6-6 届かない頂

 アンデットとなったサラマンダーは、青と緑の混じった炎を吐き出す。その炎は燃やすというよりも、纏わりつき、溶かすような性質を持ち合わせていた。


 サラマンダーは、常に悲痛な声を上げている。

 本来、アンデットは炎に弱い。だがサラマンダーは元々が炎の繰り手だ。耐性は高い。


 そのせいで、サラマンダーは苦しめられ続けている。

 自身の炎が体へ纏わりつき、全身を溶かす。

 だがアンデットとしての再生能力が上回っているらしく、体は元に戻っていった。


 地獄だ。死にたいのに死ぬことが許されない。

 永遠の責め苦の中、理性も人の尊厳も奪われ、サラマンダーはただひたすらに暴れるしかなかった。



 キリがない、とグリーンは息を吐く。

 単純に敵の数が多すぎる。しかも、そのほとんどが再生をするので、氷の中へ閉じ込める必要があった。

 だがそれを、ホーリーセイバーの騎士たちが防ぐ。どうやら防御に長けたマーダーで構成されているようだ。うまくアンデットの行動をカバーしていた。


 しかし、防御に長けている以上、攻撃力には欠ける。近づかせなければ問題は無いのだが……その攻撃部分を、余りある力でサラマンダーが補っていた。

 理性を失った不死の蜥蜴、多方面から接近を試みるアンデット、フォローに長けた騎士。なぜか彼らの相性は良く、ひたすらに腹立たしく感じてしまう。


 これは、指揮をとっている人間がうまいせいだ。グリーンもそのことには気付いているのだが、指揮官は倒せない。

 敵衆の中に混じっているクイーンを倒すのは、彼女には荷が重かった。。



 遥か後方にあるホテルの最上階のスイートルーム。そこにはミネルバとブラッド、そして二人の接待を任されたバトラーの姿があった。

 目の前に用意された巨大なスクリーンを見つつ、時折、先にある実際の戦場を眺めながらお茶を楽しむ。今回の二人は協力者であり、客人であった。


「しかし、どうするつもりなのかねぇ」


 ブラッドはいまだ、クイーンの考えを理解できず、渋い顔を見せている。

 普通に考えれば、可能な限りの戦力を、三大派閥の全てから投入するほうが早い。

 だが、クイーンは自分のところから出せる戦力をさらに絞り、この作戦を開始した。他からの協力も、必要最小限だった。


「自信があるのでしょうね」


 ずっと無言だったミネルバが口を開いたことで、ブラッドは目を向ける。


「なにか隠し玉があるってか? それにしても、無茶が過ぎると思わねぇか?」

「……」

「いや、話しかけておきながら無視するのかよ!」


 ブラッドは肩を落とし、スクリーンへ目を戻す。ミネルバがつれないことには慣れたものだった。

 しかし、クイーンはなにを考えているのだろうか。マーダー・マーダーを確保したいのは分かるが、このやり方はうまくない。自分のところの幹部もバトラー以外は数人しか連れて来ておらず、残りは赴いてすらいない。

 二人は言葉を交わさずに、その結果をただ見守りながら待つしかなかった。



 ここにはが大量にある。小柄なクイーンの姿は捉えられないが、その断片を宿した無数のアンデットと、巨大なサラマンダーの姿は、常に視界の中にあった。

 どれだけ動こうとも、どれだけ疲れようとも、どれだけ傷つこうとも関係が無い。吸収できる対象さえいれば、皆月は無尽蔵に強くなり続けるのだから。


 アンデットたちは武装している。銃弾を放つが、それはグリーンの氷が防ぐ。いや、抜けたとしても、軽々と躱すことができた。

 皆月は自分の力を理解した。完全に開花している。負ける気などしない。このまま、どこまでも登り詰められる。……などという気持ちはほとんど無い。普通ならば昂揚感を覚え、謎の万能感に包まれ、慢心しているだろう。


 しかし、皆月はただ怒っていた。あのサラマンダーの姿が、どうしても許せない。両親を殺したクソ野郎だと思っていながらも、先ほどまで戦っていた強敵が、ただの獣に落ちたことが、腹立たしくて仕方なかった。

 だから感情のままにクイーンを目指す。一撃ぶち込んでやると、強く決めていた。


 一人ならば逃げ出したいほどの相手であったが、今は背中を守ってくれる友がいる。皆月は、慢心はしていなかったが……この状況に、少し酔っているところがあった。まるで自分が、本物のヒーローになったかのように。

 間違っていることを間違っていると言えるだけの力がある。そんな状況に、一度は憧れたことが無いだろうか? 皆月は今、正にその力を手に入れ、その憧れを叶えようとしていた。


