Chapter 3. New Departure(新たな出発) 5
ルースとオーウェンは一緒に、アーネストに話をしにいった。最初は渋い顔をしていたものの、結局アーネストは二人に説得されて許可を出してくれた。
「お前さんは良いのかい、フェリックス」
「俺は構わないよ」
アーネストに尋ねられ、フェリックスは
「出発は今日のつもりだったんだけど――明日にしよう。兄さんもルースも、明日出発できなかったら普通に置いていくから、さっさと用意しておいてくれよ」
それだけ言い残して、フェリックスは外に出ていってしまった。
ルースは荷造りするべく一旦自室へと戻ろうとしたが、はたと大事なことを思い出した。
(ジョナサンにも、言わなくちゃね)
聡い子だ。嘘をついてもばれてしまうだろう。
ジョナサンは、本を読んでいるところだった。
「ジョナサン、おはよう。本読んで大丈夫なの?」
「おはよう、お姉ちゃん。うん、今日は調子良いんだ」
ジョナサンはにっこり笑ったが、それでもやはり血色はあまり良くなかった。
「あのね、ジョナサン」
ベッドの傍らに置いてあった小さな椅子に腰かけ、ルースは真っ直ぐに弟を見つめた。
「あんたの治療法を捜すために、フェリックスと兄さんとあたし――しばらく留守にするからね」
びっくりしたのか、ジョナサンは大きな目を更に見開いていた。
「三人で?」
「そう」
ジョナサンは、心配していたような恐慌状態には陥らなかった。ただ静かに、受け入れていた。それが少しルースは不安だった。
「ここなら、リッキーもいるしね。すぐに戻ってくるわ」
「うん、わかった」
「行く前に……ジョナサン、あたしに何かして欲しいことない?」
ルースの質問に、ジョナサンは目をぱちぱち瞬かせた。
「して欲しいこと?」
「ええ。できる限り、何でも叶えてあげるわ」
泣きそうな表情を
「何でも良いの?」
「ええ、良いわ。言ってごらんなさいよ」
「じゃあ――フェリックスと結婚してよ」
ルースは動揺のあまり、もう少しで椅子から転げ落ちてしまうところだった。
「何で、そうなるのよ!」
「だって……お姉ちゃんとフェリックスが結婚すれば、フェリックスは僕のお兄ちゃんになるもの」
「あんたにはオーウェン兄さん、っていう兄さんがもういるでしょう!?」
「もう一人欲しい」
まさか、こんなことを言われるとは。少しも予想していなかったルースは、頭を抱えた。
「大体ね、お姉ちゃん。フェリックスは用心棒なんだから……僕らが定住したら、お別れなんだよ。それは淋しいよ」
指摘されて、ルースはハッとする。
まだ父は特に何も言っていないが、その可能性も大いにあるのだ。
「もし、お姉ちゃんと結婚したら、ずっと一緒にいてくれるよ?」
「……あのね、ジョナサン。馬鹿なこと言わないで。もし、あたしたちが定住することになって、フェリックスとお別れになっても――それは仕方のないことなのよ」
ルースは言い含めるように、静かな声音で語る。
ジョナサンは返事をせずに、かけ布団の下にもぐってしまった。
「ジョナサン。あたしの話、聞いてる? あんたがフェリックスによく懐いてるのは、知ってる。……でも、あたし一人じゃ……どうしようもないことでしょう?」
「むー」
「お願い、顔を見せて」
ルースが必死に訴えると、ジョナサンは布団から少しだけ顔を出した。
「フェリックスと結婚してくれる?」
「――それは、あのね……」
まだ動揺が収まらなかった。
「僕、お似合いだと思うけどな」
「そういう問題じゃないと思うわ」
どう答えれば良いのだろう。はねつければ、さっきのようにジョナサンは、すねるだろうし、もし請け負えば無責任なことになる。
「――考えておくわ」
無難な答えをようやく口にすると、ジョナサンは満足そうに笑った。
夕方、フェリックスはジョナサンの部屋を覗いた。
「おう、起きてたか」
「起きてるよう」
口を尖らせてから、ジョナサンは笑った。
「お姉ちゃんから聞いたよ。――行くんだ?」
「ああ。特殊な例だからな……。でも、探せばきっと治療法は見つかるだろう。良いか、聖水は毎日塗るんだぞ」
フェリックスはジョナサンに真剣に言い聞かせた。
「うん」
「もし自分で塗るのが難しかったら、ジェーンかリッキーに頼め。ジェーンには、俺からも言っておくから」
「うん……」
声が震えたことに気づき、フェリックスは身を屈めてジョナサンの顔を覗き込んだ。
