Chapter 1. Saga of the West (西部の伝説) 7
保安官室の扉を蹴破り、フィービーは銃を構えて怒鳴った。
「連邦保安官だ!」
「……と、連邦保安官補です。フィービー様、銃を下ろしてください」
後ろから、静かにエウスタシオも現れる。
ちょうど食事中だったらしい郡保安官は、スプーンを持ったまま呆然として二人の侵入者を眺めていた。
しかしすぐに胸に輝くバッジを目にして、立ち上がる。
「これはこれは、連邦保安官に連邦保安官補! ようこそいらっしゃいました……と言いたいところですが、なぜここに?」
「私たちは、クルーエル・キッドおよび、奴が率いるブラッディ・レズリーを追っている。貴殿が現在、捜査中の事件にブラッディ・レズリーが関わっている可能性がある。捜査に協力してもらいたい」
「は、はあ。それはもう、いくらでも協力しますが。どの事件のことですか?」
連邦保安官の権力に恐れをなしたように、郡保安官はすっかり下手に出てくれた。
「アンダースン氏殺害事件だ。被害者のアンダースンに、付きまとっていた男がいたと聞くが?」
「ああ、ジェームズ・マッキンリーのことですね。被害届はとっくの昔に出てましたよ」
「ふむ。被害届とは?」
「アンダースンに父親の財産を取られたから取り返す、と何度も不法侵入を繰り返していたそうです。私も何度も取り締まりましたよ」
郡保安官は声を立てて笑ったが、フィービーもエウスタシオも笑わなかった。郡保安官は二人の白けたような表情を見て、咳払いをする。
「そいつがどこにいるか、知っているか?」
「ええ――この町の南東にある、あばら屋に住んでますよ。周辺の住民に聞けば、すぐにわかるかと」
郡保安官の説明に、二人はどちらともなく頷き合った。
「情報をありがとうございます、郡保安官。それでは私たちは失礼します」
エウスタシオが礼を言って、二人は保安官室を後にした。
廊下で待っていたルースとジェーンは、部屋から出てきたフィービーとエウスタシオを見て姿勢を正した。
「例の男は、この町の南東に住んでいて、ジェームズ・マッキンリーというらしい。私たちは今から向かうが、お前たちはどうする?」
「もちろん行くわよ」
フィービーの素っ気ない問いかけに、ジェーンは間を置かずに言い切った。
「ジェームズのこと、詳しく聞かせて」
ジェーンがフィービーに話を聞くために二人並んで歩く形になったので、自然とルースとエウスタシオが並ぶことになった。
実に気まずい。
「……あの二人が並んで歩いているなんて、悪夢ですね」
独り言かと思ったが、視線がこちらに向けられていたので、ルースはためらった後に返答した。
「そ、そうね……って言って良いのかわからないけど。悪夢は言いすぎじゃ?」
「悪夢ですよ。あなたは二人の決闘風景を知らないから、そう言えるんでしょうけどね。いつ修羅場に突入するかと考えると、やっぱり悪夢にしか思えません」
エウスタシオは何かを振り切るように、首を振った。
(保安官補も大変ね)
フィービーとジェーンの仲裁なんて、しようと思ってもできそうにない。
「今回は、決闘に入る前に止めたいところですが」
「決闘って、銃とナイフでやったの?」
ルースの質問に、エウスタシオは呆れたような笑顔を見せた。
「まさか。武器を使ったら、殺し合いになりますよ」
「じゃあ、どうやって?」
「殴り合いですよ」
それも恐ろしい、とルースもエウスタシオにつられて引きつった笑顔を浮かべてしまった。
「どっちが勝ったの?」
「引き分け――というか、私が銃で脅して何とか止めました。だから、決着をつけたがっているんですよ」
エウスタシオは、心底うんざりした表情をしていた。それはうんざりもするだろうと、ルースは心から同情を覚えた。
「どうして決闘になったの?」
「さあ。理由は、私もよく知りませんが――あの二人は、根本的に合わないんですよ」
なるほど、とルースは頷いた。
(フェリックスと兄さんみたいなものかしらね。フェリックスの方は、兄さんのこと好きそうだけど……)
フィービーとジェーンは、互いに毛嫌いしているようだ。
今、前を行く二人が比較的穏やかに話をしているのは奇跡なのかもしれない。
また沈黙が訪れたので、今度は勇気を出してルースから話しかけてみることにした。
「あの……あなたは、いくつ?」
随分大人びて見えるが、横顔を見ていて意外に若いのではないかと気づいたのだ。
