Chapter2. Don't Leave Me(おいていかないで) 3



 教会に帰ったフェリックスは、養父の心臓が呼吸を止めているのを確かめて――はらはらと涙を落とした。


 どうして、養父は砂にならなかったのか。魂だけ連れ去られたからなのか、彼の力のせいなのかはわからなかった。


 牧師の葬式では、多くの人が泣いていた。


 偶然あの翌日帰ってきたカルヴィンまで、泣いていた。


 自責で苦しむフェリックスを支えてくれたのは、トゥルー・アイズだった。


(泣いてばかりで、兄弟に甘えてばかりじゃいられない。俺は――悪魔を追わないと)


 決意して、フェリックスはぼんやりするカルヴィンに頼むことにした。


「カルヴィン。俺は、牧師様の魂を連れた悪魔を追う。そして、解放する。……だから、俺に荒野で生き抜く術を教えてくれ」


「ガキが、何を言ってる。まだ一人で旅できる年じゃねえだろ」


「そんなこと言ってられない。お願いだ!」


「……やれやれ。仕方ねえな。だが、全部の修行が終わってからだ。いいな?」


「ああ!」


 このとき、フェリックスはまだ十三だった。




 その日から、血のにじむような修行が始まった。


「銃の腕だけじゃ、生きていけねえ。素手でも戦えるようにしないとな」


 カルヴィンはフェリックスの覚悟を知っていたからこそ、厳しく教えたのだろう。


 泣き虫エヴァンとよく呼ばれていたけれど……フェリックスは、あの日以来、一切泣かなかった。


「おいおい、そんなすぐにへばってちゃ、荒くれ者の餌食だぞ!」


 カルヴィンの容赦のない拳を受けて倒れたフェリックスは、よろよろと立ち上がる。拳で、口から流れた血を拭う。


 傍らで見守っていたトゥルー・アイズは心配そうに眉をひそめていたが、フェリックスは諦めなかった。


 日々が過ぎても、牧師の死の記憶は薄れなかった。


(早く、解放しないと……)




 そうして、とうとうトゥルー・アイズが記憶を取り戻した。


「私はレネ族の族長にならなければならない。これは通過儀礼だったのだ」


 記憶を失くし、荒野をさまよう――それが通過儀礼で、生き残って記憶を取り戻したら族長の資格ありとされる。そんな風習を、トゥルー・アイズは語ってくれた。


「じゃあ、トゥルーは行ってしまうのか?」


「ああ。戻らなければならない。でも、お前が旅立つまでは共にいようと思う」


「……ありがとう」


 宣言した通り、トゥルー・アイズはしばらく留まってくれた。


 そうしてカルヴィンからの許可が出たのは、牧師の死から一年経った日のことだった。


「もうお前も、なんとか荒野で生きていけるだろう。用心棒でも賞金稼ぎでも、できるさ」


「……なあ、師匠」


「何だ?」


「あんたの“西部の伝説”を教えてほしい」


 そう告げると、カルヴィンは青ざめた。


「誰から聞いた……。いや、ネイサンか」


「うん。あまりせがむなと言われたけど、俺はあれを教わりたい」


 西部の伝説――それは、西部開拓が始まった折に編み出された必殺の早撃ちだった。それを生み出したビリー・L・ホワイトは七人の弟子にだけ教えた。


 そして、その弟子のひとりが――


「あんたなんだろ? 七人の弟子の、生き残り」


「……やめとけ。たしかに、あれは早い。でも、あれでなければ間に合わない場面ってのは、そうそうない。リスクの方が大きいんだぞ」


 カルヴィンは、大げさなため息をついた。


「七人の弟子は、ほとんど殺された。俺はたまたま、幸運だっただけだ」


 西部の伝説を恐れるがゆえの暗殺で死んだ者。教えてもらいたいからといって拷問にかけられ、死んだ者。災いばかりを呼ぶ技だった。


「それでもいい。リスクは引き受ける」


「だが」


「師匠。悪魔祓いは一瞬が勝負だ。西部の伝説でなら間に合ったのに、という場面は必ず出てくる。そしてそれが、牧師様の魂を奪った悪魔相手なら――」


「……」


 カルヴィンはしばらく逡巡していたが、たっぷり間を開けた後に頷いた。


「――わかった。基本射撃はもう大丈夫だろうから、ひと月ぐらいで授けられるだろう」


「ありがとう、師匠」


 こうしてフェリックスは、必殺の早撃ちを習ったのだった。




 教会には、新しい牧師が派遣されてきていた。


 町の人は、シュトーゲル牧師のことはもう、みんな過去の人としているようだった。


 フェリックスとトゥルー・アイズは、同時に旅立つことになった。


「ま、途中までは俺が同行してやろう」


 とカルヴィンが言ってくれたので、しばらくフェリックスはカルヴィンと行動を共にする予定だった。


 そしてトゥルー・アイズとは、町の外で別れることになった。


「世話になったな、兄弟。私は一族の元に帰るが、もし何かあればいつでも呼んでくれ」


「呼ぶって言っても……」


「これを」


 トゥルー・アイズは懐から、鮮やかな青い羽根を取り出した。


「何だこれ?」


「これに念をこめれば、私につながる。お前が呼べば、私はお前の居場所を感知して向かう。わかったな?」


「ああ……。レネ族って、不思議な一族なんだな」


 わざと茶化して言い、フェリックスはそれを大切に懐に仕舞った。


 別れを告げ、フェリックスは荒野に一歩足を踏み出す。


 空間が、ぐにゃりと歪んだ。凄まじい勢いで、周りから景色が消えていく。


 フェリックスの姿が変化を始める、少しずつ幼くなる。


 そこで――ルースはハッとした。


(しっかりして、あたし! ここで巻き戻るのよ!)


 ルースは走り出して、フェリックスの手をつかんだ。


 無我夢中で、彼の手をつかんで走り出す。


 一度振り向いたが、フェリックスは虚ろな表情をしていてルースを認識していないようだった。


(外へ!)


 しばらく走っているとようやく、光が見えて……体が浮き上がる心地がした。


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