5-8 2vs2
本人の言うことが事実であるのならば、レッドの目論見は皆月の成長を促すことである。最初から彼女を戦力にしようなどというが建前だとすれば、その目的はおおよそ順調に進んでいるようだった。
そして同じくブラッドにも、皆月の血液以外の目的がある。
うまくいく保証などは無いが、成功すれば楽しいと思っているのだろう。
ブラッドは、戦闘へ介入することもなく、幹部を失うことになろうとも、今の状況を楽しんでいた。
今回の件で一番割を食った
すぐ後ろにはトワイライトの二人もおり、それもまた彼女の気分をより悪くしていた。
グリーンとしては、皆月を先に発見したい。彼女がトワイライトを殺すための鍵だからだ。
しかし、先に、もしくは皆月と同時に、アイマを見つけてしまったら話は変わってしまう。その瞬間、トワイライトの二人が襲って来ることは想像に容易かった。
だがそのことで頭を悩ませているのはグリーンだけではない。トワイライトの二人も躊躇っていた。
二人は、アイマという見たこと聞いたこともない幹部の少女を連れ戻すように言われ、訝し気に思いながらこの国へ赴いている。それが、ブラッドの残した手紙一通だったことも、彼女たちの疑心を深めていた。
そして今、なぜかアイマという少女がまた攫われている。グリーンたちが驚いていたことから、別の勢力が動いていると警戒するのは当然のことだろう。
トワイライトは、その勢力を確認しない内に、グリーンと敵対するわけにはいかない。もし万が一にも、他勢力とグリーンが手を組むようなことになれば、彼女たちとしては煩わしいことになるのが分かり切っていた。
……その一点に関しては、グリーンのほうが有利だろう。なんせ彼女たちは、常に全てを敵だと認識している。トワイライトのように、他勢力を警戒するのは常日頃からのことであり、気を回す部分では無かった。
特に会話をする必要もなく、無言のまま一行が不気味な廃病院を進むこと十五分。誰かのすすり泣く声が聞こえ、グリーンは舌打ちした。
これは、幽霊などの類を想像したからでは無い。今、泣いているとすれば年齢から考えてもアイマだろうと判断したからだ。
――姿が見えた瞬間、戦闘になるなぁ。
グリーンは身構え、トワイライトも同じく。互いを警戒しながら、泣き声へと歩を進める。
しかし、だ。辿り着けば、そこで泣いていたのは皆月だった。
鎖で縛られたまま宙づりにされ、指は噛まれ、血液は抜かれ、挙句の果てに廃病院へ一人放置された。
最初こそ気丈に振舞っていたが、明かりはジジジジと音を立てる非常灯と月明り、謎の水音、たまに闇で蠢く虫。冷たい空気と嫌な気配に包まれ、精神は限界を来していた。
結果として、皆月は泣いた。大声で泣けばこの世ならざるものが寄って来るかもしれないと考え、近づいて来る足音にも気付かず、一人しくしくと泣いていた。
三人はマーダーだ。そして皆月もマーダーだ。この世で最も恐ろしい存在は、間違いなくマーダーである。……そう自負していたからこそ、この展開は予想外であり、三人は固まっていた。
ふと、皆月は妙な気配に気付いて顔を上げる。
暗闇に謎の足が六本見えており、彼女は甲高い悲鳴を上げた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! もうやだやだやだやだ! 助けて帰りたい! おとうさんおかあさああああああああああん!」
皆月は、お化け屋敷の類が苦手だ。逆にゾンビゲームなどは得意だ。クイーンと対峙した際に動揺しなかったこともゲームのお陰である。
つまり、廃病院などもっての他で、最初からずっと叫びたいのを我慢していたが、感情が決壊してしまった。
グリーンは耳を塞ぎたい気持ちを抑えながら、氷の刃で鎖を断ち切る。
「うわああああ……ぎゃんっ!?」
受け身も取れずに落ちた皆月が、泣きながら変な声を出す。
……このマヌケな声が、戦闘開始の合図となった。
先ほどまで呆然としていたトワイライトよりも、僅かにだけグリーンのほうが早く正気を取り戻している。その短い時間で準備を整えていたグリーンは、なにが起きたのか分かっていない様子の皆月へ一足飛びに近づき、すぐに氷の壁を展開させた。
少し遅れて、氷の壁へ金属が衝突し始め、ガガガガガガガッと嫌な音が響いていた。
「なんですかなんですかなんですかー!? ポルターガイスト? ポルターガイストですねー!?」
完全に錯乱している皆月を、グリーンは容赦なく鎖を引っ張り、強引に解放した。
「わわわわわわわ!? ……グリーンさん! 助けに来てくれたんですね!?」
皆月は泣きながらグリーンの腰へと抱き着く。
だが今、皆月をなだめすかしている余裕は無い。グリーンは頬を掴み、引き千切れても良いだろうと全力で引っ張った。
「いぎゃああああああああああああ!?」
「戦闘中だよ! 怖がるのも泣くのも喜ぶのも、全部死んでからにしてくれるかな!」
「えっ、腰細過ぎじゃないですか? 羨ましい……」
普段、レッドに罵倒され続けているだけあり、この程度の言葉で皆月はへこたれない。彼の荒い口調に比べればなんのそのといった様子だ。
だがグリーンからすれば、そんな余裕があるのなら、他に発揮してもらいたい。主に戦闘へ。
なので、今度は逆の頬を掴んで引っ張った。
「いいから戦え!」
「ひゃひゃかいまひゅー! み、皆月頑張らせていただきます!」
ようやく少しは冷静さを取り戻し、状況を把握したのだろう。皆月は髪を掻き上げ、能力を発動させた。
途端、視界に入った氷は消え、金属は地面へ落ちる。
聞いた通りだと、トワイライトは笑みを浮かべた。
「さすがね、噂通りだわ」
「さすがね、でもこれからよ」
全員、特に皆月の能力へ驚くこともなく、戦闘を継続しようとしている。
……そう見えたが、グリーンだけは違った。
――力が強くなっている?
