Chapter 7. A Stray Girl (迷える少女)



 失踪事件は、四人の生還と二人の失踪という形で幕を閉じてしまった。


「兄さん一体、どこに行っちゃったのかしらねえ……」


 ルースはコーヒーの苦さに顔をしかめつつ、呟いた。


「どうしたんだろうな……。もうすぐで引き上げられる、ってところだったんだ。しかし異空間に閉じ込められたとしても、悪魔が死んだから、あの空間は全て無効になったはずだ。つまり、戻ってないとおかしい」


「なんだか難しい話ねえ。――あら、フィービーよ」


 ルースの指摘通り、フィービーがこちらにやってきた。


 ウォーターソンの町に戻って三日にもなるのに、エウスタシオもまだ見つからないらしい。


「――よう」


 ぞんざいな挨拶をされて、フェリックスもルースも「おはよう」と答える。


「朝食、おごれ」


「何でだよ!」


 フェリックスは、勝手に座ったフィービーに突っ込んでいた。


 奇妙な組み合わせの三人は、こうして今日も共に朝食を取ることになった。


「そうだ。今日、トゥルーが来てくれるらしい」


 フィービーが注文している間に、フェリックスはこっそりルースに告げた。


「あら、そうなの。色々聞きたいわね」


「ああ。失踪者を捜すこともできるんじゃないかな、あいつ。頼んでみよう」


「何だと?」


 耳に留めたらしく、フィービーがフェリックスの胸倉をつかんだ。


「ま、待ってフィービー。苦しい」


「もう一度言え。失踪者を捜せる奴がいるのか?」


「ああ、俺の友達だよ。エウのことも頼んでやるから、止めろって!」


 フィービーは安心したのか手を放し、たった今運ばれてきたコーヒーをがぶ飲みした。


「まーったく、大人しいかと思ったら、そうでもないんだから」


 ごほごほと咳き込みながらフェリックスは嫌味を言ったが、フィービーは特に反応しなかった。


「でも、嫌な偶然よね。兄さんもエウスタシオさんも、行方不明だなんて」


 フェリックスが余計なことを言いそうだったので、ルースは慌てて話をかぶせる。


「全くだな」


 フィービーはそれだけ答えて、朝食をのんびり食べていた。


 ルースが食べ終わったことを確認して、フェリックスは立ち上がる。


「じゃ、俺たちはちょっと用事があるから」


「ああ。さっさと行け」


 フィービーに追い出されるような挨拶をされ、フェリックスとルースは宿屋の食堂を出た。


「やっぱり俺、フィービー苦手だなあ」


「はいはい。でも、今は協力しておいた方が良いんじゃない? 兄さんも――保安官に協力をあおいだ方が、見つかりやすいかもしれないし」


 うつむくルースの肩を、フェリックスはぽんぽんと叩いた。


「心配しなくても大丈夫さ。兄さんは悪運が強いから、どっかでピンピンしてるよ」


「だと、良いんだけど」


 このところ、波乱続きだ。ジョナサンが倒れ、オーウェンは行方不明になった――。


「で、どこに行くの?」


「トゥルーを迎えに行くのさ。もう、町の入り口ぐらいまで来てるはずだ」


 フェリックスはそう言って、鮮やかな青い羽根を取り出した。それは、眩しいほどに発光している。


「なあに、それ?」


「トゥルーがくれた、伝達の羽根だ。これでトゥルーを呼んだってわけさ。トゥルーが近づけば近づくほど、これは光る」


「なるほど。それで、もう近くにいるって言ったのね」


「そう。トゥルーは多分、一人じゃ中に入ってこないからなあ。多分、入口から少し離れたところぐらいにいるだろ」


 どうして入ってこないの、と言いかけたところでこの町で先住民の姿をほとんど見かけないことに気づいた。


(入り辛いわよね……)


