Chapter2. Don't Leave Me(おいていかないで) 4





 ハッとして、目を覚ます。


「ルース……おかえり。ご苦労だった」


 トゥルー・アイズにねぎらわれ、ルースは青ざめた顔で起き上がる。


 傍らのフェリックスはまだ、目を覚ましていないようだ。


 ルースはベッドから下り、そのまま部屋から出て――廊下にうずくまった。


「ルース。大丈夫か?」


 後ろから声がする。振り向くと、トゥルー・アイズが立っていた。


「……ちょっと、さすがに応えたわ」


「だろうな――。……フェリックスももうじき、目を覚ますだろう。そのとき、お前が彼の過去を見たことは言わない方がいいかもしれない」


「え?」


「私は、お前とフェリックスの信頼関係がどうなっているのか、よくわからない。だが、少しでも不安があるなら言わない方がいい」


「……そうね」


 フェリックスが、匂わせもしないように気をつけていた過去だ。ルースが見たと知ったら、彼はどういう反応をするだろう。不安だった。


「言わないことにするわ」


「わかった。それでは、私が記憶の中に入って助けたと説明しよう。まあ、嘘ではないからな。フェリックスも、詳細は覚えていないはずだ」


 トゥルー・アイズは頷き、ルースに手を伸ばした。その手を取って立ち上がり、ルースは自らの足が震えていることを自覚した。




 小一時間後、フェリックスは目覚めた。


「……あれ。トゥルーにルース……」


「目覚めたか、よかった。水を飲め」


 トゥルー・アイズは急いで水差しからグラスに水を注ぎ、グラスをフェリックスに渡した。


 水を飲み干し、フェリックスは不思議そうに首を傾げた。


「結構、眠ってたか?」


「お前は、数日ほど意識を取り戻さなかった」


「ええっ。やたら長い夢を見たと思ったら、そういうことかよ」


「ああ。精神的な原因もあったようだ。それで、私がお前の夢に入って目覚めを促した」


「ふーん。よくわからないけど、ありがとな」


「ああ」


 二人の会話を聞きながら、ルースは所在なさげに天井を仰いだ。


「ルースも無事みたいだな。よかった」


「え、ええ」


 いきなり話を振られて、ルースは慌てて笑顔を取りつくろう。


「ルース、俺の夢に出てこなかった?」


 無邪気に問われて、ルースはぎょっとした。


「気のせいじゃない?」


「……そうかなあ」


 どうやら、少し覚えているらしい。


「とにかく、フェリックス。お前はかなり弱っている。しばらくは、ここで養生することだ」


「へいへい」


 フェリックスは渋面で頷いていた。




 翌日の昼下がり、ルースは食事の片づけをしていた。


 すると二階から、フェリックスが下りてきた。


「あら、フェリックス。寝ておかないでいいの?」


「もう大丈夫だろ。買い物に行ってくる」


「ええ?」


 しかし、フェリックスの足取りは少し危なっかしい。


「待って。あたし、ついていくわ」


「いいって。子供じゃないんだから」


「今のあんたは弱ってるの! あたし、勝手についていくからね!」


 ずびっと言うと、フェリックスはやれやれと肩をすくめた。


 そうして半ば無理矢理フェリックスについて外に出て、二人並んで外を歩く。


 すると途中で、声をかけられた。


「フェリックス?」


「……ビアンカ」


 あ、とルースも声をあげそうになった。


 あの記憶に出てきた、パメラの妹ビアンカだ。


(そっか。彼女には悪魔は憑いてなかったものね。この町にいたって不思議じゃない)


 ビアンカは、たおやかな美少女だった。


「トゥルーには先日会ったのよ。お見舞いに行くって言ったんだけど、まだお見舞いできる状況じゃないって言われて……。よかった。元気になったのね」


「ああ……」


 二人が並び立つ光景は、実に絵になった。


 ルースは自分が邪魔者でしかないだろうと悟り、居心地の悪さを覚える。


「よかったら、サルーンで話さない? 数年ぶりでしょう? あなた、全然ここには戻らなかったから……」


「あー、うん。ええと」


 フェリックスはルースを、ちらっと見た。


(はいはい。わかってるわよ)


