エピローグ
三日後。皆月が自室で目を覚ますと、近くには三人の姿があった。
今、この町の病院はごった返している。眠っているだけのやつを預けるのは難しく、グリーンが着替えなどの面倒を見てやっていた。
そしてレッドと上杉と言えば、先日の戦いで自分たちが死んだように情報を隠蔽している。最早ここに留まる必要も無く、逃げ出す時間も稼いだので、ゆっくりと皆月の目覚めを待っていた。
自室を見回し、皆月は眉根を寄せる。
「あの、部屋の中が妙に綺麗じゃないですか?」
「世話になっていましたので、私が掃除をしておきました」
「……煙草臭いのは?」
「吸い殻を灰皿に入れているだけマシだろ」
「うちの部屋、禁煙ですぅ」
「もう出て行くんだからいいだろ。うるせぇやつだな」
「え?」
そもそも、彼女は目が覚めたばかりだ。状況を理解できていない。
キョトンとしていると、レッドが言う。
「じゃあ、行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「……はぁ? お前、忘れたのか? いいから早くしろや」
先にレッドと上杉は部屋を出てしまい、グリーンにせっつかれて着替えを行う。
そしてなにも分からないまま車へ乗り込み……辿り着いたのは、最初にレッドと戦った場所だった。
「ここは、懐かしいですね」
「よし、やるか」
「……んんん?」
皆月が首を傾げていると、レッドがにたぁっと笑った。
「安心しろ。てめぇが寝ている間、無理矢理目をこじ開けて、オレの力をたらふく食わせてやった。面白いほどに喰ってくれたからな。調子も良いだろ?」
言われて体を動かしてみると、なるほど確かに軽い。
「い、いやいやいや! そんなことをしたら、また灰になっちゃいますよ!?」
「あぁ、言ってなかったな。その心配は無い。克服した」
「……はぁーん?」
レッドが右腕の裾を捲る。すると、その右腕には鱗がビッシリと生えていた。
シャツも捲り上げて見せてくれたが、どうやら大部分に鱗が生えているようだ。
「サラマンダーの……?」
「そうみてぇだな。お陰で、自分の力にも耐えられるようになった」
ほぼ人では無くなってしまったが、そのことについては気にしていないようだ。細かいことは気にしないレッドらしい考え方だった。
ボケーッと皆月がしていると、炎が放たれる。目を見開き、その力を吸収した。
「な、なにをしているんですか!?」
「いいから喰え。サラマンダー程度の力で溜まるなら、オレの力ならすぐだろ」
容赦なく炎を繰り出しているように見えるが、徐々に炎を強くしており、皆月へ力を与えていた。
この三日間、レッドは寝る間も惜しんで力を使い、皆月の早期回復に努めた。自分の生命維持すらもままならぬほどに力を送り、死にかけていた恩人へ。
だから今、借りを返している。自分が死ぬ恐れもなくなったのだ。いくら報いても返せぬと、レッドは考えていた。
力を完全に掌握していたこともあったからだろう。
数分ほど業火に曝され、皆月の両目が輝く。これで準備は整ったなと、レッドは歪な笑みを浮かべた。
「あの、一体なにを……」
「これで容赦なくぶっ殺せるってもんだよなぁ! 覚悟しろよチンチクリンがぁ!」
「……ええええええええええええええええええ!?」
「じゃあ、試合開始ってことで」
「グリーンさん!?」
レッドの体調は万全では無い。その点、皆月はすこぶる絶好調だ。どちらが有利かなど考えるまでもない。
しかし、レッドはヒート状態で平然と歩を進ませる。なんの憂いも無くなったのだろう。クイーンと戦ったときよりも、活力が漲っているように思えた。
「ぐっ」
皆月は両目を見開き、吸収を行う。攻撃へ転じることはできない。その瞬間殺されるイメージが、脳裏を過っていた。
近づかれるよりも早く、吸い尽くすしかない。なぜ目覚めたばかりなのに、命のやり取りをせねばならないのか。泣きそうな気持ちのまま、皆月は必死に力を吸い上げた。
レッドも余裕そうに見えるが、実際はそうでもない。散々力を吸わせていたこともあったが、足を出すことが億劫なほどに体は重かった。