 ――いける。


 堅実に距離を詰めていた皆月は、クイーンの姿を視界に収める。一足飛びで届くと判断し、気を緩め、ついに慢心してしまった。

 クイーンへ向け、高く飛び上がる。このバカがと、グリーンは舌打ちした。


 一発殴り飛ばす。少女の姿をしているが怯むな。

 自分に言い聞かせていた皆月は、クイーンの憐れむような視線へようやく気付いた。


「ガード!」


 グリーンからの通信が入り、慌てて両手を前に出す。彼女も急ぎ対応してくれたのだろう。皆月たちの間に、分厚い氷の盾が出現していた。

 だがクイーンは、その氷の盾を薄いガラスと変わらぬ程度の様子でぶち破り、そのまま皆月の腕を掴んだ。


 まだ落下途中だ。身動きは取れない。皆月の背に冷たいものが奔った。

 背から、思い切り地面へ叩きつけられる。息を求めて口が開き、舌が伸びた。

 少女の体だから力は弱い。そんな常識に捉われたいたことが失敗だ。最古のマーダーであるクイーンは、すでに少女では無い。一体の化け物だった。


 いつの間にか足を掴まれており、また地面へ叩きつけられる。子供がぬいぐるみの足を持って振り回すように、何度も、何度も。

 運の悪いことに、皆月の体は強化されており頑丈だ。普通ならば足が引き千切れているところだが、そうはならずに攻撃が続いた。


 スッと皆月の意識が落ちる。

 振り回され続けていたこともあり、視界に捉えて無力化、もしくは弱体化することすらできず、蹂躙されるだけで終わった。



 さて、これでクイーンの目的を達するための駒が一つ手に入った。

 彼女はもう一つを手に入れようと、視線を上げる。


 その瞬間を待っていたかのように、巨大な氷柱がクイーンの顔を吹き飛ばした。

 ほんの僅かな隙だ。そこを狙おうと溜めていた力を、グリーンは予定外のタイミングで、仕方なく解き放った。もし皆月が健在だったならば、このままクイーンを大幅に弱体化させられていただろう。しかし、その算段はパーだ。


 皆月の下に氷の柱を出現させ、本部側へ飛ばす。

 意識の無い彼女は受け身も取れずに地面へ落ち、グリーンの後ろまで転がった。


「げ、げふぅ」

「迂闊なことしてんなよ! 相手が誰だか分かってんのか? ちょっと強くなったからって調子にのるな! アホ! 死ね! カス!」

「肝に銘じますぅ……」


 ヨロヨロと、皆月は起き上がる。また吸収し始めたのだろう。徐々に力が戻って来ているのを感じた。

 だが、今度は追い込まれる番だ。皆月の回復をわざわざ待ってやる必要は無い。クイーンはサラマンダーとアンデットたちに命じ、全力で攻め込ませる。


「マズいですよ! マズいですよグリーンさん!」

「皆月ちゃんのせいで……」


 言葉の途中でグリーンが止まる。視線は皆月に向いているように思えたが、実際はその後ろを見ていた。

 皆月が振り返るよりも早く、彼女の顔の横から手が伸びる。その右手・・は銃のような形で、指先は相手へ向けられていた。


「どーん」


 ふざけているかのようなセリフへ皆月は苛立ったが、次の瞬間に言葉を失った。


 レッドの指先から放たれたのは熱線・・だ。


 炎を凝縮した熱線が、大通りにいた敵の全てを、クイーンとサラマンダー諸共吹き飛ばした。

 近くにいたせいもあってか、皆月の肌はチリチリと焼けており、だがその熱線の力を吸収していたことで、回復し始めている。


 目を見開いたまま、彼女は振り向く。

 普段のレッドとはまるで違う。

 金色の髪はゆらゆらと炎のように揺れており、その全身はオレンジ色に輝き、少し体が透けているように見えた。


 今までも強いマーダーだとは思っていた。本当ならば勝てる相手でも無いと理解していた。

 だが、それどころでは無かったことに皆月は気付く。


 ようやく立ち上がれるようになった子供と大人。戦えば、どちらが勝つかなんて誰にでも分かることだ。その圧倒的な実力差に、そもそも戦うことすらできない相手だったことに気付いてしまい、皆月は震えながら呟いた。


「……これが、真の――」

「――アッシュロード!」


 周囲の灰や煤が一ヶ所に集まり、瞬く間に少女の姿へと変わる。

 血の気の無い白い肌で恍惚とした表情を浮かべながら、クイーンは帰って来た愛しい人の名を口にしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る