ずっと一緒におり、訓練を行っていたグリーンだからこそ分かる。なぜかは分からないが、確実に皆月の力は強くなっていた。
現状、皆月の力が強くなることで、不利益が生じることはない。むしろ望ましい。
ただ、その理由が不可解であり、グリーンは眉根を寄せる。
しかし、戦闘中だ。考えている時間は無い。
「わたしが前に出ます!」
「ん? オッケー!」
皆月が前に出たのを見て、グリーンは考えていたことを全て捨て去った。今の戦闘を乗り切ることに、皆月の強くなった理由は必要無い。大事なのは、彼女の力がどれほどなのか、ということだった。互いの実力を把握してこそ、連携もとれるというものだ。グリーンは、自分のほうが戦闘経験豊富なことを理解し、皆月の援護へ回ることを決めた。
これに関し、トワイライトの二人は読み間違えた。
過去の戦闘を鑑みても、グリーンは好戦的であり、援護をするような性格では無い。そう決めつけてかかったのだ。
実際のところ、性格に関しては間違っていないのだが、戦い方に関しては違う。グリーンは常に、レッドたちの援護をしてきた。主だって戦うこともあったが、他人の援護は得意分野であった。
突撃する皆月は、目の前に生じたトワイライトの能力を片っ端から無効化していく。もちろん、全てを打ち消せたわけではないが、半分ほどは無効化に成功していた。
「視界範囲のみ」
「後ろから攻撃を」
しかし、トワイライトも想定していたらしく、皆月の能力範囲を見切り、範囲外へ能力を発動させ、後方から先を尖らせた金属を襲わせた。
だがそれは、当然予測していたとばかりに、グリーンの氷で迎撃される。皆月の弱点である後方や左右からの攻撃は、グリーンが完全に防いでいた。
もちろん、それだけではない。皆月の視界にさえ入らなければ、能力を行使することはできる。それを活かし、トワイライト自身を、視界を遮る壁として、その後方から氷での攻撃を行った。
「マズいですわ、困りました」
「マズいですわ、どうしましょう?」
慌てながらも、それを見せないように気を付けながら、トワイライトの二人は足を動かす。
止まりさえしなければ、氷は皆月の視界へ入って消える。グリーンが打ち消されないほどの力を溜めれば、その間に皆月を殺せる。
トワイライトにとって問題はただ一つ。
今のままでは、物の数秒で皆月が自分たちの元へ辿り着いてしまうことだった。
チラリと目を合わせた二人は、仕方ないと頷く。
そして、一人が無防備に前へ出た。
躊躇わず、皆月は踏み込む。
「仕留めます!」
この言葉に対し、グリーンは逡巡する。明らかな罠であり、行かせても良いのかと。
……しかし、この一秒に満たない時間で、好きにやらせようと決めた。余計なことを考えさせれば、皆月は動きが鈍る。それならば、突撃させているほうがマシだと判断したからだ。
スッと、トワイライトの一人が、盾となったもう一人の影に入る。こうすることで一人、皆月の能力から完全に外れることとなった。
これによって皆月の見えていないところへ、能力を100%行使することが可能になる。つまり、トワイライトの狙いは、後方で援護しているグリーンの負担を重くし、皆月を仕留めることだった。
たまに届く攻撃への対処で、皆月の足が鈍る。視界を動かし、打ち消さなければならなかった。
だが皆月への攻撃と、自分への攻撃が増していく中、グリーンは歪な笑みを浮かべる。
「へぇ? レッドじゃなくてボク相手なら、
後ろから聞こえた声に、皆月はビクリとする。
一瞬だけ目を向けると、グリーンの顔に悪魔のような笑みが浮かんでおり、皆月はその顔にレッドを彷彿とさせて、ブルリと体を震わせた。
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