5-3 双子の襲撃
尾行されていることに気付きながら、トワイライトの二人は町で一番高いホテルの最上階を貸し切り、優雅にワインを傾けながらバスタイムを楽しんでいた。
「そういえばこの町に、アッシュロードがいるらしいわよ」
「そういえばこの町に、アイスマンもいるらしいわよ」
二人は口づけをし、舌の上に乗せていた錠剤を交換し合う。飲み込めば、すでに赤く染まり切っている瞳が、さらに輝きを増した。
「どうしましょうか、トワイライト」
「どうしましょうね、トワイライト」
彼女たちは互いのことを”トワイライト”と呼び合う。
トワイライトは二人で一人のマーダーだ。どちらが上でも下でもなく、どちらが姉でも妹でも無い。
この双子にとって大切なのは、自分たちがトワイライトだということだけだった。
「でも、アッシュロードは犬になったみたいね」
「でも、犬になってもアッシュロードは強いわよ」
「困ったわね」
「困ったわね」
なにも困っていなさそうに、二人は絡み合う。
このまま溶けて混ざり合いたい。常に、二人はそう思っていた。
――話を終えた皆月とグリーンは、少女をどうすべきかと話し合っていた。
もちろん、皆月は少女を助けるつもりだ。子供に求められた以上、それを救うことに躊躇いなどは無い。
しかし、グリーンは反対する。彼女の直感が、少女は危険だと訴えかけていた。
二人で話し合っても答えは出ない。
そして、この問題を二人でどうにかできないと感じていた皆月は、聞いてもらえないかもと思いながら提案した。
「……とりあえず、上杉さんと合流するのはどうかな?」
「あー、まぁ、うん。それにはボクも賛成かな。二人の判断なら、ボクも反対しないよ」
この答えに、皆月は目を瞬かせる。レッドの判断ならばともかく、上杉の判断にも反対をしないと言った。それはつまり、グリーンは上杉を信頼しているということになる。
上杉は見た目だけはとても良い。常に笑顔で優しく接しているため、多くの人には性格も良いと思われている。
「ふふーん、なるほどね」
だから、皆月は勘違いをした。
グリーンにも乙女なところがあり、可愛らしいじゃないかと思った。そんなことはないのに。
変な目を向けて来る皆月に、グリーンは不快感を覚える。
だが、なにかを言うよりも早く、上杉から連絡が届いた。
『皆月さんですか? 今はどこに?』
「自宅です。グリーンさんも一緒にいます」
『では、五分後にマンションの下へ』
「了解しました。それと、少し相談したいことがあるのですが」
『五分後に聞きます。では』
通話が切られ、まだ眠っている少女を背負って家を出る。たった五分だ。大した時間ではない。
しかし、それはとても長い五分になってしまった。
二人はマンションを出て、道路の前で車を待つ。特に会話もなく、ただ待つだけの時間だ。そんな二人は、急に日陰となったことへ気付き、視線を上へ向ける。
――日を遮っていたのは、
当然、皆月の思考は止まる。バスが降ってくることなど、日常ではあり得ないからだ。
だがグリーンは違った。バスでは無く、歩道の先を見ながら、能力を発動させる。地面と繋がった氷が、バスを空中で受け止めた。
グリーンの力ならば、バスの中に居る人ごと凍らせることも可能だ。しかし、そこに余分な能力を割くことと、彼女たちから目を逸らすことが躊躇われた。
「アイスマンよ」
「アイスマンね」
視界の先に捉えていたトワイライトの二人を見て、グリーンは考える。彼女たちの目的はなにか、と。
自分を狙ってきたとは考えにくい。ならば、目的はハローワールドを所持していた少女だろう。
「……」
少し悩んだが、グリーンはその場から動かぬことを選んだ。
目的がなんだとしても、別に良いかと結論付けたからだった。
歩を進ませるトワイライトの二人は、なにもして来ないグリーンを訝し気な目で見る。
しかし、本当になにもして来ないのを確信し、笑みを浮かべた。
「大人しいわね、どうしたのかしら」
「大人しいわね、ご主人様がいないからじゃない?」
トワイライトの推察は正しい。レッドの指示があれば、彼女は躊躇わず戦っている。
だが、今は無い。皆月には多少の恩義を感じているため、助けを求められたら応じても構わないが、少女のために動く気は無かった。
グリーンの前まで辿り着いたトワイライトは、何度も戦った宿敵に、とても楽し気に言った。
「道を開けてくれる?」
「そこにいると
皆月は、グリーンにやる気がないことへ気付いている。だからこそ、少女を背負ったまま逃げることも考えていたが……。
行動を起こすよりも先に、グリーンがキレていた。
