第5話 ムカシバナシ

「ユキ先輩。まださん付けなの気にしてますよね?」

「あ、いや、えっと、始まりはどうであれこうやって一緒に勉強してるってことは関わってるってことでしょ? それでも“さん”付けってことは……嫌われてるのかと思って。私人付き合い苦手だし」

「会って初日なんですし、ユキさんも人付き合い苦手ならスズの気持ちもわかりそうなものですが……って言うかそんなにスズから“先輩”って呼ばれたいんですか? 壁を感じて悲しくなるってまるで恋みたいですね?」

「そんなんじゃないわよ! って言うかモモは恋を知ってるの?」

 話の逸らし方が……いや、これは単純な疑問かな。人付き合いが苦手なのは本当みいだね。嘘つく必要ないけど。

「いやー私は人の話聞いただけですね。そーゆー話題って良く出るんで。話戻しますけど、スズは単に“先輩”って言う言葉が苦手なんですよ」

「……何かあったの?」

 まぁそうなるよね。ここで私の次の行動はざっくり二択かな。話すか話さないか。スズはもうちょっと友達作ったほうがいいし、スズが自分から誰かと関わるのは稀だしなぁ。

「スズはあんまり知られたくないと思いますがユキ先輩になら言ってもいいですよ? このことでスズに変な言及されても嫌だし。ただし、この話は聞いたこともスズに言っちゃダメですよ?」

「そんな重い話なの?」

「少なくともスズは思い出したくないでしょうねぇ」

 なんでこう私は私のやりたくない方に話進めちゃうかなぁ。ここまで来たら話さないわけにはいかないし。

 でも、スズのこと考えるとこれが一番かぁ。 

「スズが中学入った頃はあそこまで人付き合いが苦手じゃなかったんです。今の先輩くらいのものでした。スズは部活に入ったんですけど、そこで先輩と意見が対立しちゃったんですよ。まぁ言い争いぐらいよくあることです。でもその時は部が二つに割れちゃったんですよ。はじめは半々って感じでした。でも、たかだか二年早く生まれたほうが部の主導権を持ってたんです。だからだんだんスズの味方は居なくなっちゃって」

「それって……」

 ユキ先輩が想像したことはなんとなく分かる。多分、実際のこととそう違わないだろう。でも、そのせいで変に同情して距離感が変わったらダメだ。

「いやいや、そういうのじゃないんですよ。 その先輩はすぐに引退、卒業したんですけど、それでも対立は続いてスズの味方は二、三人になってしまったんです。この頃ですよ? スズが私のところに相談に来たのは。もっと早く言ってくれれば良かったのに。スズも泣いてましたよ……限界がきちゃったんでしょうね。それでも、そんな状態でも、自分の言ったことは間違ってないって」

 なんであの時の自分はもっと早く気づかなかったのか。それができていたらもっといい方向に行っていたかもしれないのに。これだから昔の自分は嫌いだ。

「その頃には卒業した先輩の側がちょっと激化して顧問の先生が気づいてくれたんですけど、当の先輩はもう居ないし、手の打ちようがないですよ。下手に介入しても悪化するだけ。私は部活辞めちゃうことを薦めましたが、スズが一人でもスズの味方がいるなら辞めないって、その人のことを裏切らないって、言って……こんなこと、私だったら絶対できませんよ。できる人なんて一握りですよ……」


 当時の悲しさと何もできなかった悔しさでちょっぴり泣いちゃった私が落ち着くまで、ユキ先輩は待っていてくれました。


「ごめんなさい、私……いま思い出してもスズのあの顔に耐えられなくて……。その後はスズの味方になってくれてた子を私が説得して中立の立場になってもらいました。じゃないとスズが壊れちゃうから。そのあとすぐにスズには部活を辞めさせました。だからスズには“先輩”って言うものにいい思い出がないんですよ」

「そんな子に急に見ず知らずの先輩の私が絡んだって言ったら心配にもなるわね」

「そ〜なんです。入学面接で最後になにかありますか? って聞かれたときにもし受かったらスズと一緒のクラスにしてくださいって言っといて良かったですよ〜。別のクラスになったらスズに知らない先輩が絡んでもすぐには気づけないですから」

「えっと、調子が戻ったみたいで良かったわ」

「まぁ、スズがユキ先輩のことを“先輩”って呼ばないのはユキ先輩のことが嫌いなんじゃなくて“先輩”って読んで中学のときの先輩と一括りにしたくないんだと思いますよ?」

「そういうことだったのね……なんか悪いことしちゃたかしら……」

「そんなことはないですよ。ユキ先輩はちょっと呼ばれ方にこだわりがあっただけで悪いことしてないです。悪いのは……この場合誰も悪くないんでしょうね。その間になにがあったかは別として、子供の意地の張り合いなんてよくある話ですもん。私みたいな子供が言うのも変な話ですけどね。ところでユキ先輩、なんで私がこの話したか分かります?」

 ユキ先輩は意表を突かれたって感じで言葉に詰まっていました。

「私はユキ先輩にスズのこと知っておいてもらいたかったんです。スズもユキ先輩も自分のことをあまり人に言わないから伝わりづらいですけどスズはユキ先輩のこと、好きなんだと思いますよ?」

「え? あっ、そ、そうなのね」

 ユキ先輩、友達としてって分かってるのに“好き”って言葉に反応しちゃってる。予想通り。

「ユキ先輩も好きでしょ? スズのこと」

 ユキ先輩が“好き”っていう言葉に反応するのを待ってから、こう。

「友達としてですよ?」

「わ、分かってるわよ‼︎」

 私のからかいの対象が増えた瞬間でした。


「じゃあ、私も帰りますね。スズも待ってますし」

「あの、えと、さよなら、モモ」

「はい! さよなら、ユキ先輩」

 びっくりしたなぁ。まさか私のことまであだ名で呼んでくれるなんて。今まで迫っても呼んでくれなかったのに。


 今日一番嬉しい出来事でした。スズ関連以外で。

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