幕間 三王会議
無事に人工島アンダーへ戻ったブラッドは、「強くなりたい」と願ったトワイライトの体を調べていた。
当初はなにかしらの変化があると思われていたが、なにも変わってはいない。能力が強くなり、一人で二人分の能力を使用し、二人いるかのように会話を行ってはいたが、体内での変化は見つけられなかった。
ブラッドが推測するに、一時的な能力の強化や、双子ゆえの相性の良さ、片割れが弱っていた。そういったものがうまく作用し、
二つの能力を使用できる面白いマーダーが現れたのは喜ばしい。だが、狙ってまた同じマーダーを出現させられるかと聞かれれば、ブラッドは首を横に振るしかなかった。
しかし、当面の間、トワイライトは戦わせられない。いくら双子であったとはいえ、二つの精神が混ざり合うという事象は負担が大きいらしく、大事な検体を休ませてやろうと決めていた。
ようやく一息吐くことができたブラッドの元へメールが届き、彼は眉根を寄せる。
差出人は『クイーン』。
これより三王会議を行うとのことだが、拒否権は無い。もし行かなければ、夜の国とホーリーセイバーは、エクスタシーへ敵対することになっている。三大派閥には、そういう面倒な決まり事があった。
仕方なく、ブラッドはジャケットを羽織る。
そして名残惜しそうに、トワイライトの呻き声に包まれていた部屋を出た。
人工島アンダーの敷地は、各派閥が二割ずつを管理している。
残りの四割には、どの派閥にも属したくないと考えるマーダーが、好きに住み着いていた。
この四割を放置している理由は、後に仲間になる可能性があるからというのもあるが、労力に見合わないと考えてのことが大きい。なんせ、居住者の90%はマーダーだ。迂闊に藪を突けば、三大派閥のトップとも渡り合えるマーダーが現れてもおかしくない。大人しくしてくれているのなら、そのまま大人しくしてもらっていたほうがいい。その件に関しては、三人とも意見が一致していた。
四つの領土の中央と、港、空港だけは中立地帯となっている。
ここで問題を起こすことは許さないと定められており、破った者で生きている者は数えるほどしかいなかった。
中央の中立地帯には、三大派閥のトップが会合を行う屋敷がある。
この島でもっとも美しい屋敷だが、関係者以外は近寄らないという不文律があった。
ブラッドが屋敷へと入り、いつも会議が行われる部屋へと赴く。
中にはクイーン、ミネルバ、お付きに幹部が一人ずつと、屋敷の使用人の姿がある。お付きなどを連れ歩く習慣の無いブラッドとは違い、二人は当たり前だが幹部を付き添わせていた。
ブラッドは椅子へ腰かけ葉巻を取り出す。
サッと使用人が灰皿を置いた。
「コーヒー。泥みたいに濃いやつ」
喫茶店でも聞かないような注文へ、使用人は一礼して部屋を出る。
話は飲み物が届いてからだろうとブラッドは思っていたが、どうやらミネルバは、余程この時間が嫌いらしい。早く帰りたいと言わんばかりに口を開いた。
「それで、要件は一体どのようなものですか?」
ホーリーセイバーのトップ。
しかし、慣れているのだろう。ブラッドもそのことへ苦情を言うこともなく、クイーンも気にせず話し始めた。
「――マーダー・マーダーを確保するために動くことを決めた」
ミネルバは瞠目していたが、ブラッドはあまり驚かず、置かれた熱いコーヒーへ息を吹きかけていた。
各々の反応を無視し、クイーンも続ける。
「なに、心配するな。今のところ、お前たちと争うつもりはない。持ち回りで、三日毎に交代で管理するのはどうだ?」
すでに捕らえることは決まっているのだろう。事が済んだ後のことをクイーンは提案する。
しかし、ミネルバはきっぱりと言った。
「その提案は受け入れられません。彼女は我々、ホーリーセイバーの手で保護します」
当たり前だ。どの組織も、マーダー・マーダーの力を欲している。
