2-1 災厄をもたらす少女
レッドは頭を抱えていた。
理由は言うまでも無く、連日押し掛けてくる弟子志願のせいだ。
「なんでオレが殺す相手を鍛えないといけねぇんだよ……」
マーダーとは思えぬ真っ当なセリフである。
しかし、皆月は正座のまま言った。
「わたしが知る限り、一番強い人はレッドさんです。もっと強くなるためには、一番強い人に師事するべきだと思いました!」
レッドは深く、深く溜息を吐く。言いたいことは分かるのだが、理解はできなかった。
もちろん、今までにもレッドの強さに憧れ、弟子入りを望んだ者はいる。だがその何倍ものマーダーが、彼の寝首を掻こうと弟子入り志願したという経緯もあった。
逃げ場の無い場所で、ひたすら懇願されることへのストレスも限界だったのだろう。レッドは立ち上がり、なにかを勘違いした皆月も立ち上がった。
「おい! 外との通話を切れ! もしくは上杉を呼び出せ!」
「レッドさんお願いします! なんでもしますから!」
「なんでもするなら帰れ! もう来るな! 仕事と再戦以外で顔を合わせたくもねぇ!」
元最強のマーダーは、知る人が見れば驚くほどに狼狽していた。
今日も断られ、トボトボと皆月は歩いていた。
別に皆月は、他のマーダーのような狂人では無い。レッドの言い分もよく分かっており、簡単に首肯してくれないことも分かっている。
だが、彼しかいないのだ。圧倒的な経験を持ち、制限されていながら他者を寄せ付けない実力を秘め、何事にも動じない心をもつ、最強のマーダーアッシュロード。彼だけが、誰も殺さずに済むほどの強さを教えられると、皆月は確信を持っていた。
「そもそもレッドさんは無闇に殺しているけれど、殺さないことだってできるじゃない。そこら辺の心構えとか、戦い方を教えてほしいのに……」
気分が滅入る。こういうときはあれだろうと、皆月は向かう先を変えた。
辿り着いたのは、お気に入りのクレープ屋だ。嫌なことがあったときは、ここでクレープを食べると彼女は決めていた。
皆月がクレープを受け取り、ベンチを探していると、キョロキョロと周囲を見ている少女がいることへ気付いた。
黒い日傘、黒い髪、黒い目、黒い服。ゴシックな服装を着ているビスクドールを思わせる少女に、皆月は思わずときめいてしまった。
誰も気付いていないのか、他人に関心が無いのか、忙しいのか。声を掛ける人がいないことに気付き、皆月は足早に少女へ近づいた。
「あの、こんにちは」
「……?」
少女が眉根を寄せる。普通、同性ならば気を許すものだが、少女の表情は険しく、警戒しているのが見て取れた。
そのことを分かっていながら、不安なのだろうと勝手に判断した皆月は、笑顔を浮かべる。
「もしかして、道に迷っちゃったのかな? 別になんでもないなら、お節介をしてごめんね」
整った顔の少女の態度は変わらず、もしかして海外の人かもしれないと思い至る。
必死に皆月がたどたどしい英語で話しかけると、少女がクスリと笑った。
「日本語で大丈夫だ」
「あ、それなら良かった」
ホッとした表情の皆月を見て、少女の表情が和らぐ。悪い人では無いと判断したようだ。
「実は、この辺りで待ち合わせをしているのだが、いつまで経っても相手が来なくてな。もしや、道に迷ったのかもしれん。こちらから探しに行ってやるかを考えておったところだ」
皆月は変わった話し方をする少女に、道に迷ったのはお嬢ちゃんじゃないかな? と言いたいところではあったのだが、自尊心が高そうなので言わずにおく。
しかし、少女の言っていることが間違っていないのだとすれば、この場を離れるのもよろしくないだろう。皆月は一つ頷き、自分のクレープを差し出した。
「そこのベンチで、クレープでも食べながら待ってみようか」
「……これはお主のでは?」
「大丈夫大丈夫! もう一つ欲しいのがあったから、そっちを買ってきます! ……でも、一口だけ味見をさせてもらえないかな? それ新味なんだよね」
自分のクレープを譲りながら、拝み頼む皆月を見て、少女は小さく頷く。
その不思議な魅力のある表情に少しドキリとしながら、皆月はクレープ屋へと戻って行った。
二人、ベンチで並びながらクレープを食べる。
日傘を持っていたため、木陰のベンチを選んだことも、少女の好感度を上げていた。
「うむ、うまいな」
「でしょでしょ? あの店のクレープは絶品なんだから!」
嬉しそうに語る皆月へ、少女がクレープを差し出す。一口どうぞ、ということらしい。
パクリ、と皆月は食べる。それから自分のも差し出し、少女がパクリと食べた。
とても穏やかな時間だ。普段の殺伐とした生活を忘れてしまうような。
しかし、ふと、なにかに気付いたように少女が立ち上がった。
「どうやら相手が見つかったようだ。馳走になったな、お嬢さん」
「こちらこそ楽しい時間をありがとう。見つかって良かったね」
「いずれ礼をしよう」
「そんな大したことじゃないよ。気にしないで」
皆月が大きく手を振り、少女が小さく手を振る。見送っていると、その姿が小さくなったときに、皆月は目を見開いた。
少女が合流した相手の男は、褐色の肌をしており、首元にタトゥーらしきものが少しだけ見えていたからだ。
立ち上がり、走り出す。そんなはずがないと、だがもしそうなら見逃せないと、全力で走った。
しかし、遅かった。すでに二人の姿は無い。
たぶん見間違いだったのだろうと、皆月は自分を納得させる他なかった。
車での移動中。日傘を持った少女、ヨルは上機嫌だった。
珍しいこともあるものだと、男が口を開く。
「なにかあったのか?」
「良いお嬢さんと巡り会ってな。時間ができたら、礼として我が眷属にするもの良いかもしれん」
本当に珍しいこともあったものだと、男は僅かに驚く。
自分がなにかを問うたとしても邪険に扱われることが多く、このように素直に話してくれたことは、数えるほどしか思い出せなかった。
しかも、眷属にしても良いとは。
愛玩具程度の思い入れかもしれないが、ヨルにしてはかなりの気に入りようだと察することができた。
「だが、先にあの人を解放してやらねばな」
ヨルの白い頬が朱に染まる。そして、愛おしい人の名を、とても大切そうに告げた。
「――
願いを叶えるため、あの人に会うため、ヨルはこの国を訪れた。
……それはつまり、この国へ災厄が入り込んだという意味でもあった。
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