Chapter 6. Thousand Crosses Hill (千十字架の丘) 4
オーウェンはじっとベッドの上に座っていたが、気配を感じて振り向いた。
いつの間にか、ティナが背中にもたれかかっている。
「ティナ……。何をしている?」
「こうしてると、楽になるの」
呼吸が荒い。オーウェンは心配になって、振り向いた。
「お前……怪我してるじゃないか」
「何てことないわ。オーウェンは、やっぱり優しいわね」
「俺は……別に、優しくない。なあ、ティナ。俺をここに閉じ込めたのは、お前なのか? 出してくれないか――。俺には、やることがあるんだ」
オーウェンの記憶は、先ほど戻ったばかりだった。
「それって、あの妹のこと?」
「いや、違う。俺には弟が――」
そこまで言ったところで背中に爪を立てられ、オーウェンは歯を食いしばった。
「だめよ、オーウェン。あなたは、私とずーっと一緒にいなくちゃあ。それが、あなたの大切な人への――罪滅ぼしなんじゃないの?」
顔を上げたティナは、変身する前の素朴なキャスリーンの顔へと成り変わっていた。
「キャスリーン?」
「それが、償いでしょう」
絶句するオーウェンに抱きつき、キャスリーンの姿をした女は呪詛のように「一緒にいて」と繰り返した。
フェリックスとニールはひたすら、町を走っていた。
「変形の悪魔だって?」
「ああ。そういうのがいるんだよ。自分の姿だけじゃなくて、こういう風に空間をも変えるのは――俺も初めて出くわすけどな。記憶も、“消してる”んじゃない。真っ白な状態に“変えてる”だけなんだ」
「なるほどな……」
ニールに説明しながら、フェリックスはとある家屋の異変に気づいた。
「あの家、輪郭が滲んでるな」
フェリックスはポケットからもう一本、聖水の入った小瓶を取り出した。
振りかぶって投げると、水と硝子が霧散すると同時に地震が起きた。
「うわっ!」
「おっと――当たりだな」
すぐ傍の大地が、何もない真っ黒な空間に変わっている。その闇に抱かれるようにして、家が一軒浮かんでいた。
「あそこに、どうやって行くんだ?」
「行く必要はない。ここからなら、届く」
フェリックスは担いでいた荷物を下ろし、組み立て式のライフルを素早く組み立てた。
窓に映る、少女の影。
「ちょっと待てよ。兄さん、近くにいないだろうな? ――兄さん! 兄さん、聞こえるかー!?」
フェリックスが怒鳴ったのを見て、ニールも加わった。
「オーウェン! 返事をしろ!」
聞き覚えのある声がして、オーウェンは背後の窓を振り返った。
「――用心棒……ニール……」
遠く離れてはいるが、光溢れるところから二人がこちらを見ている。
もやに包まれていた意識が、覚醒する。
「だめよ、オーウェン。行ってはだめ」
「放せっ!」
オーウェンは初めて、ティナに対して強く出た。彼女の手を振りほどき、ベッドから降りて睨みつける。
「お前は、キャスリーンじゃない! あの子は、死んだ!」
口に出して、改めて実感する。
優しく聡い義理の妹は、もうこの世にはいないのだと。
「キャスリーンの姿を
ここから出なくてはならない。出て、ルースと用心棒と共にジョナサンの治療法を見つけなくてはならない。そうでなくては、キャスリーンに顔向けができない。
「オーウェン……」
青ざめたティナの表情が、一瞬で豹変した。
「――せっかく、お前の心にいた女の姿で捕らえてやろうと思ったのに」
低い、男のような声にオーウェンは息を呑む。
オーウェンはとっさに、扉を開けて飛び出そうとした。
「馬鹿っ! 兄さん、落ちるぞ!」
フェリックスが叫んだ通り、オーウェンの体は奈落の底へと落ちようとしていた。
「オーウェン、つかまれ!」
ニールが投げた縄に、オーウェンは間一髪捕まる。
「すまない……ニール」
「へっ。良いってことよ」
ニールが軽口を叩いたとき、扉の向こうから悪魔が姿を現した。
フェリックスは聖水の小瓶を投げ、すぐにその後からライフルを放った。
硝子が砕けて聖水が歪んだ空間を解き、弾丸が正確に心臓を貫く。
断末魔の声と共に、悪魔は砂へと変わった。
「空間が崩れるぞ!」
フェリックスの叫んですぐ、また地震が起こった。
フェリックスもライフルを置いて、ニールの加勢に入る。しかし二人がオーウェンの体を引っ張り上げる前に、崩壊が起きた。
大地が揺れ、家屋が揺れた。
ルースとフィービーが慌てて外に出たときにはもう、大半の家が崩れていた。
「そんな……」
「小娘、退け!」
フィービーに突き飛ばされ、ルースは大地に転倒する。先ほどまでルースがいた場所に看板が落ちて、ゾッとする。
「くそっ、まだ続くようだな!」
フィービーはルースの手を取り、庇うようにしてルースの頭を抱えこんだ。
一層大きな地響きが轟き、ルースは悲鳴をこらえて目をつむった。
目を開けると、横になった無数の十字架が目に入った。
ルースは自分が横倒しになっているのだと気づき、大地に手をついて起き上がる。
数多の十字架から、黒く長い影が伸びている。夕焼けの光とあいまって、その光景は神聖というよりも不気味に映った。
無数の十字架が立ち並ぶこの丘は――話に聞いていた、サウザンド・クロスの丘だろう。
「……あの町は、どうなったの……?」
かすれた声で呟いて、辺りを見渡す。隣にフィービーが、少し離れたところにフェリックスと保安官が、そしてもっと離れたところにサルーンで出会った三人が倒れていた。
だが、オーウェンはどこにも見当たらなかった。
オーウェンは頭痛と共に、目を覚ました。
「…………ここ、は」
どこだろう、と考えながらベッドから起き上がる。
知らない部屋だった。
「起きたか」
傍らで、男の声が響いた。オーウェンは驚き、声のした方を見た。
既視感に襲われたが、そこに座っていたのはティナではなかった。
すぐ傍の椅子に座る壮年の男の顔は少々浅黒く、彫の深い顔立ちをしていた。
「あんた、誰だ?」
「ご挨拶だな。助けてやったんだから、先に礼を言ったらどうだ?」
皮肉気な微笑みに、誰かを思い出す。そう、誰か――鏡でよく顔を合わせる、誰かに……。
「私は、お前の父親だよ」
にわかには信じられない言葉を、肉親でしか有り得ない顔立ちの相似が証明していた――。
To be Continued...
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