Chapter 1. Saga of the West (西部の伝説) 6



 手がかりなしのまま日が暮れたので、町に一旦戻ることになった。裁判は三日後だというので、あまり時間はない。


 保安官二人は宿に行く前にサルーンに寄るつもりだと言ってきたので、宿の前で一旦別れることになった。


「決闘は裁判の後にしましょうね、フィービー」


「ああ。首を洗って待ってろよ」


 宿の前で交わされた別れ際の不穏なやり取りにルースは呆れたが、エウスタシオはもっと呆れた表情をしていたので、つい笑いそうになってしまった。


「さて、お嬢ちゃん。部屋に戻る前に、何か食べましょう」


「はい」


 二人は宿内の食堂で、簡単な夕食を取ることにした。もう夜も遅いので、家族は既に夕食を終えて部屋に引き上げているだろう。


「多分、気になっていると思うんだけど」


 食事が運ばれる前からビールを豪快に飲み干したジェーンは、ジョッキを置いてルースを真剣な目で見つめた。


「“西部の伝説”のこと。あれは、誰にも言っちゃだめよ」


「どうしてなんですか?」


 ジェーンは声をひそめ、ルースに顔を近づけた。


「“西部の伝説”は、撃ち方の名前なの。目にも止まらぬ射撃の方法よ」


 そこで料理が運ばれてきたので、会話は一旦中断となる。二人は、やたら塩気の強いピラフを口に運ぶ。半分ほど食べたところで、ジェーンは会話を再開した。


「西部開拓が始まった頃――ビリー・L・ホワイトと呼ばれる伝説のガンマンがいたの。その人が編み出した撃ち方が、“西部の伝説”と呼ばれるようになった」


「撃ち方が、伝説になったの?」


「そう。あまりにも絶対的な技だから、悪用されないようにビリーは誰にも教えないようにしていたそうよ。でも、信頼していた七人の弟子だけに技を授けたの」


 ルースは話に聞き入るあまり、ピラフを食べるのも忘れてしまっていた。


「ビリーの死後、その七人はことあるごとに狙われたらしいわ。“西部の伝説”を教えてもらいたいがための誘拐、そんな“西部の伝説”を持つ者がいては困るという者による暗殺……等々。結局、みんな若くして死んだのよ」


「そんな、早撃ちの技を持つのに死んじゃったの?」


「人を殺す方法は色々あるわ。たとえ“西部の伝説”を使えたって、死は避けられない」


 ジェーンの深い青の目を見つめ、ルースはすっかり忘れていたピラフにスプーンを差す。口に入れると、少し冷えてしまっていた。


「だから“西部の伝説”は、絶えたと思われていた。でも、その弟子の一人がひっそりと誰かに伝えていたらしいの。つまり今も“西部の伝説”を使える者は、存在するのよ」


「それが――」


 名前を言いかけたが、ジェーンの厳しい視線を受けて口をつぐむ。


「使えることがわかったら、狙われてしまうわ。だから誰にも言わないし、あの子も人前では使わない。あの子は普通の撃ち方でも、相当早い方だからね。必要がないのよ」


「でも、それだったら何のために“西部の伝説”を教わったのかしら?」


「どうしようもないときのためよ。“西部の伝説”でしか間に合わないときがあったら、あの子はそれを使うわ」


 そこでルースは思い出した。あの借金取りを名乗る男と銃を撃ち合ったとき、ジョナサンを庇ったため普通の速さでは間に合わなかったのだろう。だから、フェリックスは“西部の伝説”を使ったのだ。