「邪魔? 邪魔だって!? 何様だ、このクソが! 道を譲ってほしいなら、額を床に擦りつけて死ね!」
見逃してやっても良いと考えていたが、邪魔と言われて道を譲る気は無い。あくまで自分が上であり、下に見られることは許せない。
グリーンは能力を発動させ、氷の中へ二人を閉じ込めた。
「……これは予想外だったわ、だから小娘は嫌いなのよ」
「これは予想外だったわ、アイスマンは頭がおかしいのよ」
「頭まで薬漬けのレズババアにに言われたくないなぁ!」
「「は?」」
トワイライトの二人は薬漬けであり、双子で同性愛者なことは事実だろう。だが、二人が怒ったのはそれに対してではない。
まだ二十代前半で、誰もが美しいと称える二人には、自分たちをババアと言ったことがなによりも許せない。
一人が地面へ強く踏みつけると、隣を走り抜けようとしていた車が、不自然な動きで横に浮き、二人を包んでいた氷へぶつかり爆発する。
氷は砕け、二人は解放された。その瞳には怒りが灯っている。
「殺しましょう」
「殺しましょう」
意見が一致したらしく、トワイライトの二人は高く手を上げた。
それに合わせ、周囲の金属が浮かび上がる。続いて窓の割れる音が聞こえ、各家々の中からも、様々な金属製品が飛び出し、グリーンたちを取り囲むように動いていた。
「金属を操る能力者……!?」
皆月の予想に対し、グリーンは答えない。過去、何度か戦っているから分かっているが、トワイライトは金属を操るマーダーでありながら、決してそれだけではない。もしその程度の相手であれば、三大派閥の幹部になどはなれるはずがなかった。
二人が手を振り下ろすのと同時に、漂っていた金属たちが降り注ぐ。
グリーンはそれを、全て氷柱や礫で迎撃する。氷の壁で防ぐことも可能であったが、この程度の数へ対応できないと思われることが許せないと、プライドが前に出た結果だった。
ほぼ五分かと思われていたが、じわじわとグリーンが押し始める。地力の差が見え始めていた。
ふと、氷が消え、金属は地面に落ち、細い筒のような隙間が生まれる。
皆月の能力にトワイライトは目を見開いたが、グリーンは知っているので驚かない。躊躇わず、その隙間へ氷の槍を伸ばした。
それは何の障害も受けずに到達し、あっさりと貫いた。不自然なほどに。
トワイライトの一人が、自分の腹部へ刺さった氷へ触れる。背を抜けており、確実に致命傷だった。
それを見て、皆月は顔を顰める。殺すつもりは無かったからだ。
だがグリーンは油断なく、分厚い氷の壁を生じさせる。TVやPC、はたまたナイフやフォークが氷壁に弾かれた。
「……そんなに単純な相手じゃないんだよねー」
グリーンの言葉へ、皆月は眉根を寄せる。
しかし、前を見てその言葉の意味を理解した。
「あれがマーダー・マーダーね。大丈夫?」
「あれがマーダー・マーダーね。大丈夫よ」
トワイライトが氷の槍を砕いた後、腹部に空いていた穴が消える。服が破れていなければ、その事実事態が無かったかと思ってしまうだろう。
困惑しながら皆月が言う。
「さ、再生能力? 一人は金属を操る能力で、もう一人は再生能力ですよ!」
「……だから、そんなに単純な相手じゃないんだよねー」
先ほどと同じ言葉を繰り返しグリーンは舌打ちする。
過去、グリーンたちが同じ結論を出さなかったはずがない。いや、むしろより多くの能力を想定して何度も戦った。
しかし、分かったことは少ない。
ただ言えることは、トワイライトの二人はどちらも金属を操る能力を有しており、どちらも再生能力らしきものを所持している、ということだ。
レッドは、「そういう相手もいるんだろう。双子だしな」と興味無さそうに言っていたが、グリーンは違う考えを持っている。
絶対的な強者であるレッドとは違い、弱者である我々は思考を止めるなと、イエローに叩き込まれていたからだ。
恐らく、この二人の能力にはなにかがある。そして、それを解かぬ限り勝利することは難しいだろう、と。
思考を回すグリーンに対し、トワイライトの二人は背を向ける。
「今日はここまでね、アイスマン」
「続きはまた今度ね、アイスマン」
グリーンは二人を止めようと考えたが、言葉を飲み込む。
彼女たちも、レッドたちが来る情報は掴んでいるだろう。逃走手段も用意しているはずであり、止めるだけ無駄だと考えたからだ。
また今度、とトワイライトは言った。
ならばそのときこそ蹴りをつけようと、グリーンは敢えて見逃してやることにした。
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