4-2 血の十字架
上杉を車に残し、三人は繁華街を進む。お目付け役は、言うまでも無く皆月だ。
夜の繁華街ともなれば、酔っている者も多い。導火線の短いレッドがすぐにでも問題を起こすかと皆月は心配していたが、意外なことになにも起きない。
レッドは人混みをうざったそうにはしていたが、自分から誰かに絡むようなことは無かった。
皆月は小声でグリーンに聞く。
「もしかして、レッドさんって誰かれ構わず殺したりしない?」
「するよ?」
「あ、はい」
予想を裏切らない答えが返ってきたことで、皆月は気合を入れ直す。能力が封じられているとはいえ、レッドはレッドだ。無関係な一般人を巻き込まないよう、自分がしっかりしなければと決意を改めた。
そこへ、顔の赤い体格の良い四人の若者が歩いて来る。二十歳ほどだろうか。彼らは根拠の無い自信を持っており、まだ怖い者を知らない年頃だった。
道を広がって歩く彼らを、他の人たちは避けていく。それは彼らが恐ろしいというよりも、余計な問題へ巻き込まれないためであり、勢いで人生を失うことを恐れてのことだった。
しかし、彼らはそんなことには気付かない。誰もが自分たちを避けていくと、より気分を良くして歩を進ませていた。
その一人が、ドンッとレッドの肩にぶつかる。
「おい、てめ――」
言い終わるよりも早く、青年は殴り飛ばされていた。
彼らはそこそこの悪だ。暴力沙汰を何度も起こしている。……だが、いきなり殴ったことはあっても、見知らぬ相手にいきなり殴られたことは無かった。
普段とは違う状態に、四人は混乱する。
だがそんな混乱が許されることはなく、レッドは殴った青年を掴み――そのまま道路へ放り捨てた。
「え?」
青年は、ゆっくりと流れていく景色の中にいる。
向かって来る車。茫然としている友人。こちらに駆けて来る地味な女。すでになんの興味も無さそうに、背を向けているレッドとグリーンの姿が目に入る。
自分は死ぬのだと、青年は理解した。
しかし、その足を誰かが掴み、歩道へと引き戻す。
「あ、あぶな……」
皆月よりも先に手を届かせた少年は学ランを着ている。まだ中学生らしく、顔にはあどけなさが残っていた。
酔いも血の気も引いた四人を残し、少年は走る。そしてレッドの背へ追いつき、大声で言った。
「ちょっと待ってください! やりすぎじゃないですか!」
しかし、レッドが足を止めることはない。それどころか、自分に言っていることにも気付いていなかった。
さらに食ってかかろうとする少年の肩を、皆月が掴む。
「あの、あのね? あの人ちょっと危ない人だから。見て分かったでしょ? ちゃんと注意しておくから、これ以上関わらないほうがいいよ? ね? 分かるよね?」
皆月は必死に訴えかけたが、正義感が強いのだろう、少年に納得した素振りは見えない。
だが、胸元から金の十字架を取り出して握り、何度か深呼吸を行った後、厳しい顔つきで言った。
「……神も、一度は許せと言っています。次は絶対に無いようにしてくださいね」
「うん、わたしがちゃんと止めるから。本当にごめんね」
少年が思い止まってくれたことで、犠牲者が減った。皆月はホッとしてレッドを追いかけようとしたが、ピタリと足を止めて振り返る。
「君はすごいね。さっきの人を助けたもの。ありがとう」
その言葉には、自分が間に合わなかったことへの申し訳なさも混じっていたのだが、少年は少し違った受け取り方をした。
――やはり自分は間違っていなかった。神は絶対的に正しい。
自分の行いが正当化されたことで自信を持ち、気を良くした少年は深くお辞儀をして立ち去る。
皆月は軽く手を振り、レッドへ意味の無い説教を行うため、急ぐことにした。
呑気に缶コーヒーを飲みながら、グリーンと談笑しているレッドを見つけ、皆月は食ってかかった。
「一体なにを考えているんですか! 死ぬところだったんですよ!?」
「ん? 生きてたのか? 当たり所が良かったんだな」
「轢かれた前提で話すのをやめてください! ギリギリ引き戻しました!」
