Chapter 7. A Stray Girl (迷える少女) 4




 オーウェンから手紙が届いたのは、ルースが手紙を出した次の日のことだった。


「……返事にしちゃ、早いわね」


 そもそもどうして、ウォーターソンの町にいることがわかったのだろう。


 ルースは疑問を抱きながら、宿に届けられた手紙を開封した。


『ルースへ


 心配をかけてすまない。


 あの後、俺は行きずりの男に助けられた。


 ひどい頭痛を抱えてしまったこともあり、俺は一旦レイノルズ叔父貴の農場に戻ろうと思う。


 悪いが、旅を続けてくれ。


 最後に警告だ。あの悪魔祓いは危険だ。悪魔だけを祓うんじゃなくて、人を殺している。普通の悪魔祓いは、悪魔だけを祓うはずだろう? できれば、お前も農場に一度戻ってきた方が良い。俺は直接迎えに行けないが、ガンショップの主人に“L”という暗号を告げたら護衛を付けてくれる。もちろん有料だが、それは農場に帰ってから払えば良い』


 ルースはしばし、手紙を凝視したまま動きを止めていた。


 兄は、何を言っているのだろう。


(でも兄さんがこう言うってことは……何か、見たの?)


 オーウェンは確かにフェリックスを嫌ってはいるが、ここまでの嘘は言わないだろう。つまり、オーウェンは何らかの形で確信したのだ。


(どうしよう……)


 そもそもジョナサンの治療法は、どうすれば良いのか。いや、それは帰ってから家族に相談しても良い。


(でも……)


 どうしても、フェリックスが悪人だとは思えなかった。


 相容れない気持ちの葛藤に、ルースはうつむく。


 そこでルースは、フェリックスがジェーンについて言った言葉を思い出した。


『敵や、敵に関すると思える者には――ジェーンは、とても冷酷になれる。情なんて、敵に発揮する必要がないからさ』


 まさか、フェリックスもそうだと言うのか。


 ルースは恐怖に首を振り、まだ続く文章を追う。


「嘘――」


『あと、言おうかどうか迷ったが……キャスリーンは悪魔に取り憑かれて悪魔祓いによって殺されたそうだ』


「姉さん……」


 ルースは手紙を床に落としてしまったが、拾う気になれなかった。


(フェリックスが――殺した)


 優しい姉を。光り輝く姉を。


 だから――記憶を消した?


 ルースが望んで記憶を消したなんて、嘘で……フェリックスは都合が悪いから消したのではないか?


 そのとき、扉がノックされた。


「ルース? 入って良いか?」


 フェリックスの声だった。


 ルースは慌てて手紙を拾ってスカートのポケットに隠し、背筋を正して返事をした。


「え、ええ。良いわよ」


「お邪魔するよ。――これからのことなんだがな。情報をつかんできたぞ」


「情報?」


「ああ」


 フェリックスは椅子に座り、にっこり笑った。


「というか、情報屋の情報だな。ここから北に行った町に、新大陸で一番詳しい情報屋がいるらしい。そいつに、トゥルーの言う“善きもの”の存在の噂がないか聞いてみる」


「そう……」


 覇気のないルースに気づいたのか、フェリックスは顔を覗き込んでくる。


「気分でも悪いのか?」


「いいえ。その逆よ。ホッとして――。兄さんから手紙が届いたの」


「もう!? 早すぎないか? 昨日、送ったばかりだろ」


「ええ。多分、兄さんは兄さんで出してくれたんだと思うわ。手紙は入れ違いになっちゃうけど、兄さんが農場にいるのは間違いないわ」


「そうか。それは良かったな」


 フェリックスは、心底ホッとしたような笑みを浮かべた。


「何て書いてあったんだ?」


「えっと、行きずりの人に助けられて……頭が痛いから、仕方なく農場に戻るって書いてあったわ」


「――変だな」


 フェリックスはぽつりと呟いた。


「何が、変なの?」


「オーウェンの性格なら、農場に戻る前にリングヘッドに戻ってきそうだ。俺たちが捜してたことはわかっていただろうに。しかも、失踪のことについて何もないとか……。それほど、混乱していたのか?」


 言われてみれば、奇妙な話ではあった。


「ま、とにかくこれで手紙を待つ必要もなくなったし、明日には出発しようか」


「そうね。あ、あたし……一応、手紙もう一通出しておくわね。入れ違いのままだと、兄さん混乱するかもしれないし」


「ああ、わかった。俺はサルーンで情報を仕入れてくるよ。帰ってきたらまた、ここに来る」


「ええ、そうして」


 会話を終え、フェリックスが出ていくのを確認してから、ルースは泣きそうな顔で荷物の支度をした。


(どうして、聞かなかったの……)


 あなたが、姉さんを殺したのは本当か、と――。


(聞けるはずがないわ)


