5-2 止める者はいない
二人が立ち去った後、レッドは牢獄へ戻されることもなく、車へ乗り込んでいた。
レッドは煙草に火を点け、上杉に聞く。
「で? どこに行くんだ?」
「ハローワールドが見つかりました」
「それが?」
この国には異常にマーダーが少ない。銃が規制されていることもあるが、他よりも教育が行き届いていることもあるだろう。人を殺すのは悪いことだと誰もが知っている。マーダーとは、異常な素質があってこそ覚醒するものだ。
しかし、少ないとはいえマーダーがいる以上、ハローワールドが流通するのは不思議なことではない。
だからレッドは、特に興味無さげにしていた。
「実は驚くことに、この国では、ハローワールドはほとんど見つかっていなかったんですよ」
「マーダーが少ないからだろ」
「えぇ、私もそう思っていました。しかし、ハローワールドを所持している一般人が、複数見つかれば話は別です」
「一般人?」
この上杉の言葉には、レッドも困惑を隠せない。
ハローワールドとはマーダーにこそ効果を発揮するが、一般人には大した効果を発揮しない。精々が、多少ハイになって、そのうち廃人になるか死ぬだけだ。
もっと安価でお手軽なドラッグがいくらでもある。一般人が、わざわざハローワールドを使用する理由は無かった。
無差別にばら撒いている。これから浸透させようとしている。なにか別のことを隠す囮にしている。
予想はいくらでもできたが、レッドは首を横に振った。
「エクスタシーは、夜の国やホーリーセイバーとは違う。なんの理由もなく、面白いからばら撒いている可能性も高い。考えるだけ無駄だ」
夜の国は、ヨルの指示で動いている。
ホーリーセイバーも、大司教の指示で動いている。
だが、エクスタシーは違う。トップこそいるが他二つとは違い、意味の無い行動を喜んで行う。彼らは面白ければ、それでいい。
例えばだが、エクスタシーの起こした有名な事件がある。
とある組織とハローワールドの取引を行った際のことだ。なんの問題も無く終わるはずの取引だったが、彼らはなぜかその途中で戦闘を開始し、全員が殺された。
もちろん、組織側からはエクスタシーへのクレームが上がる。なんの不備も無く、お互い納得しての取引だった。少なからず犠牲が出た以上、苦情を言う権利があるだろう。
しかし、エクスタシーはそれに対し、態度が気に入らないと全戦力を投じ、相手組織を壊滅させた。
この結果、エクスタシーが得たものはなにもない。金も、精製した大量のハローワールドも、多数のマーダーも失われた。
だが、彼らはその結果に満足している。
マーダーの中でもっとも話の通じないマーダーの集まった、もっともイカれている薬中毒者たちの属している組織。それが、エクスタシーだ。
マーダーらしいマーダーが集まっているとも言えるが、レッドはエクスタシーのことを毛嫌いしていた。というよりも、彼は三大派閥の全てが嫌いだ。取引なんてしたこともなければ、共闘しようと思ったこともない。
己の我を通す。
それがレッドの生き方であり、それに見合った強さを持っているからこそ、アッシュロードは最強のマーダーと呼ばれていた。
「それで、どこに向かってるんだ?」
「エクスタシーのメンバーが、誰かを探しているらしいです。少し気になりまして」
「……あいつらが人探し、ねぇ。ただの暇つぶしにしか思えねぇが、確かに気になるな」
人探しの報酬が良いため、喜んで行っている可能性が無いとは言わない。だがそもそも、人探しなんて面白くないことをエクスタシーの人間がするだろうか?
