4-3 狂信者の少年
ホーリーセイバーの支部の一つである教会で、一人の少年が金の十字架を握りながら両膝を着き、熱心に祈りを捧げていた。
少年の名前は
祈りを捧げていた聖は、静かに顔を上げる。その背に、優しく手が触れた。
「神はなんと?」
この教会を預かる司教トマスの言葉に、聖は首を横に振る。その顔には、自分の祈りは届いていないという悔しさが浮かんでいた。
しかし、トマスは優しく言う。
「祈りは届いていますよ。……聖さんは、昨夜も務めを果たしたのでしょう?」
「務めは果たしました。あの女性は、独り身の老人の家を周り、金を巻き上げていた悪人です。もう二度と、あの足では赴けないでしょう」
満足げに言う聖に対し、トマスの顔へ若干の陰りが差す。
「足が無ければ同情を誘えます。口さえ動けば、彼女はまた同じ所業を行うのでは?」
聖はハッとする。確かに言われた通りかもしれない。自分が甘さを見せたせいで、まだ犠牲となる人が出るのでは? と考えてしまっていた。
だが、そんな悩ましい表情を浮かべる聖を、トマスは優しく抱きしめた。
「あなたは女性のことを許したのですね。『一度は許そう』。それは、我々の教義通りです。許すという行いは、とても勇気のいることです。私は聖さんの行いを、とても尊いものだと思います」
「トマス様……」
行いを認められたと、聖は顔を綻ばせた。
元々、彼は親友の自殺を止められなかったことで、自分が殺したも同然だという思い込みからマーダーとなった思い込みの強い少年だ。
ひどい精神状態だった聖を救ったトマスのことを、彼は心の底から信頼している。
トマスは正しい存在だと、彼の中では定められていた。
だから今日も、彼は神託だと言われた言葉を疑いもせず、繁華街へ向かう。
そろそろここからは手を引こうと考えてこのことだろう。聖へ伝えられた本日の目標は大きく、繁華街を牛耳っているという反社会勢力だった。
今日も今日とて皆月は、問題児二人のお目付け役として繁華街を訪れている。
だが最初からレッドにやる気が無く、彼は車から降りようともしていなかった。
「……なぁ、そんな何日も繁華街で事件を起こすか? 起こさねぇだろ? なんかねみぃし、今日はやめておこうぜ」
「この繁華街では、すでに三日連続で事件が起きています! 三日あれば四日目だってあります! 今日こそ事件が起きる前に止めましょう!」
「えー……。気がのらねぇんだよなぁ。どうせ雑魚しかいねぇんだろ?」
「いいから行きますよ!」
無理矢理に引きずり出され、とても嫌そうにレッドは歩き出す。それもそのはずだろう。夜になるまでの間、皆月の特訓と称して、レッドとグリーンは皆月の相手をしていた。まだ元気が残っている皆月のほうが異常なのだ。
しかし、元気なのは皆月だけではない。
どこで買ったのか、ソフトクリームを食べているグリーンもケロッとした顔をしていた。
「まぁまぁ、ホーリーセイバーのやつらを見つけたら楽しくなるって!」
「……もしかして、オレって体力落ちてるか? それとも歳か?」
『やる気が無いだけですよ』
上杉の言葉に、そうかもしれないな、とレッドは頷いた。
これまでの事件の傾向から、相手は大なり小なり悪人を狙っている。そして、それに当てはまる相手はいくらでも繁華街におり、対象を絞るのは困窮を極めていた。
だから、三人にできることは当ても無く歩くことか、狙われる可能性が比較的高い、より純度の高い悪人の近くで備えるかだ。
昨日は当てもなく彷徨ったが、レッドのもう来ないだろうという意見は、本部でも出ている。目的がなんであれ、何日も繁華街だけで事件を起こしていれば、いつかは捕らえられるのは明らかであり、違う場所へ移動したか、身をくらましているだろう、と。
よって、本日はこの繁華街を仕切っている者たちの事務所近くを張ることにした。襲われることはないと思われるが、襲われれば一番面倒な場所である。理由はそれだけだった。
事務所が見える喫茶店に入り、レッドはコーヒーを、グリーンはクリームソーダを、皆月はジャスミンティーを注文する。長丁場になるだろうと三人は予想していた。
レッドはコーヒーを飲みながら煙草を吸い、上杉から借りたタブレットで漫画を読んでいる。グリーンもそれを横から覗き込んでいた。
一人、真面目に見張っている皆月は、周囲の迷惑も気にせずゲラゲラ笑っている二人へ聞く。
「……そういえば、お二人とも言葉が達者ですよね。どこで学んだんですか?」
「あぁ? あぁ、オレは大体の言葉が話せるからな。グリーンにはオレとイエローが教えた」
「へぇー……えっ。簡単に言ってますけど、それってすごいですよね。レッドさんって頭がいいんですか? それともコツがあるんですか?」
「頭に銃突きつけられて、目標点数を下回ったらバーン。そんな状況なら誰でも覚えるだろ」
「ベリーハードな学習法すぎて参考にできませんね……」
ちなみにグリーンは? という話を聞くと、彼女は幼いころから叩き込まれていたため、苦も無く覚えられたらしい。そのことに、英語すらまともに話せない皆月は少しばかり嫉妬した。
だが、この人を殺すことに特化しているレッドが、一体どこで言葉を覚えたのだろうか?
皆月が首を傾げていると、その視線に気付いたレッドはタブレットから目を離し、端的に説明した。
「別にちょっと調べりゃ分かることだが、オレたちはとある研究所にいてな。マーダーとして生きていく上で、相手の言葉は分かったほうが有利だ。そういう理由で、言葉とかを叩き込まれてんだよ」
「あれ? そんなこと書いてあったかな……?」
『皆月さんの権限では見られませんからね。ですが、事実ですよ』
上杉の補足により、皆月も納得する。少し調べれば分かることらしいが、秘匿されている以上は、それ相応の理由があるのだろう。それ以上を聞こうとは思わなかった。
――とある研究所ってなんだろうなー、英才教育? いや、それなら銃を突きつけられたりはしないかぁ。
ボンヤリと研究内容について考えつつ、皆月は事務所の入り口を見ていた。
すると、学ランの少年が事務所へ入って行ったではないか。
慌てて上杉へと連絡をする。
「……上杉さん。あの建物って、他にもなにかお店とか併設してましたっけ?」
『いいえ、事務所があるだけですね』
「間違えて学生が入ったりしたらどうなりますか?」
『面白いことになります』
「全然面白くなさそうですね!」
皆月は慌てて立ち上がり、店を出て事務所を目指す。
必死な彼女は、後ろでレッドたちが手を振っていることには、まるで気付かなかった。
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