6-7 決着
今のレッドは、”ヒート状態”と呼ばれる状態になっている。
この姿は、レッドが本気になっているときだけ見せる姿だった。
しかし、この姿を見たものは少ない。別に隠しているからではなく、そもそもこの状態になるまでもなく、彼は勝利してきたからだ。
三王と呼ばれている三人と、仲間である二人を除けばごく一部しか知らず、もちろん皆月は見るのが初めてだった。
「予定通り1%分は働いたようだな。後は大人しく、目を離さず見てろ」
レッドの物言いに、たったの1%? と皆月は少しだけ不服に思う。
皆月とグリーンはサラマンダーを倒し、アンデットと騎士たちを相手取っていた。
上杉の働きは知られていないが、地下でガブリエルと駒たちを始末した。
確かに、先ほどの熱線は戦況を引っ繰り返す一撃ではあったが、1%と言われることへの不満を皆月は隠せなかった。
だが負傷していることや、今日までの経緯があるからだろう。
渋々と後方へ下がっていく。実力差云々よりも、激励という名の罵詈雑言を受けた記憶のほうが強かった。
口を尖らせている皆月と違い、グリーンは少し悲しそうな顔でレッドを見ている。過去のヒート状態よりも輝いており、消える前の炎が一際激しく燃えているように思えた。
結局、自分は間に合わせられなかった。そんな自責の念がグリーンの心を重くする。
だが決して目を逸らしたりはしない。これが最後かもしれないのならば、見届けねばならないと堪えた。
そんな二人の気持ちなど露知らず、レッドは咥えていた煙草を炎で消し炭にする。1%は埋められた。ならば残り99%を潰さねばならないと、楽し気な顔を見せるクイーンを見据えていた。
体の灰化は進んでいる。全力を出した以上、そう長くはもたない。
ゆっくりと、レッドは足を進ませる。同じようにクイーンも足を進ませた。
「……え? 真正面からやり合うんですか?」
「そりゃそうだよ。能力ってのは自分の体に近いほうが強い。利き腕で振るうほうが強い。死に瀕しているほうが強い。まぁ、色々とあるけれど、もっとも強い状態で戦わないといけない理由があるのさ」
「理由……?」
「見ていればすぐに分かるよ」
その間にも、二人は距離を詰めて行く。
ようやく止まったのは、腕を振れば届くほどの距離になってからだった。
クイーンは少々呆れた様子で、レッドへと言う。
「間に合わせる予定だったが失敗してしまったか。まぁ、こうなるだろうと思ってもいたけれどな」
最初から、クイーンはガブリエルのことを信用していなかったどころか、彼女のことを嫌悪すらしていた。ホーリーセイバーの幹部で無ければ、自分の手で殺していただろう。
たかが幹部程度の人間が、愛してやまない
ガブリエルは彼に殺されたと、クイーンは決めつけている。
実際は上杉の手によるものだが、どちらにしろ大した違いではない。彼女の気に入らなかった雑魚が、足止め一つまともにできず死んだだけの話だ。
クイーンとしては、レッドが表へ出て来る前に、マーダー・マーダーとグリーンを確保したかった。
この二人さえ手に入れれば、真の目的を果たすことも容易いと考えていたからだ。
なぜ二人を確保したかったのか。それは、彼女が気付いているからに他ならない。
アッシュロードは、クイーンのことを好きにはならない。この愛は決して実らない、と。
だから、クイーンは考えた。
彼が愛してくれるようにするには、自分たちしかいない世界にしてしまえばいい。そうすれば、いずれ、彼も自分を愛してくれるだろう、と。
クイーンの目的は、自分とレッドだけが意思を持ったアンデットとなり、永劫の愛を紡ぐこと。
二人だけの完成された世界こそが、彼女の望みだった。
しかし、そんな歪んだ想いは届かない。届くはずがない。
レッドはとてもとても楽しそうに言った。
「御託はいい。思いっきりやろうぜ。これで
レッドの言葉へ僅かに不自然さを感じたのか、クイーンは眉根を寄せる。
だが、彼女は不死に近い存在だ。彼が死ぬという事実には気付けず、その違和感を忘れた。
「「……」」
短い静寂。
そして、二人は同時に動いた。
レッドの拳が、クイーンの体の一部を消し飛ばす。
クイーンの肥大化した拳が、高熱を発しているレッドの体へ、燃え尽きるよりも早い回復速度で届く。
