Chapter 3. New Departure(新たな出発) 6
翌朝、フェリックスとルースとオーウェンはウィンドワード家とジェーンに見送られ、農場を後にした。残念ながらジョナサンは深く眠っていたので、起こさずそのまま行くことになった。
ルースはまだ乗馬に慣れているとは言い難かったが、練習も兼ねて一人で乗ることにした。
「大丈夫か、ルース」
「大丈夫よ! 早く進むわよ!」
フェリックスの問いかけに元気に答えられたのも初めの方だけで、段々と蓄積する疲れと痛みを避けることはできなかった。
「いったああ……」
休憩のために一旦馬を下りると、全身に痛みが響いた。
「変なところに力入れてるんじゃないのか?」
「そう、かも……」
「その内、慣れるさ」
「だと良いわね……」
ルースはフェリックスに相槌を打ちながら、よろよろと河原に横たわった。
「ところでフェリックス、どこに行くかは決まってるの?」
「ん? ああ。一応、見当はつけてる」
フェリックスは川から水筒に水を汲み、ルースに渡した。有り難く飲み干すと、生き返る心地がした。
もちろんこんなに必死なのはルースだけで、フェリックスもオーウェンも疲れた様子は見せていなかった。
(これは、だめだわ。もっと練習しておけば良かった)
乗れないわけではないが、これでは進む距離にも影響してしまうだろう。
昔に習った乗馬のコツを思い出しながら、ルースは手足を伸ばした。
「今日は野宿になる確率が高いんだけど……二人共、大丈夫か?」
フェリックスの問いに、ルースもオーウェンもためらいなく頷いた。
旅芸人だからか、野宿に抵抗を覚えたことはなかった。天幕はかさばるので、持ってきてはいないが。
「さて、そろそろ出発するか。休めたか?」
フェリックスに笑顔と共に手を差し出され、ルースはその手を取って立ち上がった。
「もちろんよ」
一刻も早く進みたかった。ジョナサンが、前のような元気を取り戻せる日が来るために。
ウィンドワード一行がとっくに旅立った町に、フィービーとエウスタシオはまだ
「フィービー様、一通りの調査はとうに終わりましたよ。いい加減、諦めたらどうです。どうせ帰らないといけないんです。一旦は合意したでしょう?」
何回目になるかわからないエウスタシオの説得を聞き流しながら、フィービーは呑気にサルーンで新聞を広げる。
「ああ。だが今戻っても、お偉方の説教を喰らうだけだと気づいてな。何も成果が上がってないんだし」
一瞬だけ新聞から顔を上げたフィービーは、それだけ言ってまた新聞に視線を戻してしまった。
「仕方ないでしょう。このままここにいても、成果があるとは……。それに、グリー町長は捕まえたじゃないですか」
「しかしブラッディ・レズリーには直接つながらん。チッ、ウィンドワード一家を逃がしたのは残念だったな」
「あの家族を捕まえる証拠は、ありませんでしたよ。せいぜい、あの少年が何か見たかどうか……ぐらいですね」
「やはりあの用心棒の行くところに事件あり、だな。何とかして吐かせたいところだ」
フィービーは懐からフェリックスの手配書を取り出し、顔をしかめた。
「なら、その報告も交えれば――お偉方も納得するのではないですか? きっとフェリックス・E・シュトーゲルはブラッディ・レズリーとつながっている。彼を追えば、組織の正体もつかめると――」
「なるほど。無視できない回数分、会ったのは確かだしな……」
「そうですよ。町長の逮捕と今回の確信――の報告でよしとしましょう。どうせ、私たち以外の連邦保安官も捕まえられてないんですから」
開き直ったように言い切って、エウスタシオは立ち上がった。
「さあ行きましょう」
「チッ……面倒だな。列車は嫌いだ」
フィービーが嫌がるのは、報告が嫌なせいだけではない。大陸横断鉄道に乗るのが面倒臭い、という理由もあった。
