Chapter 7. A Stray Girl (迷える少女) 5



 どのぐらい、じっとしていただろう。


 頭を怪我したせいなのか、思考が定まらない。体中が痛くて体も起こせない。


(天罰だわ……)


 すっかり暮れた空を見上げながら、そう思う。


 ろくに確かめもせず、ひとを疑った。その罰が当たったに違いない。


 フェリックスに相談すれば、すぐに露見する罠だったのに。


 そのままじっとしていると、遠くから声が響いた。


「……ルース!……」


 フェリックスの声だった。


 声を出そうと思って、戸惑う。


 自分に助けてもらう資格が、あるのだろうか。


 ひとごろし、とひどい言葉を投げつけてしまったのに――。


 だが迷うまでもなく、フェリックスはこちらを見つけたらしい。蹄の音が近づいてすぐ、フェリックスが傍らに降り立った。


「大丈夫か、ルース。怪我……したのか?」


「……後頭部を、石でぶつけたわ」


 フェリックスはルースの背中を持ち上げ、体を起こして後頭部を見分した。


「ひどいな。動かさない方が良い。日も暮れてしまったし、砂漠を抜けるのは大変だ。今日はここで野宿しよう」


「……何で、助けてくれるの……」


 ルースの問いに、フェリックスは目を見開いた。


「あたしは、あんたにひどいことを言ったわ……」


 フェリックスは困ったように、首を傾げた。


「――俺が悪魔ごと人を殺していることは、事実だ。人殺しってのは……間違いじゃ、ないんだ」


 その言葉だけで、自分がどれだけ彼を傷つけてしまったかを悟る。


 ずっと気にしていたことを、ルースは無神経にも言葉という剣で突いたのだ。


「キャスリーンを殺したのも、俺だよ。ルース」


 フェリックスは自ら、告白した。


「悪魔に憑かれた人間は、中期や末期になれば聖水や祈祷で対処できない。それ以上の被害を防ぎ、魂を救うには……人間ごと殺さなくてはいけないんだ。まだ疑うなら、悪魔祓い協会に聞いても良いし、神父に聞いても良い」


