Chapter 7. True Eyes (真実の目) 7



 フェリックスは物音に振り返り、手に持っていたものを隠そうとしたが――相手がトゥルー・アイズだということがわかって、たちまち緊張を解いていた。


「それが、例の腕輪か」


「ああ。さっきから、うるさいのなんの。俺に契約を迫ってくる」


 くすくすとフェリックスは笑う。玩具を見つめる子供のように、無邪気な笑顔だった。


「暴食の腕輪か……」


「ああ。共に暴食のとりことなれば、願いを一つだけ叶えてくれるんだとさ。明日、教会に預けて浄化してもらおう」


 腕輪をもてあそびながら、フェリックスの目はどこか遠くを見ていた。


「フェリックス。やけに、あの少女――というか、あの一家に肩入れしているようだな。珍しい」


 フェリックスは驚いたように、首を傾げた。


「そんなに珍しいか?」


「ああ。他人と長く関係を持たないようにしていただろう。何か、あるのか?」


 フェリックスはしばらくの間、答えなかった。


「――たまたまだよ。いずれは、また離れるさ」


 放たれた淡白な言葉にトゥルー・アイズは眉をひそめたが、フェリックスがこちらを見ようとしないので、諦めて目を逸らす。


「そうか……」


「――まだ、地上にはいるのか?」


 唐突とも言える質問に、トゥルー・アイズは深く頷いた。


「ああ。まだ異界には行っていないようだ」


「なら、まだ大丈夫か――。でも、歯痒いな。何年追っても、未だに……なんて……」


 フェリックスは両手で顔を覆って、嘆いた。わずかに手が震えていることに気づき、トゥルー・アイズは息を呑んだ。


「フェリックス。落ち着け!」


 トゥルー・アイズが揺さぶると、我に返ったようにフェリックスは手を下ろした。


「大丈夫か」


「ああ、悪い……」


 明らかに顔色が悪かったので、トゥルー・アイズは水差しからグラスに水を注いでフェリックスに突きつけた。


「飲め。何度も言うが――あれは、お前の罪ではない」


 フェリックスは答えず、グラスをゆっくりと傾ける。


 横顔の頼りなさは、昔と全く変わっていない。トゥルー・アイズはそれが哀しくて、息をついた。


「今回は、急に呼び出して悪かったな」


 突然、謝られて、トゥルー・アイズは眉を上げた。


「私とお前の仲だろう。また何かあれば、これでいつでも呼ぶと良い」


 トゥルー・アイズは懐から鮮やかな青い羽根を取り出し、フェリックスに差し出した。恭しく、フェリックスはそれを受け取る。


「レネ族秘伝の“伝達の羽根”――か。これって、貴重なものなんだろう?」


「ああ。でも、お前に必要なものだから、気にするな」


 この羽根を使ったからこそ、フェリックスはトゥルー・アイズをここに呼び出すことができたのだ。


「また有り難く、使わせてもらうよ」


「ああ」


 そうして二人は笑顔を浮かべ、拳を合わせた。








 翌日、出発の際に三人はトゥルー・アイズと別れの挨拶を交わした。


「あの、本当にありがとう。トゥルー・アイズさん」


 記憶が戻ったためなのか、ルースの頭痛は全くなくなっていた。


「――ああ」


 ルースの礼に対し、トゥルー・アイズはあくまで淡々と返事をした。


「また会おうね!」


 人懐っこいジョナサンは短い間にトゥルー・アイズとも仲良くなったらしく、名残惜しそうだった。


「じゃあな、兄弟」


「ああ」


 フェリックスとトゥルー・アイズは互いの手の平を叩き合って頷いた。


 ルースとフェリックスは同じ馬に乗り、ジョナサンはポニーに跨った。


「じゃあ、出発する。また近い内にな、トゥルー」


 フェリックスの別れの言葉を機に、見送るトゥルー・アイズを残して馬が駆け出す。ルースはそっと、後ろを振り返った。


 トゥルー・アイズは、真っ直ぐにルースを見つめていた。真摯な視線に、ルースは頷く。


 その承諾の印が、彼に見えているのかはわからなかったが――。








 預けられた腕輪を見下ろし、辺境の牧師はため息をついた。


「普通の腕輪に見えるがね……」


 とにかく聖書の文言でも聞かせてやろうと腕輪を一旦机に置いて、牧師は聖書を取りに行くべく私室を後にした。


 窓の傍に取りつけられた天使の像に鞭が巻きつき、それで体を引き上げて男が窓から身軽に入ってくる。


「――やれやれ。上手く使えない奴に売っちまったみたいだな」


 金髪の男は腕輪を手にして、再び窓から姿を消す。


 