互いの能力を超えるためには、ゼロ距離での格闘戦しかない。最上位のマーダー同士でしか起きない戦いが繰り広げられ始めていた。
グリーンは周囲へ気を配っていたが、皆月は二人の殴り合いを呆然と見ながら、上杉から聞いた話を思い出していた。
『この世界で最上位のマーダーである証明は簡単です。アッシュロードと戦い、生き残った者は最上位のマーダーです』
このとき、それなりの数が居そうだなと、皆月は思った。……だが、それは間違いだった。相手の息が届くほどの距離でアッシュロードと殴り合い、生き残る。それができた者など数えるほどしかいない。
今さらながらにその事実を突きつけられ、言葉を失っていた。
「だから言っただろう? ボクは弱いって」
しかし、躊躇わず皆月は言う。
「いえ、グリーンさんは強いです」
別に、世辞で言っているわけではない。ただ揺るがないものを持っているグリーンのことを、弱いとは思えなかった。
二人の戦いを見続けながら、皆月は考える。あの灰化現象をどうにかするためには、自分も同じ強さを手に入れる必要があった。
ただの殴り合いだ。触れただけで蒸発させる化物と、延々と再生する化物が、ただ殴り合っているだけだ。
違いがあるとすれば、クイーンの拳はほぼ届くより早く蒸発してしまい、また再生を行わなければならない。だがレッドの拳は確実に届き、彼女の体を灰にすることだ。
しかし、長期戦になれば勝利するのはクイーンだ。
まず立ち位置の優位性がある。レッドは常に皆月の視線に晒されており、小柄なクイーンの体は、レッドの体を壁にしていた。
後は、レッドには、彼女を完全に消滅させる手立てが一つしか無い。これも大きな違いだ。
それに加え、気付いていないが、クイーンはこのまま戦い続けるだけでいい。
いずれ、レッドの体は限界を来し、灰となって消えるだろう。
いつもより眩く見えるのは、周囲に灰が舞い、光を反射しているからである。
だがそれに気付かないほどには、クイーンは高揚していた。
「楽しいな、アッシュロード! 二人だけのダンスタイムだ!」
「いいからとっとと死ねやぁ!」
レッドも久しぶりの解放感に酔いしれていた。
元々はなんの制約も無く全力を出していた。しかし、ここ一年ほどは違う。ひたすらに我慢し、必要最低限の力で敵を倒していた。そう、マーダー・マーダーと戦ったときから。
共に戦いが続くことを望んでいたが、それは許されない。必ず終わりとは来るものだ。
切っ掛けを作ったのはクイーンだった。
彼女は攻撃を止め、両手を開き、見た目にそぐわしい花のような笑顔を向けた。
「愛している、アッシュロード」
「オレは好きじゃねぇよ」
戦いには、終わらせるための流れがある。クイーンの行動を
だがクイーンは……そっと距離を詰め、レッドへ口づけをした。
「……っ」
重ねられた唇が離れた。
レッドは眉根を寄せ、喉へ触れる。なにかを嚥下したのを見て、クイーンは優し気に笑う。
ブラッドから渡された特製の薬。僅か三秒だけの無力化。
クイーンは右腕を振りかぶり……今度はレッドのほうから口づけが交わされた。
「!?!?」
愛されないことを自覚していたからこそ、クイーンは混乱する。だからこそ、そのまま戻された薬を飲み込んでしまった。
しかし、舌先で触れた感じで分かったが、薬は欠けていた。
レッドにも少なからず効果は出ているはずだ。
それでも動揺は隠せず、いたはずの人物が目の前にいないことへ遅れて気づいた。
「アッシュロード?」
一瞬、目を離した。そして、その一瞬が分かれ目となった。
クイーンの胸から手が生える。後方へ回ったレッドの右腕が、背から貫いたのだ。
「あ、がっ」
能力は無力化されている。だが、一秒か二秒のこと。死よりも先に再生が訪れる。
しかし、正面へ位置する人物と目が合い、クイーンは自分の失敗に気付いた。
このときのために、不利な立ち位置を許容していたのだと。
「――死ね」
無情な一言と共に、先ほど溜めた力が全て解き放たれる。
負けたと、素直にクイーンは敗北を認めた。
だが次の瞬間、レッドは目を見開いた。
「ごふっ」
殺したはずのクイーンが、バトラーになっていたからである。
なにかを聞くよりも早く、バトラーが灰になる。彼は自身の能力である《スケープゴート》を使用し、主のダメージを全て肩代わりし、栄誉ある死を遂げた。
