Chapter 7. Sweet Little Bird(優しい小鳥)2



 リトル・バードは、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。


 集落の女たちで作った食事を運んできてくれたり、体を洗うのを手伝ってくれたりした。そして、着の身着のままのルースに服をくれた。


 簡素な寝間着である貫頭衣に袖を通し、ルースはほうっと息をつく。


「トゥルーさん、帰ってこなかったわね」


 食事のときも、トゥルー・アイズは戻らなかった。リトル・バードは「合議ガアルノデ、ソコデ皆ト食ベルト言ッテマシタ」と説明していたが……もうあとは寝るだけ、という段階になっても戻ってこないのは、さすがに遅すぎではないだろうか。


「今日ハ、遅イノデショウ。先ニ寝マショウ」


 リトル・バードはいそいそと、布団を敷いていた。


 はっ、とルースは気づく。


「あの、二人って結婚して何年目?」


「ヘ? エエト、モウスグ一年ニナルグライデス」


(まだ、新婚の範疇はんちゅうよね……。あたし、完璧にお邪魔だわ)


 新婚夫婦の天幕に泊まっていいのだろうか、と素直に懸念を伝えるとリトル・バードは大笑いしていた。


「遠慮ナサラズ! オ客様ハ堂々トシテテクダサイ!」


「そ、そう?」


 奥さんがそう言うなら、とルースは引き下がる。それに、他に行くところもないのだ。客用の天幕もなさそうだし、他の人たちだと言葉も通じない。


(しばらくは、ここにお世話にならないと)


 ルースはふと、リトル・バードの髪に目を留めた。三つ編みにされていた髪は今は解かれ、真っ直ぐな黒い髪は腰にまで垂れている。


「綺麗な髪ね」


「エ、ソウデスカ? ルース様ノ髪ノ方ガ綺麗デスヨ。フワフワデ金色、ウラヤマシイ」


 リトル・バードに褒められたものの、自分の髪があまり好きではないルースは素直に喜べなかった。


 金髪というよりも、茶髪に近いこの髪。昔は金髪だったのに、と金色のままのジョナサンの髪を羨むこともあったぐらいだ。くわえて癖っ毛で、雨天の折にはまとまらなくて苦労する。


「ところで、あなたはいくつ?」


 同い年ぐらいだろうか、と思って問いかけてみる。だが、返ってきた答えは想定したものとはかけ離れていた。


「十八デス!」


「じゅ、十八歳!? あたしよりも、三つ上なの?」


「ハイ。ソンナニ幼ク見エマスカ?」


 リトル・バードはきょとんとしていた。ルースは自分も童顔の自覚があったが、リトル・バードはその上をいく。少女めいた言動のせいもあるのだろう。自分より年上とは、到底思えなかった。


「じゃあ、トゥルーさんとあんまり変わらないのね」


「ハイ。一ツ違イデス」


 リトル・バードは、口元を綻ばせる。彼女は、トゥルー・アイズの名前を出すと、嬉しそうな表情になる。


(本当に、好きなんだなあ……)


 微笑ましくて、こちらまで温かい気持ちになってしまう。


「眠ル前ニ、私カラモ質問アリマス」


「……なあに?」


「フェリックス様ト、ルース様ハ恋人デスカ?」


 その質問に、思わずのけぞってしまった。


「まさか! ただの用心棒と……」


 と言いかけ、ルースは言葉を途中で切った。


(違う、か。用心棒と雇い主の娘、ってわけでもなかった。監視者と、カロの娘……)


 ルースの暗い顔に気づいたリトル・バードは、心配そうに眉をひそめた。


「ルース様、大丈夫デス?」


「あ、うん。……ともかく、フェリックスとあたしはそんなんじゃないから。大体、あの男は所帯持つつもりないって心積もりらしいわ。そういう関係になるはず、ないのよ」


 つらつらとまくしたてると、リトル・バードはかわいらしく小首を傾げた。


「ルース様、哀シソウデスネ」


「哀しくなんてないわ。でも……そうね、いつかトゥルーさんから言われたことがあるの」


 トゥルー・アイズは、ルースに「――どうか、あいつの心を開いてやってはくれないか」「だが私は本当に期待しているんだ。可能性を持つ者が現れたのだと」と、言った。そのことを語ると、リトル・バードは目を見開いた。