「僕……死ぬの?」
ほろりと、透明な涙が滑り落ちる。
「死なないさ。大丈夫だ。ちゃんと治療法を見つけてくる、って言ってるだろ?」
頭をがしがし撫でると、ジョナサンはこくこく頷きながら拳で涙を拭った。
「どうしたんだ。不安なのか? 聖水は利いているだろう?」
「でも……治らないよ。症状が進んではいないけど、治ったりはしてないよ……」
ジョナサンは自分の腕を見下ろした。緑の痣は全く引いていない。
「――そうだな。聖水は症状を止めることしか……してくれてないな」
正直に、フェリックスはジョナサンの意見に同調した。
「だけど、効果がないわけじゃないんだ。ジョナサン、俺を信じてくれ。必ず、治療法を見つけてくるから」
フェリックスがきっぱりと告げると、ジョナサンは涙の溜まった目でまばたきを繰り返した。
「わかった。信じるよ。フェリックスは西部で最高の、悪魔祓いだもんね」
心が痛み、フェリックスはぽんぽんとジョナサンの頭を叩いた。
フェリックスが行ってしまった後、入れ替わりのようにリッキーが入ってきた。
「ジョナサン。もうすぐ夕食だぞ」
「うん……。ねえ、リッキー」
気だるげに見上げると、リッキーは首を傾げた。
「何だ?」
「何だか、頭から離れない人とかいる?」
ジョナサンの質問に面食らったように、リッキーは眉を寄せた。
「はああ? ……待てよ、ははーん!」
リッキーは、きらりと目を輝かせる。
「何だ、そういうことか。お前も、お年頃だなー」
「お年頃?」
「人生の先輩として、話を聞いてやろう。なんだ、どんな女の子だ」
「女の子……うーん」
考え込むジョナサンを見て、リッキーは慌てた。
「えっ、まさか男!? フェリックスとか言うなよ! 懐きすぎにも程があるぞ!」
「違うよ。でも、何て言うか……うーん」
男の振りをしていたので、言って良いのかわからない。それに、会ったことは誰にも秘密だと約束したのだった。
あの、血のように赤い髪が目に焼きついている。
「ジョナサン」
するとそこで兄のオーウェンも部屋に入ってきて、ジョナサンはハッとする。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんも……行くんだよね」
「ああ」
オーウェンは表情を和らげた。
「お前は、何も心配しなくて良いからな。リッキー、頼んだぞ」
「イエッサー! ……てか、どうせ出発は明日の朝なんだろ? 今から、こんなしんみりすることないんじゃね?」
「――それもそうだな」
兄はリッキーの指摘に笑っていたが、ジョナサンにはわかっていた。
いつ容態が急変するかわからないし、ジョナサンが起きている時間が少ないので、三人は出発直前ではなくそれぞれ時間を見計らって会いにきたのだと。
それがわかってしまう自分が、少し哀しかった。
ジョナサンの部屋から自室に帰る途中、オーウェンは窓からフェリックスが馬の世話をしている光景を目に留めた。
迷ってから、外に出る。
フェリックスはすぐに足音に気づいて、こちらに首を巡らせた。
「やあ、兄さん。どうかした?」
「――別に」
何か言おうと思っていたはずだったが、いざフェリックスを前にすると言葉が出てこなかった。
「兄さん、ルースと俺を二人旅させるの嫌だったんだろ?」
からかうように指摘されて、顔に熱を覚える。
「――当たり前だ。お前は信用できない」
「はいはい。まあ正論だね。俺がルースを連れて、ばっくれないとも限らないし?」
くすくす笑って、フェリックスはオーウェンを真っ向から見据えた。
「そういうつもりなのか?」
「まっさか。でも、兄さんは疑うだろ? ――そういうとこ、俺は別に良いと思うよ。兄さん一人ぐらい、疑い深い人がいても。それで一家が上手くいってたんだろう」
まさか褒められると思わなかったオーウェンは、呆然とした。
ただ、わかることがある。
フェリックスは、人から疑われることにさして不快感を示さないのだ。それは、ひるがえって言えば――彼こそ、誰も信じていないのかもしれない。
「どうしたんだ?」
まだ無言のオーウェンを不審に思ったらしく、フェリックスは眉を寄せた。
「何でもない。――もう夕食らしいぞ」
踵を返しがてら告げると、フェリックスは「はいはい」と
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