 この前会ったのは、先住民もたくさんいる交易所だった。この移民ばかりの町とは、全く趣が異なるだろう。


 フェリックスの言った通り、町から出て少し離れたところに、すらりとした影が佇んでいた。


「トゥルー!」


 フェリックスが叫ぶと、焦るでもなく彼は悠然と馬の手綱を引き、こちらに近寄ってきた。


「思ったより早い再会だったな。兄弟」


「色々、頼みたいことがあってな。呼び出して悪い」


「気にするな」


 そこでトゥルー・アイズは、ルースにも目を向けた。


「あ、あの……お久しぶり……ってほどでもないし、何て言えば良いのかわからないけど……。とにかく、来てくれてありがとうございます!」


 頭を下げたルースを見て、トゥルー・アイズはほのかに笑った。


「そんなに畏まらなくて良い。元気そうで何よりだ」


 肩を叩かれながら顔を覗きこまれ、ルースははにかみながらも笑みを浮かべた。


「それで、私に頼みたいこととは?」


「――あー。話すと長くなるし、とりあえず町に入ろうぜ」


「わかった」


 トゥルー・アイズは馬を引いて、ルースとフェリックスと共に町に入った。


 途端に好奇の視線が集まったが、トゥルー・アイズは平然としていた。




 宿に馬を置いてから、三人はサルーンへと向かった。


 グラスで再会に乾杯した後、フェリックスは早速用件を切り出す。


「まずな、お前に頼みたかったのは初めは一つだけだったんだ。でも、二つになっちまった」


「そうか。で、何なんだ?」


「まず、このルースの弟ジョナサン――お前も会っただろう」


「ああ、あの少年か。元気か?」


 ジョナサンのことを思い出したのか、トゥルー・アイズの表情が少し綻ぶ。


「それがな、魔物に寄生されているんだ」


「何だと? それがわかったのは、いつのことだ?」


「お前と別れた後すぐに、発症したんだ」


 トゥルー・アイズは少し考え込み、首を横に振った。


「見落とした。申し訳ないことだ」


「謝る必要はない。俺だって、傍にいたのに全然気づかなかった。それで、魔物に寄生された例って秘伝のノートにもないんだよ。そういう症例を聞いたこともない。お前の一族に、伝わってたりはしないか?」


 フェリックスの質問に、トゥルー・アイズは首をひねった。


悪霊イヴル・スピリットではなく魔物か……」


「ああ。手首の血管から入ったらしくて、いきなりジョナサンの体内に根を張ったんだ」


 詳しく症状を説明すると、トゥルー・アイズはルースの方を見てからフェリックスに向き直った。


「フェリックス。症例がそれだけないということは、普通の人はかからない症状ということではないだろうか?」


「つまり?」


「普通の者なら、死ぬ。その少年が弱っているにしろ、何とか共存しているのは……」


 ここで、トゥルー・アイズはルースを見た。


「フェリックス、この子にも言っても良いのか?」


「ああ、まあ。良いと思う」


「では、言う。ジョナサンという少年も、“エンプティ”だと私は推測する」


 その聞き慣れない言葉に反応したのは、ルースだけだった。


「エンプティって、何?」


 ルースがすかさず問い詰めると、フェリックスは迷った素振りを見せながらも説明してくれた。


「エンプティは、特定の性質を持つ人のことだ。普通の人が持たない“空白”を持つから、エンプティと言われている。その空間は、人でないものを宿すと」


「人でないもの、って……」


「お前の言う悪魔や天使、私たちの言う精霊、違う民族の語る神々――そんなものだ。シャーマンの素質だな」


 トゥルー・アイズが説明を付け足すと、ルースは目を見開いた。


「それって、悪魔に取り憑かれるのとは違うの?」


「違う。共存するんだ。ルースも聞いたことないか? 多神教の巫女は、その身に神を降ろすこともあるという。それって悪魔に憑かれるのとは違って、通常の状態に戻るだろ?」