「どうして西部にも本部を作らないんだ。東部の奴らは良いだろうが、面倒すぎる。この頃、凶悪犯罪はブラッディ・レズリーのせいで、東部より西部で多発してるんだぞ。西部にも本部を作るべきだろうが」
「……その珍しくまともな論理は是非、お偉方の前で披露してください」
「どうせ却下されるから嫌だ」
エウスタシオの返答が気に食わなかったフィービーは、新聞を乱暴に置いて立ち上がった。
「ところで今日出発なら、もう出発しないとまずいですよ」
エウスタシオが時刻表を見せ、フィービーは目を丸くした。
「それなら、明日にしたらどうだ」
「明日出発の列車はありません。次に出るのは、一週間後です」
二人は顔を見合わせ、急いでサルーンから飛び出した。
全速力で馬を走らせ、なんとか出発時刻前に駅に到着した。
列車に乗り込み、コンパートメントに腰かけると、ようやく人心地着く。
「死ぬかと思った……」
暑さのあまりにロングコートを脱ぎ、フィービーは肩で息を繰り返した。
「私、飲み物でも買ってきますね」
エウスタシオも荒い呼吸をしていたが、フィービーよりは早く立ち直って行ってしまった。
するすると、列車が動き出す。
窓の外で動く景色を眺めていると、フィービーはふと視線を感じた。
「ん?」
だが視線は気のせいだったのか、こちらを見ている者はいなかった。
「何だ、落ち着かないな」
独り言を口にして、大分涼しくなってきたこともあり、フィービーはロングコートを着込んだ。
(そういえば、ブラッディ・レズリーは列車強盗もお得意だったな)
どうも不穏な視線だった――。
「フィービー様」
エウスタシオの声に顔を上げると、瓶を差し出された。
「酒じゃないのか」
「残念ながら、ジンジャーエールです。昼間に飲んでたから、我慢してくださいよ」
「まあ……そうだな」
あっさり引き下がったフィービーを見てエウスタシオは眉をひそめながら、フィービーの正面に座った。
フィービーは、さっきの視線が気になっていた。
どうも、嫌な予感がしてたまらなかった。
「フィービー様、大丈夫ですか?」
「ああ。――耳を貸せ、エウ」
手招きをするとエウスタシオは怪訝な表情は崩さないまま、顔を近づけてきた。
「列車強盗が出る予感がする」
「……予感? 何か見ましたか?」
「変な視線を感じた。それだけだ」
すると急にエウスタシオは興味を失くしたように、背もたれに背を預けて窓の外に視線を向けてしまった。
「フィービー様……それは単なる勘でしょう」
「ああ、勘だが?」
なぜそんなことを聞くんだ、と続けそうになったがエウスタシオが頭を抱える光景を見て、さすがのフィービーも口をつぐむ。
「だが待て、エウ。私も連邦保安官になって長……くはないが、それなりに経つ。私の勘は確かだ」
「ですがフィービー様。私が強盗なら、あなたの制服を見て止めると思いますよ」
「ふむ。だが、こちらはたった二人だ。強行するかもしれない」
「そうですかね……」
エウスタシオは呆れが限界値を越えてしまったらしく、帽子をくいっと下げて顔を隠してしまった。
「寝ます。余程でない限りは起こさないでください」
「あ、ああ」
何なんだ冷たい奴め、と思いながらフィービーは瓶に口をつけた。ひんやりとした硬質な感触に心地良さを覚え、ぐいっと中身をあおった。
呻き声が聞こえ、少し眠りかけていたエウスタシオは帽子を上げた。
「……フィービー様?」
正面のフィービーが、苦しそうに咳き込んでいる。
「どうしたんですか!?」
エウスタシオが慌てて立ち上がった瞬間、フィービーは真っ青な顔をして座席から落ち、倒れてしまった。
「フィービー様!」
悲痛な叫び声が、車内に響き渡った。
To be Continued...
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