 戻ってきた牧師は小一時間腕輪を捜し続けたが、当然のことながら見つかるはずもなかった。








 探し人は、すぐに見つかった。安っぽい照明の下でも、白金の長い髪が神々しいほど輝いている。


「目立つ野郎だぜ」


 言い捨て、彼は名前を読んだ。


「アーサー」


 カウンターの前で立ち飲みをしていた白金の髪を持つ男は振り返り、微笑んだ。


「ああ、ロビン。回収したのか」


「おう。また誰かに売ろう。俺って環境に優しいよな」


 ロビンは笑って、アーサーと並んだ。並ぶと二人の身長差が顕著になる。長身のアーサーと背の低いロビンが並ぶと、嫌でも目を惹いた。


「賞金稼ぎから、あれは回収できたのか?」


「――あー。報告があったんだけど、もうないって賞金稼ぎ共が言ってきたらしい。念のため部下が家捜ししたが、それらしき瓶の中身は、なくなってたそうだ」


 ロビンが肩をすくめて答えると、アーサーは目を細めた。


「ふうん? 誰かが使ったのなら、まあ良い。保安官の手に渡らなければ、良いのだから。皆は引きあげたんだろうな?」


「もちろん。賞金稼ぎ共はカッカしてるぜ、きっと」


 怖くないけどね、と吐き捨ててロビンは思い出したようにアーサーを見上げた。


「……会わないで良かったのか」


 ロビンの質問に、アーサーは優しいとも言える笑みを浮かべた。


「会おうと思ったら、いつでも会えるからね。それより、あの子の方から会いにきて欲しいな。私に会いたくてたまらなくなっているあの子にこそ、会いたいね」


「……変態め」


 ロビンが毒を吐くと、アーサーは笑顔で銃口をロビンの背に当てた。


「アーサー、止めろ」


「なら謝れ」


「断る」


「なら死んでおくれ」


「嫌なこった」


 周りの客が不穏な会話に注目を向けたところで、アーサーは笑顔を崩さないまま、銃を仕舞った。


「ロビン、出よう」


「まだ俺、一杯も飲んでないんだけど!」


 ロビンは不平を言いつつ、待たずに歩き出したアーサーの背を追った。








 家族が待っているという町に着くまでには、またも野宿を経ねばならなかった。


 ルースはジョナサンとくっつくようにして眠っていたが、ふと目が覚めて体を起こした。遠くの空が白み、夜が明けそうだ。


 パチパチと、火の爆ぜる音が耳につく。


 フェリックスは火の番をしながら、木にもたれかかっていた。目をつむってはいるが、見張りをしているので眠ってはいないだろう。


「フェリックス」


 試しに名前を呼んでみると、すぐにまぶたが開いてセレステブルーの目が覗いた。


「どうかしたのか?」


「ちょっと、目が覚めたの。見張り、代わるわよ」


「――ああ、別に良いよ……それは」


 あっさりと断られるが、フェリックスも疲れているはずだ。眠りたいだろうに、ルースには頼らないのだ。


(あたしが、頼りないんだろうけど……)


「大丈夫よ、もうすぐ夜明けだもの。せめてジョナサンが起きるまで、眠っておきなさいよ」


 ルースが言い募ると、フェリックスはふっと笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 そしてフェリックスは先ほどまでルースが寝ていたところに横たわって、ほどなくして寝息を立て始めた。


 眠る弟と用心棒を見て、ルースは思わず微笑んだ。


(本当に兄弟みたいだわ)


 二人共、金髪碧眼なせいか、時折兄弟らしく見えることがある。


(どっちも、きれいな金髪よね。……ちょっと羨ましかったりして)


 ルースは小さい頃は金髪だったが、成長するにつれて色がくすんでしまい、金茶色になってしまった。実は、そのことを気にしている。


 ふと、トゥルー・アイズの言ったことを思い出す。フェリックスの心を開いてやって欲しいと。ルースには、それができる可能性があると。


(どうして、あたしが……?)


 むしろフェリックスは、ルースにこそ何も言ってくれないのに。しかし、トゥルー・アイズはルースを信じているようだった。


(ああ、もう止め止め。今度考えよう)


 ルースは視線を空に移す。いつの間にやら明けていく空の絶景に見とれながら、微笑んだ。


 新大陸に来てまだ日が浅いけれど、夜明けの美しさには何度も遭遇し、その度に見惚れた。


 荒野は広すぎて、ときどき心細くなるけれど。


 ルースはそのとき、傍らに小さな花が咲いているのを見つけた。小さく白い花は可憐だったが、乾いた大地から生えている凛とした姿に強さを感じた。


(そうだ。あたし、歌を作りたい)


 それはルースの夢だった。いつか、自分の作った詞で歌いたかった。けれど、いつも上手くいかなくて。


(一気に、がーっと作るからだめなのよ。ちょっとずつアイデアを溜めていこう)


 幸い、新天地での生活は物珍しいものばかりだ。詞にしたいモチーフはいくらでもある。


 ルースは小さな花を見ながら、指で地面に単語を書いた。


 来てから色々ありすぎて、頭がいっぱいだった。


 特に思い出されるのは、行く先々で逢った人たちの顔だ。


(色んな人がいたけれど――みんな、力強く生きていることは共通してたわね)


 まるで荒野に生える、野生の花のように。




The End of “Part 1. Wildflowers”






Phrase1 Wildflowers



Wildflowers stand strongly with Wild Wind


野生の花は風と共に力強く立っていて


I will be such a wildflower


私もそんな野生の花になりましょう


If no one see me, I do not mind


誰も私を見なくたって、気にはしない


I hope you live like a wildflower


あなたも野生の花のごとく生きていますように


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