「あまりにも早いから、ガンマンが見たらわかるのよ」


「そっか。確かにあの人、そんなこと言ってたわ。――フェリックスは、“西部の伝説”をジェーンさんの師匠でもある人から習ったの?」


 ジェーンとフェリックスは、師匠が同じだということを思い出して尋ねたが、ジェーンは渋い顔をしていた。


「あの子が誰に習ったかも、私は言わないわ」


 ジェーンに明かすつもりはないようだとわかったので、ルースはそれ以上追求しないことにした。


「で、事情はわかった? お嬢ちゃん。だから絶対に、あの子がそれを使えることは他言しちゃだめよ」


「はい」


 確認されたので、ルースは目を逸らさずに、深く頷いた。




 眠る前にジョナサンの部屋に寄ると、ちょうどオーウェンが様子を見守っているところだった。


「兄さん、ただいま」


「遅かったな」


 オーウェンは立ち上がり、ルースに椅子を譲った。


 ジョナサンの顔を覗き込んでみる。顔はまだ青白いが、寝息は穏やかだった。


「お医者様はなんて?」


「さっぱり原因がわからない、とさ。これで三人目だぞ?」


「最後のお医者さんだったのにね……」


 ジョナサンの体調不良は、今も原因不明だった。医師を三人呼んだが、これで三人共お手上げという事態になってしまった。この町の医師は三人だけなので、ここでの治療は期待できなさそうだ。


「俺は、もう寝る。また母さんが戻ってきて、ジョナサンと寝るらしいから――それまで、傍に付いていてくれるか」


 オーウェンに肩を叩かれ、ルースは小さく頷いた。


 扉の閉まる音を背後に聞いてから、ルースはベッドからはみ出た弟の右手を握り締めた。


「ジョナサン、早く元気になってね。あんたが元気じゃないと、調子狂っちゃうわ」


 白い手を布団の中に入れてやろうとして、ルースはジョナサンの手首に走るものに気づいた。


(何かしら……これ、模様? いえ、痣?)


 震える手で、袖をまくる。手首から腕にかけて、皮膚の中に走っている線があった。毒々しい緑色なので、血管ではないだろう。


 ジョナサンの腕に痣なんて、見たことがない。これほど目立つものを今まで見逃していたとは、考えられなかった。


「……お姉ちゃん?」


 手首を触っていたからか、ジョナサンが目を覚ましてしまった。


「あ、ごめんね。起こしたわね。まだ夜中だから、ゆっくり寝てて良いのよ」


「うん――。お姉ちゃん、フェリックスはどこ?」


 問われて、ルースはためらいながらも嘘を口にした。


「フェリックスはちょっと用事があって、近くにはいないの」


「ふうん……そう」


 ジョナサンは、がっかりしたようにため息をついた。


「何か、言いたいことがあったの?」


「うん……。でも、いないなら良いんだ」


 会わせてやりたいのは山々だったが、物理的に不可能だ。歯痒くて、たまらない。


「ジョナサン。この痣みたいなの、どうしたの? 覚えある?」


 さっ、とジョナサンの顔が青ざめた。


「わかん、ない」


「そう。どうしたのかしらね。お医者様にも聞いてみましょうね」


 優しく言い聞かせると、ジョナサンはこくりと頷いてから目を閉じてしまった。




 翌日、ルースたちはフェリックスとの面会に向かった。


 フィービーとエウスタシオの姿を目にして、フェリックスは案の定、嫌そうな顔をした。


「良いザマだな。私のこの手で、牢屋にぶち込んでやりたかったところだが」


 フィービーは得意げにフェリックスを見下ろして腕を組んだ。


「こらこら。あんたは今回、協力してくれるんでしょうが。フェリックス、捜査は順調とは言えないわ。屋敷のメイドの証言とお嬢ちゃんの証言じゃ、おそらくメイドの方が信用されるでしょう。お嬢ちゃんは、あんたを庇ってると思われる」


 ジェーンが屈みこんで、フェリックスに説明した。


「畜生。何で、そんなことになるんだ」


「他に目撃者がいれば、変わってくるんですけどね。誰か心当たりは?」


 エウスタシオの質問にフェリックスは考え込み――ハッとした様子で顔を上げた。


「借金取りの男――あのじいさんに家を取られたからって、恨んでた男がいたんだ。そいつが、あの殺人があった夜に家に侵入してた。俺が追い払ったから、見てないかもしれないが……」


「なるほど。名前は?」


「知らないな。だが、あの家は元々その男の父親が所有していたらしい」


「そうですか。――では“アンダースンに財産を取られた男の息子”で、調べられるでしょう。郡保安官シェリフに頼まなければなりませんね」


「では一度、郡保安官シェリフのところに行くか」


 エウスタシオが肩をすくめると、フィービーは不敵な笑顔で頷いた。

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