「なるほど――って、ジョナサンがそういう才能を持っているってこと!?」


 ルースは驚きのあまり、変な声を出してしまった。


「その可能性が高い。前に会ったとき、あの子はエンプティではないかと思ったのだ……。確証ではないが」


「ちょっと待てよ、トゥルー。それじゃあジョナサンは、どうやったら救われるんだ?」


「エンプティは、体に悪しきものも善きものも入れることができる。善きものを、入れるしかない。それで浄化させるのだ」


「善きもの、かあ……。わかった、考えてみる。それで……せわしないけど、もう一件」


 フェリックスはため息をついた後、続けた。


「行方不明になった、ルースの兄を捜して欲しい」


「何だと?」


「つい四日前、失踪したんだ。それで失踪事件自体を解決したは良いんだが――」


 フェリックスはサウザンド・クロスの丘で起こった事件と、その後オーウェンが見つからなかったことを語った。


「ふむ、わかった。それでは、そこに向かうか」


「サウザンド・クロスの丘に行かないといけないのか?」


「私は記憶を追って、捜し人を捜すからな」


「わかった。ちょっと時間はかかるけど、行こう。ルースは留守番してるか?」


 突然話を振られたルースは一瞬戸惑ったが、首を横に振った。


「いいえ。付いていくわ」


「そうか。じゃあ、早速行くか」


 フェリックスが立ち上がったのを合図のようにして、ルースもトゥルー・アイズも立ち上がった。




 たくさんの十字架が突き立つ丘を、トゥルー・アイズはしげしげと見渡した。


「荘厳な風景だ」


 風に長い黒髪をなびかせながら、トゥルー・アイズは跪いて大地に手をついた。


「お前の兄の名前は――オーウェンだったな」


「ええ、そうよ……」


 トゥルー・アイズは、その姿勢のまま数分ほど静止していた。


 ルースもフェリックスも、黙ってその光景を見守る。


 トゥルー・アイズはゆっくりと目を開き、立ち上がった。


「わかった。まず……彼は生きているはずだ」


「本当!?」


 どっと、安堵が訪れた。怖くて口にも出せなかったが、ルースは兄の身に何かあったのではと心配していたのだ。


「そして、彼の傍には誰かが付き添っている。――おそらく、血縁だ」


「血縁? それって……ママってこと?」


 ルースの知る限り、オーウェンと血がつながっているのはエレンだけだ。アーネストは義理の父だから、オーウェンとは血がつながっていない。アーネストとヘイリーの子であるルースとジョナサンも、もちろん血縁ではない。


「何で、ママが? ううん、待って。ママのところに帰ったのかしら?」


「空間が歪んで、遠くに飛ばされちまったのかもしれない。それで何とかして、あの農場に帰ったのか」


 フェリックスが推測を話すと、ルースはホッとしたように頷いた。


「ああ、良かった! もう、心配させないで欲しいわ」


「念のために聞くけどさ、ルース。オーウェンの実父は、どうしてるんだ?」


「兄さんの父親? 昔に死んだって聞いたわよ。兄さんの兄弟も、あたしの知る限りはいないはずだわ」


「そうか。もし実は兄弟がいたにしても、新大陸で偶然再会とも考えにくい。なら、さっきの推測通りだろうな。――ありがとう、トゥルー。安心したぜ」


 フェリックスの礼に、トゥルー・アイズは微笑んだ。


「解決したようで良かった。だが、時が経っているから曖昧な情報しかつかめなかった。念のため、確かめた方が良いぞ」


「ええ、手紙を送るわ。本当は帰って確かめたいところだけど、ジョナサンのことを考えると……」


 ルースが迷った素振りを見せると、フェリックスが提案した。


「なら、ルースは戻ったらどうだ? 捜索は、俺だけでも続けられる」


「……ちょっと考えさせて」


 兄のことは心配だった。しかしそれと同じぐらい、ジョナサンのことも心配だ。


(でも、確かにあたしがいてもフェリックスの旅がはかどるわけじゃないわ)


「ああ。しかし、ルース一人であそこに帰らせるのは危険だな。やっぱり手紙で確かめるか」


 フェリックスは急に意見を変えたようで、ルースもホッとして頷いた。


「そうね」


「速達で無事を確かめよう」


 一旦結論を出し、ルースたちは町へと帰った。

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