しかも、進めば進むほどに、その重さは増していく。平然とした顔は、ただの強がりだった。
必死な形相をした皆月の前へと辿り着いたレッドは、ゆっくりと手を伸ばす。
その手は額の前まで来たが、皆月は目を見開いたまま動かない。
「強くなったな」
「え?」
小声でレッドが言ったことへ気を取られ、ほんの僅かに気が抜ける。
もちろん、見逃してなどはもらえない。額に指先が触れ、皆月は死を覚悟した。
バッチーンと、良い音が響く。
強烈なデコピンを食らった皆月は、額を押さえて地面を転がった。
「いたあああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいい」
「ハッハッハッ! ざまぁ見やがれ! オレの勝ちだ! 誰が最強か分かったか? 二度と最強とか名乗るんじゃねぇぞ!」
「一度も名乗ってませんからね!?」
しかし、ふと皆月は思う。なぜ殺さなかったのだろう、と。
煙草を咥えたレッドは、初めて見せる笑みで言った。
「命を救われた借りがあるからな、殺したりはしねぇよ。……だが、勘違いするなよ。オレはてめぇのことが大嫌いだぜ、
初めて見せる笑顔で、初めて名前を呼ばれた。
これは別れだ。これで終わりなのだ。
自然と理解した皆月も、同じように言い返す。
「わたしも、最初からずっとあなたのことが大嫌いですよ! レッドさん!」
満足したのだろう。レッドは背を向け歩き出す。すぐ後ろに、上杉とグリーンも続いた。
しかし、ピタリとグリーンが足を止める。彼女は少しだけ躊躇っていた。
それを見抜いていたのか。彼女が再度足を前に出すより早く、レッドが言った。
「残りたければ残れ。好きにしろ」
続いて上杉も言う。
「私たちはアンダーへ向かいます。マーダー・マーダーを狙うやつらを全て殺さないと、借りを返せないとレッドが言っていますからね」
「言ってねぇだろ。ぶっ殺すぞ」
「素直じゃないんですよ。マーダー・マーダーの護衛が必要だと思いながらも、言えないくらいには、ね」
「おい」
「すみませんでした」
レッドの声が低くなったのに気づき、上杉が口を噤む。
だが、わざわざ二人が理由を作ってくれたのだ。その言葉に甘えようと、グリーンは決めた。
「じゃあ、皆月ちゃんの面倒はボクが見るよ。一般人に戻るつもりみたいだけど、そんなに甘くないからね。レッドも、そのほうが安心でしょ?」
「はぁ? オレは好きにしろって言っただろうが。飽きたらアンダーに来い」
「ボクが守ってやるから任せておけって!」
「……どいつもこいつもよぉ」
なにか言いたげではあったが、それ以上は何も言わずに、レッドたちは立ち去って行く。
グリーンが残ることに気付いたのだろう。皆月も、彼女の隣へ並んで見送った。
二人が見えなくなったところで、上杉は一つの疑問を口にした。
「そういえば、最初にマーダー・マーダーと戦ったときですが」
「オレの負けだ。唯一の黒星になるな」
大した相手では無いと舐めてかかった。力を抑えた結果、その力を吸収され、テーザーガンで仕留められた。
などというのは、言い訳に過ぎない。だから、レッドは素直に負けを認める。相手が皆月でなければ、殺されていたという事実を。
「……あばよ、マーダー・マーダー。二度と会わないことを願っているぜ」
それは、もう会いたくない、戦いたくない、という意味合いでは無い。
マーダーらしくない彼女には、普通の生活が似合っている。だからもう、こちらへ踏み込むなよ、という祈りだった。
一時的に交わった線は、正しい方向へ進みだす。
そして、二度と交わることは無かった。
人を殺せないマーダーと、最強のマーダーは、こうして別れを遂げた。
これより一年後。マーダー・マーダーが狙われることは無くなり、忽然とマーダーたちは姿を消す。残ったのは、皆月とグリーンだけだ。
別の世界へ渡った、という謎の噂が立ったが、答えを知る者はいなかった。
~完~
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