なんともつまらない幕引きだ。殺したと思った相手は殺しておらず、いつでも殺せた幹部を一人殺しただけだった。
「……いや、こんなもんか」
好きに生きて、好きに寝て、好きに食って、好きに殺して、情けなく死ぬ。
自分の信条を思い出せば、このつまらない幕引きは、情けなく死ぬに含んでもいいだろう。
全て終わった。レッドは煙草を取り出し、口へ咥えようとする。
だが届くより先に、ポトリと煙草は地面へ落ちた。
「レッドさん?」
皆月からは見えていないが、すでにレッドの指先は灰となり崩れ落ちていた。
そのことに気付いたのだろう。グリーンは煙草を拾い上げ、レッドの口へ咥えさせる。
「自分の煙草に火を点けて終わり、か」
最後の能力の使用方法はこれだろうと、漠然とだが思っていた。その通りになっており、なぜか笑いが出る。
すでに諦めたのか。グリーンは笑顔で言った。
「ボクもすぐに逝くよ」
もう、この世界に未練は無い。彼女の目がそう告げていた。
「好きにしろ」
「えぇ、好きにします」
クイーンたちの備えていた残る手を全て潰し終わった上杉は、戦闘は終わったと判断し、この場へ姿を見せた。
しかし、なぜお前が返事をするんだよと、グリーンから非難の目が向けられる。
だがその視線を無視し、上杉は言う。
「任せてください」
「あぁ」
恐らく後を追うだろうと思っていた。だから、そうならないように二人は話し合っていた。
大切な妹分だ。後を任せられるのは、大切な弟分だけであった。
三人が別れの空気を出している中、近づけずにいる人物がいた。皆月である。
少しずつ灰となり、風に流れていく姿を見て、ひたすらに目を凝らす。助けると約束した。約束は守りたい。
しかし、彼女の力では届かない。
それどころか、吸収することで進行を早めていたが、本人は気付いていなかった。
「助けたいか?」
ビクリと、皆月の体が跳ねる。声の主はサラマンダーだった。
思わぬ相手に驚いたが、決して脅威では無い。サラマンダーの胸には穴が空いている。血は流れ出しているが、アンデット特有の青白さは無く、呼吸は行っていなかった。
これは偶然だ。死んだ瞬間のアンデット化と、皆月の吸収能力で、サラマンダーの体は異常な状態となっており、活動が停止するまで幾ばくかの猶予が与えられていた。
自分へ同情的な目を向ける皆月を見て、サラマンダーは微笑する。
「それは敵に向ける目では無い。甘いやつだ」
「……」
「だが、お陰でこのまま死ねそうだ。人で無くなる覚悟はあったが、自分を失い、死んだ後も利用されるのは気分が悪い」
皆月には言いたいことが無い。ただ話を聞いているが、仇へ言うべき言葉は無かった。
「これもお前の能力の影響によるものだろう。……だから、礼代わりに教えてやる。俺の体をイジったのは、お前の両親だ」
「……は?」
「ラボラトリーの研究者だった、ということだ。よって、俺の復讐には正当な権利があった。そして、何も知らなかったお前にも、俺へ復讐をする正当な権利があった。これは、そういう話だ」
「いや……え……?」
突如、打ち明けられた話へ皆月の頭が追い付かない。
なんの理由も無く行われた虐殺だと思っていた。両親が、そんなところで働いていたという話も知らない。混乱が深まる。
はぁっと、サラマンダーが息を吐く。終わろうとしていることに気付き、皆月が慌てる。
「まだ聞きたいことが――」
「時間が無い。その話は他のやつに聞け。今、お前がやらなければならないことは、
サラマンダーは、彼のことを名前で呼んだ。同じラボラトリーの出身者。親交があったのかもしれない。
しかし、それを問う時間も無い。サラマンダーには、レッドを救う手立てがあるようだ。まず、それを聞くべきだと、皆月はぐっと言葉を飲んだ。
「いいか? お前の両親は外道だ。娘とはいえ、体をいじっていないはずがない。その能力には必ず先がある」
「うぐっ。……先ですか?」
両親を外道だなんだと言われて腹立たしかったが、それすらも我慢する。優しかった両親のことは信じているが、死の際にある人間の言葉も疑うことができなかった。
「普通よりも強く、上限の見えない吸収能力。それが力を発揮しきれないのは、お前が甘いからだ。無意識化で力をセーブするのをやめろ。そんなに、吸い殺してしまうことが怖いか?」
