかかってきた。今にも殴り掛かってきそうな格好してる。

「殴りたかったら殴れば良いよ。好きなようにすれば良い」

 一発殴られた。目が本気だったし、多分思いっきり顔を殴られた。他の人が止めたから一発だった。直後、そいつらは立ち去っていった。殴られたんだからもっと痛いと思ってたけどそうでもないな。あんまり自分が殴られた気のしない痛みだった。

 あの人たちはなんであんなことを気にするんだろう? やりたいようにやりたいことをすれば良い。それは自分も他人も同じ。どうせ他人に興味を抱くなんてことはごく稀なんだ。依存しすぎると裏切られる。関わらないとハブられる。そっちの方が理にかなってるのかもね。消滅しないかなぁ。何もかも。


 私がいろんな人と話してたのはそうしたら自分の存在が明確になるからだ。私はここに居るって自分に言い聞かせられる。

 会話は一人じゃ成り立たない。

 でも、私が居なくても会話はできる。

 私のいる意味はない。


 私がみんなにあだ名で呼んでもらうようにしてるのは“名前”っていうのが人の存在を明確にしているからだ。姿形が全く同じでも、それに固有の名前をつければ特別になる。

 私は私の存在を曖昧にしたいのだ。


 私がみんなをあだ名で呼ぶのは自分はその人の特別にはなれないからだ。私にそんな価値はない。自分は誰かの特別になれるような存在じゃない。

 私は誕生したくなかった。


 その件以降、私の友好関係はスズ中心になった。あの子だけは、私が一人の殻から連れ出してしまったあの子だけは良い関係に恵まれてほしい。そうしなきゃいけない。

 私の友好関係は広く深くから広く浅く、根は揺らがずへとなっていった。

 私の全てはスズ中心になっていった。

 まさか自分のことさえもどうでもよかった私がここまで一人に惹かれるなんてね。


 スズには良い関係を、そうなるように努力してきたつもりだったのに。私が部活に入ってみることを勧めたせいで。スズは部活で酷い目にあってしまった。私のせいだ。

 もうスズから目を離さない。

 だから同じ高校に来た。

 だからずっと一緒に居る。


 スズには本当の私を知って欲しくない。


 スズは、いつの間にか私にとって何より大切になっていた。

 そんなスズを手放したくない。

 私から離れていって欲しくない。


 こんな気持ち、スズには言えない。




「モモは楽しくない?」

 私はハッとした。悪い思考の沼にハマっていた。

「っ。いや、そんなことないよ」

「だって家出てから笑ってない。悲しそうっていうか、辛そうっていうか、そんな顔してる」

 レイちゃんは鋭いなぁ。人前では、スズの周りの人たちの前ではそんな顔しないようにしてたんだけどなぁ。

「そんなことないよ? せっかく公園に来たんだし、もっともっと遊ぶぞ〜」

「「お〜」」

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