Chapter 1. Saga of the West (西部の伝説) 5
フィービーは真っ先に、町の中心にある宿へと向かった。
宿のロビーに入るなり、銃を構えて声を張り上げる。
「連邦保安官だ!」
何事かと人々が注目する中、奥の方から女が一人進み出た。
「あら、早かったわね」
「出たな、ジェーン・A・ジャスト。私に再び喧嘩を売るとは、良い度胸だ」
愛用の銃をもてあそびながら、フィービーはにやにや笑った。
「あら、こんなところで乱戦はよしましょう。外に出ましょうか」
ジェーンはにこやかに笑いながらも、ナイフの収まった皮のケースにそっと手を添えている。
「良いだろう」
二人が視線で火花を散らせる中、ジェーンの前に少女が飛び出してきた。
「おや、小娘じゃないか」
見覚えのある姿に、フィービーは目を丸くする。
「ジェーンさん! 何て書いて呼んだんですか!」
「喧嘩の続きをしましょう、って書いて送ったのよ」
答えを聞いて、ルースは肩を落としていた。
「そう書いたら、この女は絶対来るはずだと思ったのよ。手紙で事情説明するの面倒だし」
「何? お前、私を謀ったのか!」
「ある意味ね。いつか決着をつけたいとは思ってたから、嘘じゃないわよ」
思わず発砲しそうになっていたフィービーの腕を、エウスタシオがつかむ。
「待ってください。まさか、喧嘩買うためだけにここに……?」
「いかにもそうだ」
悪びれた様子など微塵も見せずにフィービーは自信満々に頷き、エウスタシオは大きなため息をついていた。
「一体、何の用だったんですか」
きつい口調でエウスタシオはジェーンを詰問したが、彼女は動じることなく艶やかに微笑んだ。
「あら、連邦保安官補の坊や。この野獣の面倒見るの、大変でしょ。同情するわ」
「殺す!」
フィービーが銃を構えそうになったところで、またエウスタシオが腕をつかんで止める。
「落ち着いてください。宿で喧嘩したら、間違いなく建物に被害が出ます。弁償ということになったら、上がうるさいですよ。――ところで、私の質問に答えてください」
もう一度エウスタシオはジェーンに告げ、厳しく睨んだ。
そこでルースが、ジェーンの前に進み出る。
「あの、あたしがジェーンさんに、あなたたちを呼んでもらうよう頼んだの」
「あなたが?」
エウスタシオは、あからさまに顔をしかめた。
「事情は、ちゃんと話すわ。とりあえず、どこかに移動しない? サルーンにでも行きましょう」
宿のロビーには野次馬が溢れかえっていたので、一同はジェーンの提案に従うことにした。
話を聞いた途端、フィービーとエウスタシオはちらりと視線を見交わして黙り込んでしまった。
「あの、だめかしら――」
「だめ、というか……私たちに頼むとは、あなたも肝が据わってますね」
ルースが声をかけると、エウスタシオは呆れた様子を隠そうともせずに、言葉を放った。
「全く、図々しい小娘だ。なぜ私たちが、あの男を助けねばならんのだ」
「でも――それでフェリックスが死んだら、あなたたちも困るでしょう」
「それもそうだな。死ぬ前に、何とかして吐かせる方法もあるが」
フィービーの冷たい言葉に、ルースは立ち上がって机を叩いた。
「ちょっと! これは冤罪なのよ! さっきも言ったけど、犯人はブラッディ・レズリーの可能性が高いんだから!」
「――ふむ」
フィービーは考える素振りを見せてから、エウスタシオに顔を向けた。
「どう思う」
「もし本当にブラッディ・レズリーの仕業なのだとしたら、私たちが出て損はありません。それに、あれには借りもできてしまいましたしね。ここで借りを返しておけば、すっきりするんじゃないですか?」
「それもそうだ。――よし、わかった。協力してやるから、有り難く思え」
こうして無事、連邦保安官の協力を得ることに成功したのだった。
「さて、それでは現場に行きましょうか。フィービー様」
エウスタシオは立ち上がったが、フィービーは動かなかった。
「待て。まだ、こいつとの対決が終わってないんだ」
フィービーはジェーンを指さし、鼻を鳴らした。
「まだ言ってるんですか。大体、どうして私に手紙の内容を言わなかったんですか」
「言えば、お前は止めるだろう」
「止めますよ、それは」
フィービーの方が偉いだろうに、明らかにエウスタシオが叱る形になっている。
「痴話喧嘩はそこまでにしたら? 私は対決してもしなくても、どっちでも良いわよ? どうせ私が勝つし」
「――何だと?」
ジェーンの挑発的な発言に、フィービーは立ち上がってホルスターに手を伸ばした。
「お前にだけは、負ける気がしないな!」
「あーら、本当? 乱射しか能がないくせに、私を倒せるとでも思ってるの? ノーコンさん」
ピキピキピキ、と明らかにフィービーがキレまくっているのがわかる。
「ジェーンさん、挑発しないで……」
「あらごめんなさい、お嬢ちゃん。そうね、しばらくは協力するんだもんね。つい、いつもの癖で。行きましょうか」