「そんな、セーブなんて」
「していないと言えるか?」
「……分かりません」
そんなつもりは無かったが、もし吸いきったら殺してしまうのであれば? 力を抑えていたと言われれば、否定することはできなかった。
ここで、皆月はサラマンダーの意図に気付く。
「まさか……」
「どうせ死ぬ命だ。俺を殺せ。そして、それで得た力を使え。時間は無いぞ」
時間は無い。サラマンダーの命だけでなく、レッドの命が燃え尽きるのも時間の問題だ。
つまりこれは、サラマンダーを殺すか、レッドを見殺しにするか、なにもしないか。そういう話である。
必ず助けられるという保証は無いが、他に選択肢は無い。なにもしないわけにはいかず、皆月は、どちらかを殺すしかなかった。
悩む時間も無く、皆月はサラマンダーへ顔を近づける。
もう助からないと決まっている仇と、もしかしたら助かるかもしれない人。どちらを選ぶかなど決まっているようなものだった。
無意識では無く、意識的に命を吸い上げる。
力は近いほうが強い。
利き腕で使用したほうが威力も高い。
これを踏まえ、サラマンダーの額に、自分の額を着ける。まつ毛が当たるほどの距離で、目と目を合わせた。
サラマンダーの瞳の奥、体の奥に、妙な力を感じる。初めて触れたが、これがマーダーの根源なのだろう。それを吸い上げようとすれば、背筋がゾクリとする。これを奪えば、相手は命を落とすという確信が、皆月を逡巡させた。
躊躇っているのに気づき、サラマンダーは小声で言った。
「お前、両親を殺していないのに能力が使えたな?」
「………………え?」
「お前に殺せるはずがない。そんな人間ならば、すでに俺を殺しているはずだ。記憶を操作されているんじゃないのか? 哀れだな。自分が手を汚したことすら知らずに、お前は生きてきたのか。本当に、お前の両親は、
サラマンダーは、レッドたちに語った嘘を見抜いた。皆月が隠していた、マーダーでは無いのに能力が使えるという事実を突いた。
まだ、誰も殺していない。不思議な力は使えるが、まだ戻れる。そんな甘さを、容赦なく口にした。
「お前はもう戻れない」
「……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
皆月の雄叫びに、レッドたちは顔を向ける。
敵かと思ったが、そこには皆月の姿しか無い。
ただ、煌めく灰が風に流れていた。
「おい、うるせぇぞ。最後くらい静かに……いや、こんなもんか」
あるべきままを受け入れようと、ただ頷く。
だが皆月はよろめきながら近づき、レッドの頭を強く掴む。
彼女は悲しそうに、諦めたように言った。
「わたしは、マーダーです」
当たり前だ。否定するはずがない。世界中の誰もが、彼女をマーダーだと知っている。
皆月は、自分がもう戻れないという事実を認めるために、レッドの言葉を利用しようとしていた。
しかし、だ。
「バカ言うな。てめぇみたいな半人前以下がマーダーなわけねぇだろ。百人くらいぶっ殺すか……もしくは、元の一般人に戻りやがれ。向いてねぇんだよ、チンチクリン」
あっさりと、彼女の戻れないという悩みは否定された。まだ戻れるどころか、こちら側へ踏み込んでもいない。そう言われたことで、皆月の心が軽くなる。
「いつまで掴んで――」
「今、助けます。わたしの、全部の力を使って」
先ほどやったのと同じように、今度はレッドへ額を着ける。
そして、ゆっくりと目を開いた。
「てめぇ……」
両目が紫色に光っているのを見て、レッドは驚く。半端だとは思っていたが、まさか半分以下の力しか発揮していなかったとは思っていなかった。
皆月は、もう余計なことは考えていない。ただ、自分の全てを注ぎ込もうと、力を送り込む。さっきの逆をやればいい。コツはサラマンダーで掴んだ。
程なくして終わったのか、皆月が崩れ落ちようとし、レッドが支える。
瞬間、三人が目を見開く。ほぼ消えていた腕が戻っており、皆月の体を受け止めていた。
文字通りに全ての力を注ぎ込んだ皆月は、そのまま三日間目を覚まさなかった。
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