Chapter 1. Saga of the West (西部の伝説) 8



 ジェームズを連れて、一行は例のアンダースン邸に向かうことになった。


 家を出る前に、フィービーは詳しい事情をジェームズから聞き出していた。


「ブラッディ・レズリーが現れた理由? 知らないよ。でも、待てよ。この銃じゃ満足できない、欲しいのは技だとか、アンダースンは言ってたな。そしたら、用なしだって男が言ってアンダースンを撃った。その前に、フェリックスという男にアンダースンが銃を突きつけていた。その現場は、途中からしか見ていないから、どうしてそんなことになったか、わからないんだが」


「ふむ。その銃は、ブラッディ・レズリーが売りつけたものか?」


「さあ……。でも、その銃は男が持ち去っていたな。あの銃は何なんだ? アンダースンが老人のようになったのも、親父があいつに負けたのも、あの銃のせいだったのか? 親父は、アンダースンに負けるまで敵知らずのガンマンだったんだ」


 ジェームズに反対に問われて、フィービーは難しい顔をして腕を組む。


「ブラッディ・レズリーの商品だった可能性は、あるな。あいつらは、妙なものを売りさばいているという噂だ。エウ、どう思う」


「……まあ、そうでしょうね。とにかく、アンダースンはブラッディ・レズリーから妙な銃を買い、ジェームズ・マッキンリーの父親との決闘で勝利した。事件の夜は、様子を見に来たのか、それとも別の商品を売りに来たのか、それとも取引しに来たのか……いずれにせよ、ブラッディ・レズリーの男が現れ、フェリックス・E・シュトーゲルを取り押さえてアンダースン氏を殺した。商品は回収。決闘で勝てるようになる銃なんて、欲しがる者はたくさんいますからね。西部の者は決闘を好む。また誰かに、売りつけるつもりでしょう」


「でも、どうしてアンダースンはフェリックス・E・シュトーゲルに銃を突きつけたんだ?」


 そこで、ジェーンが割って入った。


「そりゃあ、フェリックスの腕前に感心したから、教えてもらおうとしたんでしょ。欲しいのは技だ、銃ではない……っていう台詞で明らかじゃない。ちなみにあの子の師匠は、私の師匠でもあるの。あの子の腕前は、私が保証してあげてもいいほどよ」


 ジェーンは、話題が“西部の伝説”にいかないようにしていた。


 それを察したのか、ジェームズも「昼間、俺と撃ち合うところをアンダースンに見られたんだろう」とだけ言っていた。


「……ふむ。とにかく、アンダースン邸に向かうか」


 フィービーがさっさと家を出ていったので、他の者も続いた。




 そうして、辿り着いたアンダースン邸。


「クリスティ」


 名前を呼ばれて、その娘は怯えたように振り返った。


「ジェームズ……」


「何で嘘の証言なんか、したんだよ」


 唇を噛み締めてうつむく彼女を見下ろし、ジェームズはため息をついた。


「ばれても、良いの?」


「ばれて……って、ああ、やっぱりあのことか」


 傍らに佇む、連邦保安官と保安官補と賞金稼ぎと、あの殺人現場に居合わせた娘――珍妙な取り合わせの四人組に目をやり、ジェームズは覚悟を決めたように口を開いた。


「俺は悪いことをしたとは思ってない。土地の証書は、俺のものだ」


 フィービーが眉を上げて、ジェームズの肩をつかむ。


「証書? どういうことだ」


「……俺は、というか俺の親父はアンダースンに家と土地を取られた。家と土地の証書を取り戻そうと、その夜に忍びこんだわけさ。そしたら、この子の連れに見つかった」


 ジェームズは顎で、ルースを示した。


「一度追い払われたんだが、諦め切れなくて別の所から侵入した。そして首尾よく盗んだ後に、話し声を聞きつけて――その後は、さっき話した通り。覆面の男がアンダースンを殺すところを見たわけさ。犯人にされちゃかなわない、と思って逃げたんだよ。まさか、あの男が犯人にされてるなんて思わなかった」


 ジェームズはうつむき、首を振った。


「メイド。お前も証言を変えるか。ジェームズを庇う必要もあるまい。多少は、罪に問われるかもしれんがな」


「そうしろよ、クリスティ。俺のせいで、無実の奴が死ぬのはさすがに嫌だ」


 ジェームズは気楽に肩をすくめていたが、クリスティの顔色は冴えなかった。


「……クリスティ?」


「いえ、何でも。でも、私は証言したくありません」


「ならば、証言台に立たなければ良い。判事か保安官に言うことにして、一旦町に戻りましょう」


 エウスタシオの促しに従い、一行は屋敷を後にしたのだった。




 町に入った瞬間に銃声が響き、ルースは首を巡らせた。


「クリスティ!」


 ジェームズが叫んだ先を見やると、クリスティがゆっくりと倒れるところだった。


 左手の建物――空家と思しき家の二階の開け放された窓から、銃が覗いていた。


 さすがに保安官は素早かった。フィービーが二丁拳銃をかざして、上方に向かって弾丸を放つ。エウスタシオの銃弾も、ほぼ同時に放たれたところだった。


 ジェーンがルースとジェームズの腕を引っつかみ、走った。二人の後を、銃弾が追ってくる。


(狙われている……!?)