それに、彼はフィービーやジェーンよりも若干背が低い。おそらく、これからまだ伸びるのではないだろうか。
(まだ十代かしらね。だとすると、フェリックスと一緒ぐらいかしら)
そう見当を付けたが、ルースの予想は外れた。
「いきなりですね。――十七ですよ」
「ええ? あたしと、二つしか違わないの? もうちょっと年上だと思ったわ」
思わず砕けた調子で話してしまったが、エウスタシオは気を悪くした様子は見せなかった。
「なら、あなたは十五なんですね。もっと下かと思いましたよ」
「え? そ、そう……」
そんなに自分は童顔なのだろうか、と鏡を見たい衝動に駆られる。
「おや、女性はみんな若く見られたいものだと思っておりましたが――これは失礼を。大人っぽく見られたいなら、もう少し言動に気をつけてみては?」
「……努力してみるわ」
盛大な嫌味なのか、それとも親切な助言なのか。はかりかねて、ルースは首を傾げた。
通りすがりの者にジェームズ・マッキンリーの家の場所を尋ね、どうにか彼の家に辿り着く。
フィービーは乱暴に扉を叩いたが、返事はなかった。
「留守か。ならば、蹴破るまで――」
フィービーが足を構えたところで、背後から間の抜けた声が響いた。
「何してるんですかあ?」
やたら化粧の濃い女が立っていた。
「ここ、あたしの家ですよお?」
「――ジェームズ・マッキンリーの家ではないのか?」
「マッキンリーさん? それなら、ここじゃなくて隣の家ですよお~」
フィービーの質問に答えてから、女はエウスタシオにあだっぽく笑いかけた。
「かっこいいお兄さん、ひま? あたしの家に寄っていかなあい?」
「忙しいので、遠慮しておきますよ」
素っ気なく答えて、エウスタシオは女の絡み付きそうになった腕をすり抜けた。
そんなやり取りを一切気に留めず、早速フィービーは隣の家の前に立って扉を乱暴に叩く。
「――誰だ!? 俺は今、機嫌が悪いんだ。さっさと立ち去らないと、ぶちのめすぞ!」
物騒な叫びが帰ってきたので、フィービーは問答無用で扉を蹴破った。
「良い度胸だな。誰に向かって口を利いている」
いきなり銃を構えた連邦保安官が現れ、ぼさぼさ髪の男は椅子に座ったまま怯えて手を上げた。
「じょ、冗談でした……」
「冗談で許されると思うなよ。頭ぶち抜くぞ」
「フィービー様、その人は犯人じゃありませんからね。間違っても撃たないでくださいよ」
エウスタシオになだめられ、フィービーは舌打ちして銃を下ろした。
「私は連邦保安官だ。アンダースン氏殺害の件で、話を聞かせてもらいたい」
「お、俺じゃねえよ!」
「誰も、お前が犯人だとは言っていない。現場を目撃したか否か、聞いているんだ」
ずかずかと室内に入ってきた保安官に見下ろされ、ジェームズは顔をしかめた。
「現場? ああ、あいつが殺されるとこか……」
「見たのか?」
「見……」
ジェームズが明らかに口ごもったところを見て、ルースが進み出た。
「あのね、あなたの証言があれば裁判を引っくり返せるかもしれないの。もし引っくり返せなかったら、無実の人が絞首刑になるかもしれないのよ!」
ルースが進み出ると、ジェームズは目を丸くしていた。
「あんたは……あの男の連れだったね」
「ええ。メイドのでたらめな証言のせいで、フェリックスが死ぬかもしれないのよ。ひどいと思うなら、あなたも証言して欲しいの」
ルースに請われて、ジェームズはため息をついた。
「わかったよ。――ああ、俺は見たよ。覆面の男がアンダースンを殺した。あんたの連れは、そいつに拘束されてたな」
ルースとジェーンは思わず笑顔を浮かべて、ハイタッチを交わした。
「だけど、そのメイドってもしや……クリスティって名前だったりしないか?」
ジェームズはもごもごとはっきりしない様子で、問いかけてきた。
「ええ。どうして、名前を知っているのです?」
エウスタシオに聞き返され、ジェームズは戸惑いながら口を開いた。
「その子は、俺の恋人だったからさ」
驚きのあまり、ジェームズ以外の者は顔を見合わせる。
「何だと? ならばお前は、そのメイドがどうして偽証したか知っているのか」
「……見当はつくけど。本人に聞いた方が、確かだと思う」
フィービーに詰問されたジェームズは、言葉を濁して立ち上がった。
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