Chapter2. Don't Leave Me(おいていかないで) 2
煌々とした月の輝く夜だった。
フェリックスは牧師と共に、パメラを待っていた。
牧師が呼び出したので、必ず来るはずだ。
(嫌な予感がする……)
パメラは悪魔の気配をあまりさせていなかった。日数が経って、ようやく気づいたぐらいだ。つまり、相当な上級悪魔が憑いている。
それに、彼女が町に来た日は随分と前だ。いつから憑いていたのかわからないが、日数がかなり経っている可能性が高い。その場合、彼女は助からない。
いつも温和なシュトーゲル牧師も、今日ばかりは落ち着かない様子だった。
恋していた少女を、自ら殺めなければならないかもしれないのだ。当然だろう。
そうして、扉が開いた。月の光が、さあっと入ってくる。
「……パメラ。いきなり呼び出してすみません」
「いえ――」
パメラは戸惑ったように、歩を進めた。
悪魔の力が満ちる真夜中。彼女の悪魔の気配は、はっきりとしていた。そして十字架を前にしているからか、彼女の足取りは鈍い。
牧師も、気づいたらしい。
「あなたは悪魔に憑かれているようですね、パメラ」
「……え?」
「自覚はなし、ですか。今から悪魔祓いを行います。初期症状であることを、祈るばかりですが」
牧師は一歩近づき、彼女の額に手を当てた。
抵抗らしい抵抗も見せない。これは、初期症状なのだろうか。
フェリックスが首を傾げたとき、光が満ちて牧師が腹を押さえた。悪魔を移したらしい。
青い光が彼を包むも、彼の顔は苦悶に歪んでいた。
「牧師様、大丈夫か?」
「……これは、まずい」
牧師の視線を辿ると、崩れ落ちるようにして倒れたパメラが――砂へと変わった。どうやら、末期だったらしい。
(なら、どうして抵抗を見せなかった?)
嫌な予感と共に、フェリックスは牧師に駆け寄る。
彼の頬に、黒い紋様が走っていた。
「牧師様!」
「……これは、私でも浄化できない――。かなりの上級でした、か。いえ、ランクの問題じゃありません。この悪魔の目的は――」
息も切れ切れに、牧師が膝をついた。
「フェリックス、私を撃ってください! このままでは、魂を取られてしまう!」
「は、はい」
震える手で、フェリックスはホルスターから銃を抜いた。
そう、恐れていた日がやってきたのだ。養父が、悪魔祓いを失敗する日が――。
殺してあげなくては。そうしないと、魂を連れ去られてしまう。
何度も教わって、何度も覚悟して、何度も想像したことだった。
なのに――
「フェリックス!?」
牧師はフェリックスを見て、愕然としていた。
フェリックスの手は震えるばかりで、照準も定まらなかった。
「牧師様、撃てない……」
涙が零れた。
辛い日々から救ってくれた人。温かい家をくれた人。
どうして、この手で殺さねばならないのか。
「……誰もお前を、責めませんよ。お願いですから、撃ってください」
「……うう……ああああ!」
わかっているのに、撃たないと大変なことになるとは知っているのに、手が動いてくれなかった。
牧師は、フェリックスが撃てないとわかったのか、優しい笑みを浮かべた。
「……わかりました。お前に、酷なことを頼んでしまいましたね。甘く見ていた私の責任でもあります。フェリックス――」
その後に、何と続けたかったのか。
言葉が全て終わらないうちに、牧師は身を痙攣させた。彼が倒れ、黒い光が牧師の体から滑り出る。その光は、白い光を連れていた。
「牧師様っ!」
あれは、悪魔と牧師の魂だ。
「連れていかないで!」
光を追い、フェリックスは走る。教会の外に出て、その光を迎えた人がいた。
箱にそれを入れて、彼は満足そうに笑う。
「……兄さん」
信じられなかった。どうしてここに、兄のビヴァリーが立っているのか。
以前見たときよりも成長した彼は、月光の下で妖しく微笑んだ。
兄は元々、綺麗な顔立ちをしていた。でも今はもっと――息を呑むような、凄絶な美しさをまとっていた。
「何で、兄さんがここに」
「何でだろう?」
くっくっく、とビヴァリーは笑った。
「ねえ、エヴァン。僕もお前も、悪魔が見える力に振り回されていた。でもさ、その力を利用してはどうかって気づいたんだ」
「利用?」
「うん。大物の悪魔と契約してみたんだ。君たちの仲間を屠る奴を殺すから、手伝ってくれって」
「――まさか」
「どういう気持ちだっただろうな? 自分に気があると思った美女は、悪魔憑き! しかも、その悪魔の本当の目的は――」
「牧師様を、殺すこと?」
震える声で、フェリックスは問いを放った。
「そうだ。あの牧師の聖気にも抵抗できるような悪魔を呼び出すのには、苦労した」
そうして、ビヴァリーは手を伸ばす。
「あいつは、いなくなった。一緒に行こう」
「……何を言ってるんだ兄さん。牧師様を殺す理由なんか、なかったじゃないか……」
「はあ? あいつは僕から、お前を奪った。それで十分じゃないか」
ビヴァリーは、美しい笑顔を浮かべた。
「お前は、僕だけを頼りにしてればよかったのに」
「……ふざけるな! よくも、よくも牧師様を殺したな……!」
銃を向けたフェリックスを見て、ビヴァリーは告げる。
「お前がそういう態度を取るなら、僕にも考えがある」
「――え?」
そこでビヴァリーは、箱を開けて何事かを唱えた。
「待って――!」
「もう遅い」
そうして白黒入り混じった不思議な光は、箱から飛び出して彼方に飛んでいってしまった。
「悪魔は解き放たれた。あの男の魂を連れて」
「や……やめろおおおおっ!」
泣き叫んでも、どうにもならなかった。
「安心しなよ、エヴァン。あの悪魔は牧師の魂を道連れに、他の奴に取り憑くだろう。お前が追えばいいんだ」
「……兄さん」
「僕は優しいだろう? 協力してやってもいい。お前が僕と来るというのなら――」
手を伸ばされたが、フェリックスはその手を思い切り振り払った。
「行くもんか! お前なんかもう、兄さんじゃない! 俺から大切な人を奪った、人殺しだ!」
すると、ビヴァリーの顔がのっぺりとした無表情になった。
「せっかくまた、迎えに来てやったのに。お前は僕を拒むんだね――」
ふっ、と彼は微笑む。
「いいさ。お前が僕のところに来たいって懇願する日を、楽しみにしているよ」
油断した隙に、腹に蹴りを打ち込まれた。
意識を失う寸前、兄は耳にキスをして囁いた。
「それまでさよなら、エヴァン。僕のことを忘れるなよ」
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