「ふーん」
別に、生きていようが死んでいようがどうでもいい。そう思っているレッドを見て、皆月は頭を抱える。彼と出会ってから、死というものがとても軽いものに感じていた。
しかし、思わぬ援軍が現れる。
「レッドはダメだなー。あれは良くないよ」
「そうか?」
グリーンの言葉に、皆月の顔が明るくなる。
「そうですよ! 絶対に良くないです!」
「ほら、皆月ちゃんもそう思うってよ? ちゃんと四人とも殺してあげないと、禍根が残るかもしれないじゃん」
「あー……。まぁオレは構わないが、手間を増やすのは良くねぇか。すまん、殺さなかったオレが悪かった」
「どうしよう、話が通じない」
『そりゃ、彼らは筋金入りのマーダーですし』
まるでフォローをしてくれる気のない上杉の言葉に、皆月は胃が痛くなるのを感じた。
その後も三人は巡回を続ける。繁華街で妙な事件が起きているという話ではあったが、それらしきことはなにも起きない。人けが少ないわけでもないことから、情報統制もしっかりされているようだった。
コンビニで買った肉まんを食べながら歩く二人。なぜかそれを奢らされた皆月。彼女の財布の中身が薄くなる以外は、取り立ててなにも起きない平和な夜だ。
しかし、とある裏路地の前でレッドが足を止めた。
今度は猫でも見つけたんだろうと、皆月はゲッソリする。
「血の臭いだ」
「クンクン。本当だ、微かに血の臭いがする。これは結構な量だね。誰か死んでたりして! アハハハッ」
「わたしは分かりませんけど……本当ですか?」
「行けば分かるだろ。誰かが斬り合いでもしてたら面白れぇな」
「それは面白いね!」
皆月は全然面白くないと思いながらも、二人の後へ続いた。
二、三度曲がっただろうか。細い裏路地の先には少しだけ開けた場所があり、明かりも灯っていた。どうやらいくつかの建物の裏口が密集しているようだ。
そこに、一人の女が倒れていた。
「ヒッ」
思わず皆月は悲鳴を上げたが、グリーンは気にせず近づき、落ちている二本の足を、自分の足で突いた。
「切れ味が鋭いね。骨も両断しているし、たぶん異能じゃないかな」
「……ハッ! 蹴ったらダメ! グリーンの能力で凍らせて! もしかしたら繋がるかも!」
「えー……。面倒だから、い・や・だ」
「我がまま言わないで! この人、もう歩けなくなるかもしれないんだよ!?」
それがどうしたのだろうとグリーンは首を傾げる。彼女には、その重要性が分からない。止めを刺してやれと言われたほうが納得しただろう。
しかし、上杉からも同じ指示が来たため、渋々ながら落ちていた足を凍らせた。
レッドは女に近づきスカートを捲る。
こんなときになんてアホなことをと皆月は思ったが、もちろん彼の行動には意味があった。
「ちょ、こんなときになにをしているんですか!?」
「血が少ねぇんだよ」
「いいことじゃないですか!」
「アホ。止血されてんだ」
言われて覗き込むと、女の足はキツく縛られている。まだ血は流れているが、もしかしたら助かるかもしれないと皆月は電話を取り出す。
周囲をキョロキョロと見回したレッドは、とある一点で目を止めた。
「――ホーリーセイバー」
「はい?」
どこかで聞いた名だなと、皆月は考える。
それはすぐに思い出すことができたため、ポンッと手を叩いた。
ホーリーセイバーとは、マーダーの三大派閥の一つ。夜の国と並ぶヤバい組織の名だ。
しかし、それがなぜ分かったのか。
皆月は、レッドが見ていたほうへ目を向ける。……そこには、血で描かれた十字架があった。斬り落とした女の足を壁に押し付け、血の十字架を描いた者がここにいたのだ。
常軌を逸した行為を想像し、皆月は震えながら聞く。
「……ホーリーセイバーって、ヤバいやつらですか?」
「ただの狂信者の集まりだ」
それはヤバいやつですよと、自分の前にいるやつらもそうだということを忘れ、皆月は肩を落とすのだった。
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