「そういうことなら、あたしは家に帰るわ。買い物、代わりにしておきましょうか?」


「いや、後で俺が自分で買いに行くよ。悪いけど、戻っててくれ」


「わかったわ」


 ルースは、そっとビアンカを見た。彼女は無邪気な笑顔を浮かべていた。


「じゃあ、またね。どうも――」


 一応ビアンカにも会釈してから、ルースは二人に背を向けた。


 しばらくして、会話が風に乗って聞こえてくる。


「あの子、誰?」


「雇い主の娘さんだよ」


「へえ。なんだか、おしゃまな子ね」


 ビアンカの発言にルースはぴきっとなったが、そのまま歩を進めた。


(完璧、子供扱いされてる……)


 ビアンカは記憶の中でフェリックスを気に入っていると言われていたし、今も彼を慕っているのではないだろうか。


(うう、気になる)


 ルースが地団太を踏みそうになったところで、正面からトゥルー・アイズがやってきた。


「ああ、ルース。どうした。フェリックスと、買い物に行ったのではなかったか?」


「途中で、ビアンカさんに会ったの。二人は話をしに、サルーンに行ったわ」


「ふむ。それで、お前は気になって仕方ないという顔をしているのか」


 そんなにわかりやすいのかしら、とルースは頬に右手を当てる。


「そんなに気になるなら、私たちもサルーンに行こうか?」


「え。でも、いいの?」


「まあ、構わないだろう」


 トゥルー・アイズは軽く笑って、ルースの手を引いた。




 トゥルー・アイズは器用に、フェリックスたちの座る席からほどほどに近く……しかし死角になっている席を見つけ出してくれた。


 ウェイターにルースはオレンジジュースを頼み、トゥルー・アイズは麦酒を頼んでいた。


 注文の品が来て、ルースはオレンジジュースをすすりつつ……彼らの会話に耳を傾けた。


「……どうして今まで、戻ってきてくれなかったの?」


「忙しかったんだよ」


 フェリックスにしては、素っ気ない口調だ。


(女の子にはいつも、優しいのに)


 よく知った仲だから、なのだろうか。


「ねえ、フェリックス。あなたは姉さんのせいで、私にも……複雑な想いを抱いているのかもしれないわ。でも、私だって――」


「そんなことないって、ビアンカ」


「本当に?」


「ああ」


「それじゃあ、どうして。ねえ、フェリックス。せめて、たまにはここに戻ってきてほしいの」


 ビアンカの声が、少し弱々しくなった。


「旅立つ前にも言ったけど、俺はお前の気持ちには応えられない」


「どうして! 姉さんのせいなの? それとも――」


「お前のせいじゃないし、姉のせいでもないさ。俺はただ、所帯を持つつもりがないってだけ」


 その答えに、青ざめたのはビアンカだけではなかった。


(所帯を持つつもりがない、ですって?)


 ルースは思わず、振り向きそうになってしまった。


 フェリックスがそんな決意を固めているなんて、知らなかった。


「どうして、そんなことを?」


「どうしてでもさ。さあ、話は終わりだ。ここは俺のおごりってことで」


 フェリックスは硬貨をテーブルに置いて、立ち上がった。


 ルースは慌てて顔を伏せたが、さすがに立ち上がったら気づいたようだ。


「……トゥルーにルース。ここで何してるんだ?」


「うん? 喉が渇いたから、飲みにきただけだ」


 トゥルー・アイズはすっとぼけた様子で、グラスを傾けた。


「それにしちゃあ偶然だな? ルース」


 顔を近づけられ、ルースは肩を震わせた。フェリックスの顔が……明らかに、怒っている。


「ご、ごめんなさい」


「まあまあ、彼女を責めるな。私が話を持ちかけたんだ。責めるなら、私を」


 トゥルー・アイズが手で制したのを見て、フェリックスは肩をすくめた。


「……兄弟といえど、こんなことは止めてくれよ」


「すまなかった」


「……今回は許すけど。じゃあな」


 フェリックスは平坦な声で告げて、サルーンを出ていってしまった。


(ちゃんと、謝った方がいいわよね)


 はあ、とルースはため息をついた。


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