ルースが止めると、ジェーンは笑って立ち上がった。
「待て! 決闘しろ!」
「まあまあフィービー様、今日は止めておきましょう。時間がもったいない」
「何だと!?」
なだめるエウスタシオと銃を振り回すフィービーを見て、ルースは密かに「この人たちに頼んで大丈夫なのかしら」と呟いた。
両親とオーウェンに、ルースは捜査に同行する旨を告げた。
「俺も行こう」
オーウェンの申し出は有り難かったが、ルースは首を横に振った。
「兄さんは、ジョナサンに付いててあげて。フェリックスが捕まったことは、言わないであげてね」
「……ああ」
オーウェンは少し不服そうに眉をひそめ、昏々と眠り続けるジョナサンを振り返ってから、ルースに視線を戻した。
「お前も、疲れているんじゃないのか」
「大丈夫。じっとしていたくないし、何よりあたしは現場を見たの。何か役に立てたら良いんだけど」
オーウェンは顔をそむけて、息をついていた。
「兄さん、どうしたの?」
「何でもない。ただの自己嫌悪だ」
「ふうん?」
変な兄さん、と呟いてからルースはオーウェンの手を取り、しっかりと握った。
「ジョナサンを、お願いね。あたしたちの、大事な弟を」
「――ああ。わかってる」
普段は頑ななオーウェンの表情が解けるのを見て、ルースは安心して微笑んだ。
例の屋敷を目にすると、胸が痛んだ。
さすがにもう遺体は残っていないが、血の跡はまだ拭われていなかった。
「どなたですか?」
勝手に上がりこんだ四人を見咎めるように、執事の男が出てきた。
「連邦保安官だ。捜査させてもらう」
フィービーがバッジの輝く胸を逸らすと、執事の男は眉をひそめた。
「もう犯人は、捕まっていますが……」
「知っている。だが、いくつか疑問点があってな。我ら連邦保安官の管轄になるかもしれないから、念のための捜査だ」
フィービーの説明に、執事は「そうですか」とだけ言い残して去った。
普段は無茶苦茶とはいえ、フィービーにはやはり連邦保安官としての威厳がある。
「あの執事が証人なのか」
「いえ、メイドだそうよ」
フィービーの問いに、ジェーンが簡潔に答えた。
「ふむ。その女にも会ってみたいな」
フィービーは考え込む動作を見せてから、血の跡が残る床の傍に膝を付いた。
「小娘。詳しい状況を説明しろ」
「え、ええ。まず、あたしは向こうの廊下からここに歩いてきたの。そしたら、この壁際に立ってた……えっと」
「アンダースン氏よ」
このジェーンの補足で、ルースは初めてあの老人の――本当は老いていなかったらしいが――名前を知った。
「アンダースンさんが、あたしを引き寄せて盾にしたの」
「ふむ、人質になるとは情けない。小娘、そういうときは頭をぶち抜け」
「あたし、銃持ってなかったもの」
「なら、殴るか蹴り上げろ」
フィービーは無茶を言ってきた。
「止めなさいよ、フィービー。お嬢ちゃんは私たちみたいに、荒くれ者たち相手に渡り合えるような子じゃないの。――さあ、続けて?」
ジェーンが止めてくれたおかげで、ようやく話を再開できた。
「そしたらね、ここに立ってたフェリックスの後ろから、覆面の男が近づいてきたの。フェリックスの手首をつかんで、こう倒した」
動作を真似しながら、視点を低くする。
「――そして、銃を撃ったの。何だか、よくわからない会話してたわ。この銃じゃ満足できない、欲しいのは技だとか……」
そこでジェーンが話を遮った。
「お嬢ちゃん、話はそこまでで良いわ。先にメイドの話を聞きましょう。さっきのお嬢ちゃんの話と噛み合うかどうか、聞きたいわ」
ジェーンの意見に、フィービーの「では、そうするか」という気楽な応答があり、フィービーたちは先に家の奥へと行ってしまった。
「付いていく前に、お嬢ちゃん」
ジェーンはルースに顔を近づけ、鋭く囁いた。
「まさか、“西部の伝説”のことを聞いた?」
「……そういえば、そんなことを言っていたような……」
「そのことは連邦保安官たちにも、絶対に言っちゃだめ。わかったわね? フェリックスが危険な目に遭うわ。理由は後で言う。返事は?」
「は、はい!」
大きな声の返事にジェーンは一つ頷いて、フィービーたちが消えた方へと足を進めた。
「いきなり、ごめんなさいね。さあ、私たちも行きましょう」
ジェーンの剣幕には何事かと思ったが、ルースは気を取り直してジェーンの背を追った。
メイドは四人を前にして、怯えた様子を見せた。
「み、見たものは見たんです」
「嘘! あたしは知ってるのよ! あなたは、嘘をついているわ!」
進み出たルースを、エウスタシオが手をかざして制した。
「そこまで。――この少女はこう言ってますが、本当にあなたはフェリックス・E・シュトーゲルがアンダースン氏を殺したところを、見たんですね?」
「え、ええ……。本当です」
メイドの青ざめた表情はどう見ても尋常ではなかったが、決して口を割ることはなかった。
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