「いいえ……信じるわ。あんたは、本当のこと言ってるはずよ。だって、あの兄さんの手紙が――罠だったんだし」


 ルースがやわらかく微笑むと、フェリックスはホッとした表情になって――すぐに眉を寄せた。


「その手紙ってやつ、見せてくれないか? ……いや、待て。先に手当てと野宿の支度をしよう」


 フェリックスはルースの傷口を水で洗った後に、包帯を巻いた。


 水が染みたときは相当痛かったが、歯を食いしばって声をあげないようにこらえる。


 フェリックスはルースがうつらうつらする間に火を起こし、ルースを毛布で包んでくれた。


「……さて。ひと心地ついたな。飲んで」


 温めたお湯を渡され、ルースは少しずつ飲んだ。


 少し気分がましになって、ポケットからあの手紙を取り出してフェリックスに渡した。


 ざっと手紙を読み、フェリックスは首を振った。


「筆跡は、間違いないよな?」


「ええ。全部、兄さんの筆跡よ」


「でも、後半は文体が違う気がするな。別人が似せて書いた可能性もある」


「嘘……」


「おそらく、だけどな。兄さんは、いくら俺が嫌いだからっていっても、善人だ。大体、妹を陥れるようなこと書かないだろ」


「それも……そうね」


 驚きのあまり、ルースはカップを取り落としそうになってしまった。


「あたしは、まんまと引っかかったのね――。でも一体、何のために?」


「わからないが――この文章からして、俺が悪魔祓いであることを知っていて、俺がキャスリーンを殺したことも知っている誰かが、罠をしかけたんだ」


「何、それ……」


 ルースは恐ろしくなって、身を震わせた。


「とにかく、今日はもう寝よう。砂漠の奥深くに来ちまったから、抜け出すのは楽じゃないぞ。ゆっくり休んで、明日はできるだけ距離を稼がないと」


「……ごめんなさい」


 謝ると、フェリックスは少し困ったように微笑んだ。


「いいさ」


 ルースはそのまま寝入りそうになったが、フェリックスが横たわる様子がないのを見て目を開いた。


「あんたは、休まないの?」


「見張りをする。俺は一日ぐらい寝なくてもどうってことないから、気にしなくていい」


「そう……ごめんね」


 ルースはそのまま、うとうとし始めた。




 ハッと目を覚ますと、まだ夜中だった。フェリックスは、焚き火に木切れを投げいれつつ、片膝を立てて座っていた。


「フェリックス」


 呼ぶと、彼は眠そうな目をこすって振り向いた。


「どうした?」


「その――もう、夜明けかしら?」


 特に用事があって呼んだわけでもないので、わかりきったことを質問してしまった。


「まだまだだよ」


「そう……。おやすみ」


 ルースはまた眠りに戻ろうとしたが、寒気を覚えてなかなか寝つけなかった。


「どうかしたのか?」


 気づけば、フェリックスが近くにいた。


「寒いのよ」


「砂漠だからな――夜は冷えるんだ。抱きしめてやろうか?」


 冗談で言ったのかと思ったが、フェリックスは別に笑ってはいなかった。


「そ、それは……」


「嫌なら良いけど」


「いいいい、嫌じゃないけど……」


 ルースが赤くなってそっぽを向くと、フェリックスは毛布ごとルースを抱き締めた。その上に毛布をかぶせてくれたので、さっきよりずっと温かくなった。


 変に心臓がどきどきするのは気のせいに……違いない。


 ルースはわざとフェリックスから目を逸らして、空を仰いだ。


「――綺麗ね」


 満天の星が広がっていた。月のない夜だから、くっきりと星の光が輝いている。


「そうだな」


 フェリックスも、空に見とれているようだった。


 このまま昏い星空に、吸い込まれてしまいそうだった。


 自分という存在が小さくなった気がして、心細くなる。


 それと同時に、様々な悩み事が胸にきざす。


「……これから、どうなるのかしらね……」


 ジョナサンのこと、オーウェンのこと……。そして未だに整理がつかず考えられてもいない、キャスリーンの死に関すること……。


「なるようになるさ」


 慰めの言葉を口にして、フェリックスは腕に力を込めた。


 伝わってくる温度が、ルースの心を解してくれた。


「ねえ、ひとつだけ聞いておきたいの」


「何だ?」


「姉さんをあんたが殺したってことは……姉さんは、悪魔に取り憑かれていたのよね?」


「そうだ」


 思い出してみると、あの変化は異常ですらあった。変化に悪魔が絡んでいたと知っても、驚くよりも納得してしまった。


「あたしが記憶を失くしたのは、あたしが望んだからだってトゥルーさんは言ったわ。あたしは姉さんの死が辛かったから、忘れさせてと言ったの?」


「――少し、当たってるかな。でも、それ以上は追求しないでくれ。言っただろう、ルース。俺はルースと約束したから言わないって」


「……わかったわ」


 自分で自分が不思議だった。


もちろん、キャスリーンが悪魔に取り憑かれて悪魔祓いに殺されたことを聞き、哀しみで胸が張り裂けそうだ。当時の自分も、ひどく嘆き哀しんだだろう。


(それでも――あたしは記憶を失くすことを選ぶのかしら)


 むしろ覚えていなければいけないと、今の自分は思う。


 だけど、真相は突き止めようがなかった。唯一理由を知っているフェリックスは発言を拒否しているし、ルースには記憶がない。


「ルース。考えるのは後にして、しっかり休むんだ。今は、砂漠を抜けることだけを考えなきゃ」


 フェリックスの真剣な声にルースは小さく頷き、目を閉じた。


 先ほどまで見ていた星空が焼きついたように、まぶたの裏できらきらと輝いていた。


 今度はなかなか寝つけなくて、目を閉じたまま歌詞の続きを考えた。




The End of “Part 2. Where you are”




Phrase2 Where You Are




I don't know where you are


あなたがどこにいるかわからないわ


Baby, you need not cry alone


愛しい人 一人で泣かないでね


I will send a song wherever you are


あなたがどこにいようと、歌を送るから


Can your heart be warmed by the tone?


少しは温かになるかしら?

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