もし、本当に探しているのだとすれば、それは彼らにとってかなり重要な人物である可能性が高い。
「どちらにしろ、面倒なことになりそうだ」
「全くです」
二人は同時に肩を竦めた。
レッドたちは連絡された先に向かい、車を降りる。そこは建設途中のビルだった。
今、この中で薬の取引が行われている。エクスタシーが絡んでいる可能性は高く、情報源とするのには都合が良かった。
中には取引を邪魔させないよう、大量の護衛たちがいる。だが、レッドの邪魔をする最大の要因である皆月がいない以上、相手になるはずがない。
彼は襲って来る全員の両手両足を消し炭にし、無力化をした。何人かはショック死したが、まぁそれはそれだ。何人か生き残っていれば情報は得られる。
偉そうに取引をしていたうちの何人かが生き残っており、その一人に聞く。
「エクスタシーか?」
「わ、私はエクスタシーのメンバーではない! 見逃し――」
男の全身が燃される。レッドは次に目を向け、同じ質問を続けていく。
途中で、一人の男がゲラゲラと笑い出した。
「アッシュロードが犬になったってマジだったのかよ! すげぇウケるんだけど!」
両手両足が動かない状態でありながら、男はなんとも楽しそうに笑う。激痛も気にせず、ただ面白そうにしている異常性に、こいつだなと当たりをつけた。
「聞きてぇことがある」
「教えるわけねぇだろ! バアアアアアアアアアアカ!」
男は消し炭になった。それを見て、他のエクスタシーメンバーも笑い出す。
情報を得に来たはずなのに、なんの容赦も無く殺して行く。それはまさに、彼らの知っているアッシュロードだった。
「全員殺す気か? 聞きたいことがあるんじゃないのか? しゃぶったら教えて――」
もちろん殺される。躊躇いなどは無い。
むしろレッドは、皆月がいないことに解放感すら覚えていた。
次々と殺されていく中、薬が切れたのか、新入りだったのか。一人の女が訝し気な表情を浮かべる。どこかで止まると思っていたが、これでは本当に全員殺されるのではないか、と。
エクスタシーのメンバーは死ぬことへ恐怖を持ったことはない。彼らは面白ければそれで良いと思っている。
しかし、これは面白くない。軽口を叩いた順に、淡々と始末されているだけだ。
「……な、なにを考えているの?」
女の顔に笑みは無い。自分が震えていることに、女は驚いていた。恐怖を感じているのだ。
レッドの赤い瞳が女を射抜く。震えはさらに大きくなった。
「そ、その目はハローワールドを使ってるわね。分かったわ。ハローワールドを譲ってあげる。それが目的でしょ!?」
無言のまま、レッドは女の顔を掴む。
「てめぇらなにを探してる?」
「なにも……ひぎぃっ!?」
片目が焼かれた。
「てめぇらなにを探してる?」
「し、しらな――」
片耳が、残った目が、鼻が、胸が、次々と焼かれていく。
手加減をしているため、死ぬことすら許されない。聞こえる耳と、話せる口だけ残っていればいい。
そして、そんな残虐な行いを止める者はいない。上杉も、一人一人に問いかけては、期待通りの答えでは無いと、傷口を踏み、痛みつけていた。簡単に殺さない辺り、上杉の所業も恐ろしい。
レッドは再度女へ問う。
「――てめぇらなにを探してる?」
完全に薬が抜けたのだろう。夢の世界から現実に引き戻されていた女は、震えながら知る限りの情報を語るしかなかった。
全員を殺した後、レッドは煙草へ火を点ける。
「ハローワールドの精製方法を知っている幹部が逃げたって……。さすがに信じられねぇよなぁ」
「同感ですが、とりあえず皆月さんたちにも……おや、圏外ですね」
取引場所で電波妨害が行われていたのだろう。上杉は苦笑いを浮かべていたが、ふとメッセージが届いていることに気付く。
開いたメッセージには、一枚の写真が添付されていた。
「どうやら、相手は本気みたいですね」
「ん?」
上杉が見せた画面には、半分が赤、半分が青のドレスを着た女と、色の位置が逆になったドレスを着た女の姿がある。顔は全く同じで、どうやら双子のようだ。
「トワイライト……」
エクスタシーの幹部である双子の姿を見て、与太話では無いようだと、二人は顔を合わせた。
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