5-9 一つへ
両手を広げ、自らを盾としたトワイライトの片翼は、全身に無数の傷を刻みながらも、それを一瞬で消してしまう。再生しているのでは無い。巻き戻しているわけでも無い。最初から無かったように、傷は消えていた。
この最強の盾は、そのまま足を進ませる。
目論見に気付き、グリーンは舌打ちした。
「皆月ちゃん下がって!」
「このまま迎え撃ちます!」
言うだけ無駄であろうことは、グリーンも薄々気付いていた。そして何よりも、皆月は正面からの戦闘でこそ本領を発揮する。こうなることは必然でもあった。
目の前にいるトワイライトは、笑みを浮かべながら腕を振るう。皆月はスレスレを避けて踏み込むつもりだったが、嫌な予感を覚えて大きく下がった。
彼女の前を通り抜けようとしていた腕は金属の剣となっており、視界内に入って崩れ落ちる。もう少し前にいたら、その切っ先は届いていただろう。
「勘がいいわね、避けられたわ」
「勘がいいわね、でも次は無いわ」
言うまでも無いが、近ければ近いほど、視界は狭まる。
トワイライトは今の一撃で、皆月の能力の範囲を完全に見切り、勝利を確信していた。
距離が近い。下がろうとすれば詰めればいい。死角は多く、グリーンでも防ぎきることはできない、と。
思わず二人は笑みを浮かべたのだが、盾となっていた一人の顔が弾ける。
地面と足を固定していたため吹き飛ぶことこそ無かったが、そうでなければ二人は分断されていただろう。
なにが起きたのか分からない……などというのは素人だ。トワイライトの二人は、皆月に殴られたのだと理解していた。そして、その攻撃が異様なまで速いことも。
皆月は息を整え、ただ素早く拳を振るう。威力を籠める必要などは無い。そんなことをせずとも、彼女のパンチ力はヘビー級ボクサーにも勝る。
これまでの戦闘で、皆月も学んでいた。能力とは、平静であるほうが強い。動きが少ないほうが強い。
つまり、殴り続けている限り、その能力は弱まり、精度を落とす。
後ろにいるもう一人の攻撃に関しては、グリーンが完全に抑えてくれる。
皆月のやるべきことは、倒せぬ相手を殴り続けることだった。
殴られた跡は一瞬で消えるが、衝撃が消えたわけではない。考える暇すらなく、殴られる。正にただの盾となっていた。
この状態は非常に危うく、二人は後ろへ下がる。
トワイライトの能力とは、一人は金属を操る力。
そしてもう一人は共有。
互いの都合の良い部分を共有する力であり、今のように傷も一瞬で消え、異能の力だって多少弱まるが共有される。腕が飛ばされようとも、もう一人が無事であれば、その腕も元に戻るという性質の悪い能力であった。
代わりに、この能力は使用対象が限られており、トワイライト以外に使用した場合、その効果は激減する。双子のためにある能力であり、双子以外には効果の薄い能力であった。
今、盾となっているのは、当然だが金属を操る能力を所持しているトワイライトである。
すぐ後方にいる共有能力者は、彼女の命さえ守れれば、気絶していようとも能力の行使が可能だ。……しかし、このまま盾としていても、状況は好転しない。ただ一人が無力化されるだけだと、二人も気付いていた。
逃げるつもりは無い。一時的に撤退し、立て直せばいい。姿の見えないところから、攻撃し続ければいい。決してマーダー・マーダーは倒せない相手では無い。
だがそれは、彼女たちにとって都合良く話が進めばの話だ。
現実はそんなに優しいものではなく、戦闘を行いながらも油断せずに準備を進めていた彼女は、ようやく全てを終えたところだった。
トンッと、扉から出ようとしていたトワイライトの背がなにかに触れる。
冷たいそれに気付き、二人はグリーンを睨みつけた。
「小細工ね」
「小細工よ」
周囲を氷の壁で覆ったのだろう。崩してやろうと、金属を引き寄せようと手を伸ばした。