 おそらく、ジェームズだ。


 ジェーンは二人を民家の扉に押し付けた後、踵を返してショットガンの撃鉄を起こし、狙いを定めて弾丸を放った。


 窓に見えていた銃口が、一旦消える。


「逃げるつもりだ! 行くぞ!」


「はい!」


 フィービーとエウスタシオが走り出したが、ジェーンは動かなかった。


「この家に入れてもらいましょう。すみません!」


 扉を叩くと、でっぷりした婦人が恐る恐るドアの隙間から顔を出した。


「どうしたんだい?」


「銃撃があったの。一旦ここで匿ってちょうだい」


「で、でもね」


「私はジェーン・A・ジャスト。賞金稼ぎよ。あなたを巻き込んだりしないわ」


 その名前に聞き覚えがあったらしく、婦人は渋々三人を入れてくれる。


 ジェーンはショットガンを構えたまま、窓際に素早く身を寄せて表の様子を伺っている。


「ク、クリスティは……」


「確かめたけど、即死だったわ。ごめんなさいね」


 ジェームズはジェーンの一言を聞いた途端、肩を震わせて頭を抱えた。


「クリスティのあの怯えよう――気づくべきだったわ。ブラッディ・レズリーに、脅されていたのね」


「お、俺は何てことをしてしまったんだ……」


「あなたのせいじゃないわ。あら、戻ってきたようね。二人共、少し待ってて」


 ジェーンは目配せをした後、家から一旦出ていった。しばらくして、ジェーンがフィービーとエウスタシオも連れて入ってきたので、家の婦人は目を丸くしていた。


「逃がしたの?」


「――黙れ。逃げられた後だったが……血痕が落ちていた。怪我をしたな。私の弾が当たったんだろう」


「私のじゃないの?」


「黙れ。私だ。百歩譲ってエウだ。お前だけは有り得ない」


「はいはい、どうでも良い。で、血痕で跡も辿れず?」


 ジェーンの追及に、フィービーは大きなため息をついた。


「辿れたら戻ってきていない。途中で気づいたのか、途切れていた。捜査もしたいが、まずはこいつらを保安官事務所に連れていく」


 フィービーとエウスタシオは、ルースとジェームズを前後に挟むようにな体制になった。


「先頭があんた。しんがりが坊やね。じゃあ、私は横を固めるわ」


「ああ」


 珍しくフィービーは素直に頷き、扉を開いた。


「あれは例のスナイパーかしら」


「そうだろう。いつもと同じ薬莢が落ちていた」


 歩きながらジェーンが尋ねると、フィービーが間を置かずに答えた。


「スナイパーって?」


 ルースの質問には、エウスタシオが答えた。


「クルーエル・キッドお気に入りの、スナイパーがいるんですよ。大概、暗殺はその者が請け負ってますね」


 外に出た瞬間、クリスティに駆け寄ろうとしたジェームズの腕を、エウスタシオは素早くつかんで警告した。


「――死体の処理は後でします。言うことを聞かないと、あなたも死にますよ」


「くっ……」


 エウスタシオの冷静な一言に歯を食いしばり、ジェームズは力なくうなだれた。




 軋んだ木の床が、足を踏み出す度に音を立てた。


 息を切らせて、廊下を走り抜ける。二の腕に当てた布から、じわりと血が染み出す。


「まずいな……」


 予想以上に、血を失っているらしい。めまいを覚えた。


 がくりと膝を落としたところで、穏やかな声が降ってきた。


「どうしたの? そこで何をしてるの?」


 階段の上から、金髪の少年が見下ろしていた。


「大丈夫?」


 とことこ、少年は階段を下りてきて傍らに膝をついた。当の少年も、随分と顔色が悪そうだ。


(まだ幼い、子供だ。深くは聞いてこないだろう)


 素早く考えて、少年に質問をした。


「お前の部屋に、包帯は……あるか」


「うん? あるけど」


 少年は戸惑いつつも、答えた。


「お前の他に、人はいるか?」


「ううん。今はいないよ」


「少し、そこで休ませてもらっても良いか」


 尋ねると少年はきょとんとして首を傾げた。


「良いよ。こっちだよ」


 階段を上る少年の後を追って、階段を上がった。階段からほど近い扉に導かれるがままに入って、椅子に腰を下ろす。


「これが包帯だよ」


 すぐに少年は、包帯を手渡してくれた。受け取りながら、微笑んで礼を言う。


「悪いな」


「ううん。僕、ジョナサン」


 名乗って手を出されたので、応じないわけにはいかなかった。


「俺はウィリアムだ」


 ジョナサンの浮かべた邪気のない笑顔に苦笑しながら、ウィリアムは彼の手を握った。


 握手を解き、シャツのボタンに手をかけたところで、ウィリアムはこちらをじーっと見ているジョナサンに冷たく告げる。


「何を見てる?」


「え? ええと、すごく赤い髪だなって思って」


「……よく言われる」


 ウィリアムは自嘲気味に笑って、一言呟いた。


「向こう向け」


「へ? わかった」


 ジョナサンは、くるりと後ろを向いた。


「どうして、怪我したの?」


「……流れ弾に当たったんだ」


「お医者さんのところ、行かないの?」


「このくらい、自分で手当てできる」


 淡々とした答えと共に、衣擦れの音が響く。


 ジョナサンは急に、膝をついた。


「――どうした?」


 ウィリアムが助け起こすと、ジョナサンは蒼白な顔に弱々しい笑みを浮かべた。


「僕、病気なんだ」


「そうか……。横になったらどうだ?」


「う、うん」


 自分では立ち上がれそうもなかったので、ウィリアムはジョナサンの体を持ち上げてベッドに横たえてやった。随分と、軽い体だった。


 すると少年はすぐに、火が消え入るように静かな眠りについてしまった。


 ウィリアムは寝息を確認してから、ベッドに背を向けて、もう一度上の服を脱ぎ始めた。


 きつく、胸に巻いた布を少しだけ緩めて息をつく。そして包帯を口に噛み、痛みをこらえて己の手当てを始めたのだった。




To be Continued...


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