彼女たちからすれば、勢力図を書き換える可能性を秘めた存在だ。譲れるはずもなければ、三日毎などという提案を受け入れられるはずもない。その三日で、なにがあるのかも分からないのだから。
しばしの静寂。ようやくコーヒーが冷めて来たのか、舐めるように口へ含んだブラッドが、何かを取り出し机の上に転がした。
小さな錠剤だ。
「これは?」
キョトンとした様子のクイーンへ、ブラッドが答える。
「マーダー・マーダーの血から作った薬だ。三秒ほど能力を無効化できる」
「っ!?」
「……ほう」
たかが三秒、されど三秒。
もし飲ませることができれば、あらゆるマーダーを殺せる可能性を秘めている。
その事実には二人も気付いており、動揺を隠そうとしていた。
「しかし、なぜこれを?」
わざわざ教える必要は無かった。なのになぜ出した、と二人の目がブラッドを捉える。
それに対し、ブラッドは肩を竦めた。
「俺様たちは手を貸さない。代わりに、その薬を二錠くれてやる。……全部出せ、とかいうのはやめろよ? 研究用に残してる分まで渡すつもりはねぇからな?」
二人に、ブラッドの言葉はほぼ届いていない。
この薬は未完成だ。完成させれば、マーダーの能力を完全に消し去ることも可能になるかもしれない。その事実に気付いていた二人は、マーダー・マーダーの危険性を再認識していた。
当たり前だが、三人は考えが違う。
クイーンはマーダー・マーダーを捕らえ、管理下におきたい。
ミネルバはマーダー・マーダーを仲間にし、組織の教えを広めたい。
ブラッドは……今のところ、マーダー・マーダーは泳がせておきたいと考えていた。血は手に入れたし、研究の時間もほしい、という建前もあるが、実際のところは違う。
――怖いのだ。
マーダー・マーダーがでは無い。その近くにいる、アッシュロードが、だ。
よって、大きくは動かない。多少血を抜いたりはするが、それだけだ。
クイーンのように、アッシュロードを愛することもない。
ミネルバのように、アッシュロードを嫌悪することもない。
ブラッドはただただ傍観者を貫く。
彼は、自分だけはアッシュロードと敵対しないことを決めていた。エクスタシーのバカたちがなにかをやらかしたとしても、ブラッド自身が敵対をしなければ問題が無い。それが彼のスタンスだ。
戦うことは好きだし、負けることも嫌いではない。だがそれは前提として、勝つか負けるかの勝負だからこそ、というものがある。よって、勝てないと分かっているアッシュロードとだけは戦いたくない。ただ命を落とすだけの戦いに、彼は面白さを見いだせなかった。
二人の異常者たちを見て、ブラッドは嘆息する。この二人はどうして、あれと何度も戦おうなどと思えるのだろうか、と。
ブルリと、ブラッドの体が震える。本気のアッシュロードを思い出すだけで震えが止まらない。あんなものと戦うくらいならば、全マーダーを敵に回す方がマシだと、彼は本気で思っていた。
……だが、まぁ他のやつがなにかをする分には好きにすればいいとも思っている。
最低限の援助は提供したため、彼女たちがマーダー・マーダーを捕らえたとしても、利権を決める会合には呼ばれるだろう。
互いの出す戦力の話をしている二人を残し、ブラッドは一人部屋を出る。振り返ることもせず、胸の中で思った。
――どうせ灰になるだけなのになぁ。
彼は二人のマーダーに憐れみを抱きながら、
だが思い出したようにスマホを取り出し、電話をかけた。
「もしもし? 俺様だけどよぉ――」
協力者へ情報を伝えながら、ブラッドは思う。
どうせ後一年もすればアッシュロードは
彼女たちがその事実に気付いていないとはいえ、今のタイミングで仕掛ける運の悪さに、ブラッドは肩を竦めるのだった。
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