……しかし、なにも起きない。引き寄せようとしたものが固定されているように動かず、トワイライトは眉根を寄せた。
「……ふぅ。本当に、ボクは弱いなー」
グリーンは息を吐く。
ここでの戦闘が始まってから、トワイライトの能力範囲を
彼女が目標としている二人ならば、余計な時間を掛けたりはしない。もっと早く倒していただろう。
「まさか、そんなことが!」
「あり得ないわ! 引き寄せられる!」
しかし、なにも起きない。彼女の能力は、金属を操る能力である。金属を生み出す能力では無い。全て固定されている以上、できることは無かった。
だが皆月は不思議そうに目を凝らし、後頭部をグリーンに叩かれた。
「ちょっとやめてくれないかな!? いくらここが暗いとはいえ、皆月ちゃんに見えない範囲を凍らせるの大変だったんだよ!?」
「ご、ごめん」
グリーンがどれほどの労力を費やしたとしても、皆月の能力には関係無い。少し歩を進ませて氷壁を捉えれば、簡単に消してしまうだろう。
追い詰められたトワイライトの一人は、もしかしたら届くかもと氷壁へ体を押し付ける。
だが慌てることもなく、グリーンは言った。
「それを待ってたんだよねー」
氷が砕け、一人は壁の中へと入り、そのまま用意されていた滑り台で強制的に移動させられていた。
そして、分断された先で閉じ込められる。引き寄せられるものはなく、脱出する術は無かった。
「さて、終わりにしようか」
後は一人ずつ殺すだけだ。皆月が見続けていれば、もう一人の能力も発動しないだろう。一応、距離も十分にとっているので、そもそも能力の範囲外かもしれない。
負ける要素は潰したと、グリーンは歪に笑う。
しかし、皆月は喜々として言った。
「捕らえますね!」
「……いや、殺すよ?」
「ダメですって!」
このくだらないやり取りの中、残されたトワイライトの一人は、ソッと切り札を取り出す。真っ赤な錠剤はブラッドから渡された、特別なハローワールドだ。
彼女はそれを、口の中へ放り込んでガリガリと噛む。
皆月はギョッとしていたが、グリーンは呆れ顔だった。
「……無駄だよ。この状況を作った時点で、お前たちに勝ちは無い。どれだけ力を強化しても、一瞬で引き寄せることはできない。お前を殺すことは簡単だよ」
しかし、時間をやれば引き寄せるだろう。死に際でこそ、マーダーとは力を発揮するものだ。
グリーンは躊躇いなく、皆月に気付かれぬよう彼女の視界範囲外である、トワイライトの後方から氷の槍を飛び出させる。
だが、それが体を貫くよりも早く、トワイライトは血を吐き出した。
「あ……う……?」
グリーンはそう判断したが、実際は違う。ブラッド特製のハローワールドは、本来の十倍の濃度で作られており、飲めば十中八九死ぬことが決まっていた。
「……トワイライト」
今は姿の見えぬもう一人の自分へ、トワイライトは手を伸ばす。
それに気付いたかのように、氷へ囚われているトワイライトも手を伸ばした。
「……トワイライト?」
血と泡を吐き、涙を流しながら彼女は倒れる。
同時に、生き残ったもう一人は大切なものを失ったことに気付き、叫び声を上げた。
外にいた二人は、トワイライトの片割れが死んだことに気付く。
レッドは予想通りだったのか、取り立てて大きな反応は見せないが、ブラッドは大きく肩を落とした。
あのハローワールドで生き残ることがあれば、特別な強さに目覚めたかもしれない。そう、それこそアッシュロードのように。
だが、ブラッドの目論見の一つは失敗に終わった。後はほぼ成功しないであろうもう一つの成功を祈るしかない。
「神よ……。神ってなんだ……? ホーリーセイバーのあれじゃないよな。あぁ、あのトリップしてるときに見るカラフルなやつか? たぶんそうだな。よし。ラリってるときにだけ現れる神よ……、我が願いを聞き届けたまえ……」