 とにかく、とルースは首を振る。


 オーウェンの言にしたがって、一度農場に戻ってみよう。オーウェンに直接、詳しく聞けば良い。


 ルースは震える手で、手紙をしたためた。オーウェンではなく、フェリックスに宛てて。




 手紙をフェリックスに渡してくれるように宿の店主に頼み、ルースは荷物を抱えてガンショップへと向かった。


 オーウェンからの手紙にあった通り、“L”と告げると店主はわかったように頷いた。


「三人、付けるよ」


「――ありがとうございます」


 オーウェンはどうやって、こんなやり方を知ったのだろう。オーウェンを助けた行きずりの人が、教えたのだろうか。


 ガンショップの男が奥に消えてすぐ、三人の男たちが店の裏口から入ってきた。


「この三人で、良いね?」


「え、ええ」


 ルースは引きつった笑みを浮かべた。


 三人とも若い男たちだったが――どうも、人相が悪い気がする。


「お嬢ちゃん、怖がることはないよ。こいつらは人相は悪いが、そう悪い奴らじゃない。あんたを、ちゃんと送り届けてくれるさ」


 店主が保証してくれたので、ルースはためらいがちに頷いた。




 ルースと護衛の男三人は馬に乗って、ウォーターソンの町を出た。


 最初は警戒していたルースだったが、時折見せる気遣いなどを見ている内に男たちがなかなか気の良い人たちなのではないかと思い始めた。


 そして――そろそろ夕方か、というときに後ろから叫び声が響いた。


「ルース!」


「――フェリックス」


 フェリックスは、思ったより早く帰ってきてしまったらしい。


 唇を噛み、ルースは怒鳴った。


「こ、来ないで!」


「……何を言っているんだ」


「兄さんが手紙で言ってたのよ。あんたは、ひ……ひとごろしだって!」


 静寂の支配する荒野に、ルースの金切り声にも似た高い声が響いた。


 フェリックスは傷ついたように、眉をひそめた。


「――確かに、俺は悪魔を殺すときは人を殺す。だけど、それは……そうしないと魂が救われないからだ」


「あんた以外の悪魔祓いなんて、見たことないもの! それが本当だって、どうしてわかるの!?」


 ルースは手綱を握り締めて、怒鳴り続けた。


「ルース、信じてくれ――」


「あんたが、姉さんを殺したの!?」


 フェリックスは虚を突かれたように、動きを止めた。


「そうなのね……」


 怒りで、目の前が真っ赤になる。


(あたしは、姉さんを殺した男をずっと信用していたのね)


「来ないで! ジョナサンの治療法も、あたしたちで探すわ!」


「ルース――」


 フェリックスは諦めたようにため息をついたが、ルースを取り囲むように佇む三人の男たちを見て厳しく誰何した。


「お前たちは何者だ?」


「このお嬢ちゃんを守るために、雇われた護衛でね」


「嘘つけ」


 フェリックスは直観的に何かを感じ取ったらしく、銃を抜いた。


「本当よ。あたしが雇ったのよ」


 ルースが保証したものの、フェリックスは信用しなかった。


「違う。用心棒にしちゃ、おかしい」


「何がおかしいのよ」


「用心棒なら、お前を人質に取らないだろう」


 ルースはハッとした。後頭部に堅いものが当てられる。――銃だ。


「あんたは、随分な銃の使い手らしいからな。大人しく俺たちを行かせてくれないと、このかわいい頭が吹き飛ぶぜ?」


 信じられなかった。男たちはルースを人質にして、フェリックスを脅しているのだ。


「もう一度聞く。何者だ?」


「雇われ者だ。もっとも……このお嬢ちゃんに雇われたわけじゃないけどな」


 フェリックスと護衛のふりをしていた男の会話を聞きながら、ルースは自分のうかつさを呪った。


 あれは、罠だったのだ――。


 どうやって兄の手紙をねつ造したのかはわからないが、今思えばおかしいことだらけだった。


(このまま、思い通りになんてさせないわ)


 ルースは油断している男たちを見て取って、馬の横腹を蹴った。


 道の横には、不毛の大地が広がっている。あそこに逃げ込めば、まけるはずだ。


「しまった! 追え!」


 銃声が鳴り響き、頬を銃弾がかすめる。


 頬が、熱い。


「ルース、だめだ! そっちは砂漠だ! 迷いこむぞ!」


 フェリックスの絶叫に従って制止したいのは山々だったが、後ろから響く蹄の音がそうはさせてくれなかった。


「お願い、走って……走って……」


 馬に懇願するように、ルースは横腹を蹴って拍車を入れる。


 今まで体感したことのないような早さに目が回りそうになりながら、必死に手綱にしがみつく。


 背後の銃声が遠くなる。


 馬が大きな岩を飛び越えたとき、ルースの体は宙を舞った。


「――ああっ!」


 放り出された体が、堅い大地に叩きつけられる。


 石にぶつけてしまったのか、頭に痺れるような痛みが走った。


 馬はルースを落としたことにも気づかず、走っていってしまった。蹄の音が遠ざかり、完全に絶えて――恐ろしいほどの静寂がやってきた。

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