「……でも、それはトゥルーさんの勘違いだったの。フェリックスは、あたしがカロの娘だから過干渉だった。守護して、監視していただけ……。トゥルーさんは、あたしがカロの娘だってことも知ってたはずなのに、どうしてそんなこと言ったのかもわからない……」


 いつしか、頬を涙が伝っていた。リトル・バードは慌て、白い清潔な手巾でルースの頬を拭ってくれた。


「ルース様ハ、ソレデ少シ期待シテシマッタノデスネ」


「……そう、だったんだわ」


 拭われる傍から、涙が次々と滑り落ちて。


 フェリックスのことをどう想っているか、自分ではわからない。でも、トゥルー・アイズの言ったことに期待した。フェリックスにとって、自分は特別なのではないかと。


 特別では、あったのだ。ただ、それは職務に絡んだ“特別”であっただけ。


「泣カナイデ、ルース様。大丈夫デスヨ。トゥルー様ハ、嘘ハ言イマセン。他ニ目的ガアッタンダトシテモ、フェリックス様ハ、ルース様ニ心ヲ開キソウダッタト思ッタカラ、ソウ言ッタノデショウ」


 リトル・バードは、ルースを優しく抱きしめ、とんとんと背を叩いてくれた。そうされていると、ひどく安心した。彼女が年上だというのが、よくわかるような母性を感じさせる抱擁にルースは目を閉じた。








 ルースが眠ってしまった後も、リトル・バードはしばらく起きていた。天幕の入り口を開ける音に、ハッとして顔を上げる。


「トゥルー様」


「……リトル・バード。遅くなってすまない。面倒を見てくれたんだな、ありがとう」


 彼らはレネの言葉で、会話を交わす。


 リトル・バードは眠るルースを振り返った後、立ち上がった。


「少し、お話が」


「……わかった」


 二人は一旦、天幕の外に出た。


 外は、静かだった。もうみんな寝てしまっているのだろう。フクロウの鳴く声が遠くに響く。音といったらそのぐらいのものだった。


 無数の星々が瞬く、見事な夜空を仰いでから、リトル・バードは夫を見上げる。


「トゥルー様。ルース様は、フェリックス様のことで悩んでおられるようです」


「兄弟のことで? どうしてだ」


 そうして、リトル・バードは――ルースがトゥルー・アイズに言われたことに期待したが、本当は職務的に守られていたに過ぎないことに、がっかりしているのだろう、と語った。


「私は、あまり事情は存じ上げませんので……無難な慰めしかできなかったのですが」


「そうか――。……わかった。また、ルースと話す」


「お願いします。彼女は今、とても傷ついているのですね」


「そうだ。彼女には受け止め切れない真実が明らかになり、傷ついているんだ。お前にも、かいつまんで、あの子の事情を言っておくが……」


 トゥルー・アイズは声をひそめて、簡単にルースの事情を語った。リトル・バードは驚き、言葉を失くしていた。


「とにかく、彼女はしばらくここに滞在せねばならない。リトル・バード、彼女を気にかけてやってくれ」


「はい。彼女がここに来たのも、グレイト・スピリットの意志でしょう。任せてください」


 にっこりリトル・バードが笑うと、トゥルー・アイズも微笑んだ。


「ところでトゥルー様」


 リトル・バードが物言いたげな目で見つめると、トゥルー・アイズは苦笑して妻を抱きしめた。


「改めまして――おかえりなさい、トゥルー様」


「ただいま、私の小鳥」


 軽い口づけを受け、リトル・バードは幸せそうに目を細めた。


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