ブラッドの訳の分からない祈りに、レッドは嫌そうな顔を浮かべた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
叫び声を上げながら、爪が剥がれることも厭わず、トワイライトは氷壁へ爪を立てる。
あそこに行かせてくれ。一緒に死にたい。それだけを願っていた。
手持ちの特別なハローワールドを取り出し、齧りながらも氷壁を掻く。血を吐いても止まることはなく、理性を失った獣のように繰り返していた。
しかし、その体がドクンと大きく脈打つ。
トワイライトは動きを止め、困惑気味に手を伸ばし始めた。
「感じる……? そこにいるの? トワイライト……?」
これは一時的な強化だ。共有能力が増したため、範囲が広がっただけに過ぎない。
共有能力の強化のお陰か、はたまた特別なハローワールドの効能か、双子だったからか。理由は分からずとも、彼女は確かになにかを捉え、それで自分の心に空いた穴を埋めた。
「――あぁ、ついに一つになれたのね、
充足感に満たされたトワイライトは、胸を抑えながら涙を流す。
ようやく二人は一つになれたのだと。
「強い、強い力が漲っている。今なら簡単に殺せるわ」
「いいえ、ダメよ。まだ制御ができていない。今は一度退くべきよ」
「そんなことはできない。あの二人を、今ここで殺すわ」
「落ち着きなさい。確かな勝利を得るために、今日は敗北を認めましょう」
「……そうね、分かったわ。あなたの言う通りね」
一人で二人分の会話をし、ふぅと息を吐いたトワイライトは能力を行使する。
前よりも遠くまで届き、力強く引き寄せることができ、簡単に氷の壁の一部を破壊できた。
地面に空いた穴へ飛び込み、トワイライトは姿を消す。
次は確実な勝利を得るために、一時の屈辱を受け入れて。
先ほどまでとは違い、ブラッドの顔が無邪気な子供のようにパァッと明るくなる。これは正に奇跡だと、ラリってるときにしか現れない神へ感謝してしまう。
片方が死ねば、共有して一つとなる可能性はあった。だが、薬の効果も手伝い、彼の想像以上の結果を齎していた。
トワイライトの体を調べれば、また新たな薬を作り出すことも可能だろう。マーダー・マーダーの血も手に入れたので、彼としては非情に面白いことになっていた。
「よぉっし! 俺様は帰るぞ!」
「さっさと消えろ」
「……冷たくない? 手を振ってくれてもいいんだよぉ?」
期待に応え、レッドは犬を追い払うように手を振る。ブラッドはしょんぼりとしながら、その場を離れて行く。
ふと、妙な音が聞こえてレッドは顔を上げる。ゴキリ、ゴキリと、骨を折るときに似た音だった。
「またな、アッシュロード」
暗闇に姿を消した者の背は小さく、ブラッドでは無いことは一目瞭然だ。
しかし、声はブラッドであった。
レッドは困惑したが、素直にあるがままを受け入れた。
「ブラッドがあのガキだったのか。なるほど、違和感の答えにも納得だ」
アイマの正体が分かり、レッドは嘆息する。あの少女の、アイマの態度は演技では無かった。つまり、別人格なのだろう。
――中に何人いるんだ?
それは考えるだけで面倒に思え、首を横に振る。
しかし、今はもっと面倒なことがあった。氷の壁が壊され不機嫌そうなグリーンと、アイマを探そうとしている皆月が、こちらへ駆け寄ってきているからだ。
レッドは少し悩んだ後、煙草に火を点け、上杉の肩を叩いた。
「後は任せた」
「……分かりました」
説明を上杉に丸投げし、レッドは先に車の中へ入る。
その姿を見送った後、二人にどう説明したものかと、上杉は小さく息を吐いた。
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